第100話 覚醒する愛
無意識に見た手のひらはいつも通りでしたのに、その感覚は自分のものでは無いようでした。
「なるほど『愛おしい』という感情はこのような形をしているのですか」
「その、鶯さん?」
「あぁ、失礼いたしました空さん。何のお話でしたっけ、そうです、初デートの場所はどこがいいですか? 映画館なんてどうでしょう、空さんは女性と映画に行った事ありますか? 私は幼いころ家族で夏休みのアニメ映画を見た記憶があるのですが、大人になってからは一人でしか行ったことがないんです。だから映画デートって少し憧れてしまうんですよ。上映後にお洒落なカフェに入って映画の感想を話すのです、例え内容がつまらなくても二人でそれを共有出来たらきっと楽しい思い出になるでしょう?」
「え? 鶯さん? 今日の事ずっと見ていたって・・・」
「デートスポットの定番と言えば遊園地などもありますが、私はアクティブなのがあまり得意ではないので水族館や動物園なんかの方が惹かれますね。空さんのお好きな動物はなんですか? 私、クラゲが好きなんです。もちもちふわふわで、なんだか透明のお饅頭が水の中に浮いているみたいで可愛くないですか? 動物ですとカピバラなんかが好きですね、のんびりしたお顔が可愛いですし、意外と大きいのですよね。私ってゆったりした生き物が好きなのでしょうか?」
「あの、その、鶯さん。俺の話を」
「初めてのデートって、誰にとっても特別だと思うのです。当然ですよね。きっと何年何十年経った後にでもふと思い出して、初々しい気持ちに戻れるでしょうね。今は空さんの事を考えるだけで胸の動悸が収まらないですけどいつか私達もお互いの隣こそが最も居心地良いと感じられるような穏やかな夫婦になるのでしょうね。そうしたらきっと、あの時は手を繋ぐだけでも緊張していましたね、なんて笑い話になるのでしょうか? ふふ、なんだか想像できません」
「全部わかってくれたんじゃないんですか鶯さん。俺は、俺が好きなのは・・・」
「私が好きなのは空さんただ一人です。正義感が強くて、頼もしくて、不器用な程に優しくて、不安になる程愛されてしまう貴方が好き」
自分の心情を吐露すると、それに呼応するかのように私の身体が一段階熱くなる。
「鶯さん! 聞いてください、俺は桃の事が好きになったんです。本当にごめんなさい、殴っても罵っても何してもいい、だから・・・」
ふふ、焦っている空さん。可愛いですね。
でも、言っている言葉の意味はよくわかりません。
「まだお互い大学生なのに、空さんは私との未来を本気で考えてくれている。そんなところがとても好きです。私と結婚する為に少しでも早く一人前の大人になりたいと、厳しいヒーローの仕事に熱心になってくれる空さんがカッコいいです。仕事は嫌なコトがありますよね、危なかったり辛かったり・・・嫌いな女と話さないといけなかったり。でもそれを耐えるのが大人、耐えて金銭を頂くのが社会というモノ、自分の好きだけで全てまわるほど甘くない事を私達は知っています。だから私も、空さんがフィランスブルーとして頑張るのならそれを応援しようと思いました」
二人で描く未来が絵本のように幸せだけとは思っていません。でも、二人がいればそこに幸せがあるのは確実なのです。
「私とはやく一緒になるために努力する空さんを邪魔するなんてできませんよ、もちろん。でもやはりパートナーの事は気になるので今日は後をつけさせて頂きました、だって空さんがどんな目に合うかわからないのに心配じゃないですか。もしかしたら仕事以上のハラスメントを受けるかもしれませんし、勘違いした誰かさんが無理矢理私の空さんを手籠めにしようと強硬手段を取る可能性だってあり得ます。だから今日は空さんの事ずっと見てしまいました。別に信頼していないからではないのですよ? ただどうしても空さんの事が心配だったのです。それに空さんの色々な姿を目に焼き付けておきたいなぁ・・・なんて思ってしまって。あぁ、そういえば最後に私の事、探していましたよね? うまく後をつけたつもりだったのですが、いつから気づいていたんですか? まだあの女が近くにいたのにきょろきょろと見回しちゃって、ふふ、私と会いたがっているなんてバレたら、あの女の機嫌を損ねちゃいますよ? 駄目じゃないですか」
「いや、違、あれはまわりに人がいないか確かめていたので・・・」
「でも思い出してくれて嬉しかったです。映画だって、私が見たい恋愛映画をわざわざ避けてくれたり、ランチだって私が好きじゃないマヨネーズとコーンのピザを選んだり、デザートのシフォンケーキを避けてくれたり、全部私との本物のデートの時に心から楽しむためですよね? 私とデートした時に有象無象の事を思い出さないためにあえて私の好むものを偽物のデートから外してくれた。そんな真摯な空さんの愛情に今日はとっても胸を打たれてしまいました。他の女といるときでも私の事を一番に考えてくれているのだなと、貴方を信じて本当に良かったと思ったのです」
私があまりにもお見通しだから恥ずかしがっているのでしょうか、空さんは先程から困った顔をやめてくれませんね。
「・・・あぁ、でも、一つだけ勘違いがあります。確かに私は身体に傷跡がありますのでプールや海のような水着を着る場所には行きたくはありません。それに、そういう場所に行くと過剰に胸を見られて嫌な気持ちになることがわかっていますのであまり好きではないです。けど、例えば空さんと二人きりだったり、そうでなくとも人の少ない場所でしたら・・・というか、空さんが私の水着姿を見たいと言ってくださればそのような私のコンプレックスなど塵以下の意味もなくなりますので、遠慮しないで誘ってくれて構いませんよ?」
「・・・」
「ふふ、少し積極的に愛を伝え過ぎてしまいましたね、すみません。だって今日の空さんにあまりにもドキドキしてしまったから気持ちが溢れてしまったんです」
「鶯さん!」
真剣な顔の空さんも素敵。
「はい、なんですか?」
「お願いだ、俺の話を聞いてください。俺は桃が好きなんです、だから鶯さんとは結婚できない!!」
まだ変なコトを。
「騙してごめんなさい、黙っていてごめんなさい。でも、俺には桃以外考えられないんです。本当にすみません・・・だから俺と別れてください」
「・・・・・・嘘です」
そう、そうでした。嘘。
嘘。空さんがこんな『らしくない』こと言うわけがないのに。
「そうです、空さんがそんなことを言うはずがありません」
加速する愛のエネルギーが、早くその形を実体化させたがっている。
「空さんは私の旦那様で永遠を約束した仲で私を絶対に裏切ることは無く私を愛してくれている空さんは空さんで空さんが私を見捨てるなど天地がひっくり返ったとしてもあり得る事では無く私達は運命を約束された理想の夫婦となりえる最高の人類の希望で最も強固な絆で結ばれた祝福された存在であり空さんの傍らに立つに相応しい人間は私以外あり得ない私の幸せは空さんの傍にいる事で空さんもそれは同じで決して身勝手な他の女性が横入していいようなものではなくそこは私と空さんのみが存在を許された聖域でありその空間こそが完全でつまり私は空さんを誰よりも愛しています」
「おかしい、何を言っているんだ、どうして俺の言葉を無視するんですか」
私は何もおかしなことを言っていないのに、空さんは正気じゃないのでしょうか。だったら私が空さんを正気に戻してあげなくてはいけませんね。妻ですから。
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