第104話 竜胆博士は優秀


 *

「・・・という見解から今後もヒーロー活動において本研究を継続する必要があると言える。ふむ、これも承認だな」

 画面右下に表示された14時40分の表示が目に入ると、途端に空腹感を覚える。


「全く、どこの奴等もヒーローにあやかりたくて必死だな。最近の私は研究者ではなくマネージャーなのではないかと錯覚してしまいそうになる」

 作業部屋の一角に設置された冷蔵庫からゼリー飲料を二つ取り出してメール画面を更新しながらすぐさま飲み干す。最近不景気のせいか、私も忙しい。景気が悪くなると人間の負の感情が高まり、そのせいでシャドウの影響も出やすくなっているのだろう。ヒーローの活躍の場が増えれば我々に媚びてくる企業や機関は当然増えるし、時には無意味で偽善的なクレーム対応すらさせられる。

「本当は一般人を救いたい気持ちなど微塵もないのだけれどな・・・まぁ、仕方ない」

 彼女がヒーローでいる為には、ヒーローが必要とされる世界を継続する必要がある。私は世界平和などという大層な理由の為にこんな激務をこなしていない。全ては私の研究の為、私自身の為ならば不本意なマネージャー業くらいやってみせよう。


「しかし、初期に比べて出動も人数も増えてきたし、細々した仕事を任せられる人間を雇うのも考えた方がいいのかもしれないな」

 ヒーローに憧れる者は勿論、それを支えたいと願う優秀な人間は履いて捨てる程いるだろう。とはいえ、信用に足る人間を探すと言うのはなかなか困難だ。ヒーローに近付けるというメリットが大き過ぎて、応募者のどれだけが腹に何かを抱えているかなんてわかったものじゃない。

 凡人の謀を封じるなど造作もないが、それでも私の為に存在するこの基地に部外者を入れるのは避けたい。本当は能力の無い空君をヒーローに任命する事だって最初から決めていたわけではない。あの場で気が変わったのは再会を果たした時の茜の能力が、私を高ぶらせる程に凄まじい飛躍を見せたからだ。

「無駄な人間の育成や対処に手を割くのは嫌だな。同業者は私の研究に口を出したり反対したり、下手したら手柄を奪おうと考えてしまうかもしれない。なるべく此方側の知識は薄くて、それでいて気の利く人間。そして都合の良い正義感を持ったどこの機関にも所属していないような・・・と、これを探すのが面倒でいつも辞めていたのだったな」


 ヒーローだけでなくサポーター職を取り入れることはこれまで何度も考えてきた。だが結局のところ面倒で後回しになってしまっていたのだ。現時点大変ではあるが私一人でまわせないわけでは無いし、私以外の人間がフィランスレッド達を輝かせるというのも癪な話だしな。

 ヒーロー達は全て私が見出して、育てたのだから。私一人が司令官である限りヒーローに関するすべては私が独占可能だ。勿論、彼も例外だなんて思ってはいない。


「・・・む? そういえば今日は空君が訪問する日だったな」

 確か午前中が休講だから寄ると言っていた。こんな時にすら楽しみに出来ずに仕事で時間を忘れてしまうあたり、私は『女である前に研究者』というのはあながち嘘では無かったのかもしれないな。

 と、もう一度時計を見ても約束の時間はとっくに過ぎていた。メッセージ画面を開くが彼からの連絡はない。約束を忘れていた私が言う権利はないが、空君は私との約束を忘れていたのか?


「珍しいな、そんな事をする子ではないのだが」

 彼の平凡な実直さには時々呆れてしまうが、真面目な青年という意味では認めている。フィランスブルーの仕事にもかなり真摯に取り組んでくれているし、定期連絡頻度も高く寧ろ私の方が返せずにいる事が多いくらいだ。つまらないと思わせる程の誠実は彼の美点でもある。

 そんな彼が、無断で欠勤するなどあまり考えられない。普通のバイト先なら信用できる人間が無断欠勤しても「ケータイが壊れたのかな」とか「忘れていたのかもしれない」、はたまた「あんな無責任な奴はクビだ!」なんて素知らぬ顔をすることが出来るがそうはいかない。なんせ命の危険と隣り合わせのヒーロー業だ。


 スマホで空君に連絡を入れながらモニタールームに移動し、数日分の基地内監視カメラを早送りで確認する。

 ここ数日で出入りしたのは向日葵と鶯だけ、昨日の日曜日朝に出かけて、その日の夕方ごろに帰ってきている。向日葵は数日前に家を出てそのまま現場に直行してもらってからは戻ってきていないようだ。茜は今日も遠出の出動を頼んでいるし・・・桃は先日出動要請を拒否している。

 基地内に監禁されている可能性が薄いのなら犯人は桃だろう。先ほどから連絡を入れているが返事がない。


「・・・参ったな」


 空君は全く警戒していなかったが、最後に会った時既に桃の愛情は相当に肥大化していた。常盤鶯との婚約の件を提案したあたりヒーローと恋愛の分別はそこそこついている筈と見ていたが、彼女の中で何かが起こってしまったのだろう。


「このままでは空君が危険かもしれないな」

 最悪の場合、茜を助けに行かせるが出来るならばそれは避けたい。あの子を無駄に刺激すると最悪の未来に繋がる・・・そんな気がするからだ。あくまで私個人の勘だが。


 私の杞憂の可能性もある、茜に知らせるのは最終手段だ。そうだな、直ぐに出動可能なのは基地にいる鶯か。


 ―――まずは彼女に連絡をしよう。


『・・・はぁい、どうしたんですか博士』

 珍しい。発信してワンコールでご機嫌な様子の鶯が出てきた。

『なっ、鶯君』

 あいつは常に空を除く世界中の人間を嫌っている筈だが、こんなに平穏に電話に出たのは初めてだ。驚きのあまりつい言葉に詰まってしまった。

『何かご用事があるのでしたら手短にお願いいたしますね?』

 電話中も同時進行で基地内監視カメラ映像を遡っている私には当然鶯が現在自分の部屋にいることはわかっている。一体何がそんなに忙しいんだ。


『今、空さんとおうちデート中ですので』

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