第95話 桃の「大好き」

 *

 先輩の横顔が好き。子供っぽく桃のことをからかう時の笑顔が好き。困ったように眉を吊り下げながらも桃の我儘に振り回されてくれるところが好き。意外と背が高い所が好き。いきなり触られるとちょっと驚いちゃうところが好き。いつも真剣に桃のこと考えてくれるところが好き。好きな事について語ってる時の幸せそうな顔が好き。ごはんを綺麗に食べるところが好き。年上だからってリードしようと頑張ってくれている所が好き。いつもはお兄さんぶってるのにたまに無邪気にはしゃいじゃう所が好き。二人で歩くとさりげなく歩幅を合わせてくれるところが好き。人込みで桃を守るように歩いてくれるところが好き。何度も桃のを事を見詰めては、それがバレない様に眼を反らしちゃうところが好き。


 もう、とにかく、空先輩の全部が大好き!!!


 どっかの漫画で見たようなチープな表現をしちゃうけど、この先の人生先輩以外を好きになるなんてあり得ないと思う。桃にとって先輩は一生で一度の恋人。先輩を好きじゃない自分が想像できないし、他の誰かと付き合うなんて想像したくない。



「・・・やっぱり、怒ってる?」

 先輩が子犬みたいに不安そうな顔で、俯く桃を覗き込む。あぁもう、可愛いな。

 初デートのランチに選んだのはショッピングモール内にあるリーズナルブルなイタリアンレストラン。マルゲリータをシェアして、一個ずつデザートを頼んだ。年上の先輩はさらっとお会計してくれて、桃はレストランの外で待っていた。

 待っている桃の表情が暗かったのか、先輩は心配してくれているみたい。

「ごちそうさまでした、先輩。なんにも怒ってないですよ?」

 本当に怒ってない。けど、普通の女の子だったら怒るのかな。


「向日葵ちゃんの気持ちも・・・ちょっとわかりますから」

 映画デートの途中で乱入してきたのは、フィランスイエローこと向日葵ちゃんだった。

 可愛くて元気な中学生の女の子。空先輩の妹みたいな存在だけど、向日葵ちゃんの中に確かな恋心が育っているのを桃は知っていた。あのままだったら、いつかライバルになりそうな存在。一途で真っすぐで純粋で、桃にはないものを沢山もっている子。

 純粋故に危うくて、まだ自分の気持ちをうまく噛み砕けていない幼さがある。女の子と女性の丁度中間みたいな不安定な彼女は私達の後をつけて来てしまったらしい。

 他の女性にデートを邪魔されるなんてハプニングは、普通の女の子だったら怒り心頭なのかもしれないけど、桃は平気。他のヒーローが妨害に来ることなんて予想出来ていたし、そうされても仕方ない抜け駆けをしたと思う。そんなものに負けるつもりは一切無いし、桃は桃達の事以外を考えたくもない。二人だけの世界を楽しみたい。


 今、先輩は桃を好きでいてくれてる。それだけで何でも許せちゃうくらいに幸せ。小さな恋敵の失恋に心を痛めてあげる余裕だってある。

「まだ子供ですから、初恋のお兄ちゃんがいなくなったら淋しくなっちゃいますよ」

「は、初恋か」


 とは言っても、二人の大事な時間が他のヒーローの話題で持ちきりというのはちょっと気分が良くないかな。桃はさり気なく腕を組みながら、話題を少し変えた。

「先輩には経験ないですか? 近所のお姉さんとか、学校の先生が結婚しちゃったとか」

 誰にでもあるらしい、甘酸っぱくてほろ苦い初恋の思い出。同年代ならともかく年上に向けられた憧れに近いそれは、大抵実る事はなく少年少女をひとつ大人にする。

「あー・・・。俺はなかったけど、まぁ、なんとなくわかる」

「桃の周りはいましたよ。若くてイケメンの先生にバレンタインチョコ渡してる子とか普通にいたし。向日葵ちゃんにとって先輩は、そういう存在なんですよ」

「女の子は大人だからなぁ」

 急ごしらえのデートコースなので、あとはふらふらとお店を見て回る。夏服とか見たかったけど、こうやって先輩とお話ししながら歩いているだけで充分満足しちゃいそう。


「先輩の初恋の人って、どんな人でした?」

 流行りのアイテムをチェックするよりも、泣きながら去ってしまった幼い恋敵を思うよりも、先輩と沢山お話ししたいという気持ちが一番勝ってしまい、いつの間にか桃の視線と思考はぴったりとくっついて隣を歩く先輩に全て持っていかれていた。

「えっ?」

 自分でもびっくりするくらいに熱い視線で先輩を見詰めていると、先輩はキョトンとしたようなドキリとしたような変な顔をしていた。桃の質問はそんなに意外だったのかな、先輩の額からわかりやすく冷や汗が垂れている。


「・・・・・・いや、覚えてないよ」

「んー?」

 含みのある言いよどみ。桃と正反対のタイプでヤキモチ妬くと思ってるのかな?

「わかった、教育実習の先生とかでしょ」

「あ。いやぁ・・・」

 へんなの。誤魔化し方が下手すぎる。

「まさかアニメキャラなんて言わないよねー?」

 先輩は別にアニメオタクってわけじゃないし、特別好きなアイドルとかも・・・。


「芸能人だったりして・・・・・・あっ」


 フィランスレッド。


「・・・」

 気まずい空気が流れる。桃が察した事を先輩も察したのか、お互い無言になってしまう。

「うーん。過去の人にヤキモチ妬くつもりはなかったけど、さすがにちょっと妬けちゃうかも」

「ち、ちがっ。いや、違くは無いけど。その、前にも言ったけどあくまでヒーローとしての憧れというか、ほら、彼女いる奴も結婚してる人も推しヒーローなんて大抵いるものだから。それと同じ! 別に『中の人』に特別な気持ちがあるとかじゃなくて、あくまで一市民として推しているわけであって俺が本当に好きなのは・・・」


 必死で言い訳を始める先輩がなんだか可愛くて、桃の頬が思わず緩んでしまった。

「・・・って、なんで笑ってるんだ?」

「えーとね」

 先輩の腕に絡ませていた身体をふと離す。すると先輩は少し残念そうな顔をしたので、代わりに左手を差し出してみる。

「なんか、好きだなーって」

「え、今? な、なんで!?」


「先輩はどうしようもないお人好しだから妹みたいな女の子に惚れられちゃうし、ピュアだからヒーローに憧れてるし、でもそれを桃に隠しきれないし」

 差し出した左手に、先輩の大きな手が重なる。触れる寸前、どちらかの指先がぴくりと微かに震えたけど、いつのまにか二つの手はぴったりとくっついて境界線がわからなくなった。


「そんなところが、好きです」


 繋がれた手をドギマギとチラ見する先輩の視線を奪うように、気持ちを込めて伝える。

 嘘偽りのない。100%の好き。自分でもびっくりするくらいピュアな好き。


「あのね。桃を選んでくれて、ありがとう」

 最初から立場がわかっているから。先輩の中に桃という選択肢が存在しないと察していたから。桃は先輩の特別じゃないと知っていたから。

 だから、今手を繋げることが嬉しい。それだけでいい。他の事なんて考えたくない。

「いや、選ぶなんてそんなつもりは」

 過程も理由も私達には必要ない。二人が想い合っている事実だけあれば、特別な二人になれるんだから。



「さてと、桃からの告白終了っ!」

「え?」

 ぐい、と先輩の手を引く。

「ね、先輩。夏のデートで行きたい場所と言えば?」

「夏のデートって・・・」

「あはっ、ちょっと期待したカオしましたね?」

 図星を突かれて顔を赤くする先輩を連れて桃はスキップ交りに次の目的地へと駆け出した。

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