第92話 戦隊ヒーローと上映中
『輪廻戦隊! デスレンジャー!!』
勢いある掛け声と共に崖からジャンプした5人の戦隊ヒーローが順々に荒野に降り立った。
『赤き炎は霊魂の灯! デスレッド!』
『デスレンジャー、参上!!』
リーダーであるデスレッドの合図で決めポーズをとり、同時に背後で派手な爆発。僕はよく知らないけれど戦隊ヒーローのおやくそくというヤツらしい。
でもこの人たち街中で戦わないといけない時にはどうするんだろう、爆発したら後ろに偶然あったコンビニとか燃えちゃわないのかなとか心配してしまう。
そもそもどうして五人揃って戦うなんて面倒なことをしているのかな、連携するってすごく難しいし、能力によって殆ど活躍できない現場だってある。それにこのヒーロー達も僕等と同じで五人メンバーなのに毎回全員に招集をかけていたら非番の日がなくなっちゃうよ。
僕がもしヒーローじゃなかったらこんな疑問が気になってしまうこともなかったのかな。お仕事系の漫画は本職の人が見たら違和感あるものが多いって昔博士が言っていたし、これも一つのフィクションってことなのかも。
「うーん。本物のヒーローの僕達がフィクションのヒーロー映画を見るなんて、なんか変な話だよね」
上映中はお静かに、と映画が始まる前に頭が謎の機械に侵された人が言っていたのでなるべく小声で隣に座る常盤鶯に話しかけてみる。
「・・・・・・許せない、あんな、あんなデートみたいなこと私だってまだしてないのに!」
「聞いてないなぁ」
お兄ちゃん達のやたら大きな会話のおかげで僕達はこうして同じ映画を見る事ができたのだけど、そのせいで常盤鶯が大変動揺している。あの場で暴れ出しても困るのでこうしてなんとか宥めてここまで付いてきたけど・・・。これ、中入らない方が良かったんじゃないかなと今更に思う。
「映画デートなんて、そんな、私が空さんとしたいことリスト第7位に位置する鉄板の初デート先じゃないですか。二人で恋愛映画を見て、その後お洒落なカフェで感想を言い合ったりするんですよ。まぁ、私の興味ない作品だったのはありがたい話ですが、それでも私より先に浮気相手と映画デートをするなんて・・・!」
「ちょっと、あんまり喋ると他のお客さんに迷惑だよ?」
とは言ってみたけど僕等の前後左右に他のお客さんはいない。
お兄ちゃん達は人が多くて見やすそうな中央辺りのやや後方に座っている。僕達はそのさらに4つ後ろの列、ちょっと斜めのところ。映画館って初めて来るからよく知らないのだけど、かなり席は空いていて、僕達の座ったほぼ最後尾に近い位置に他のお客さんは殆どいない。
もしかしてこの映画人気ないのかな。夏休みの昼なのに子供が全然いないし、話もなんか難しい気がするし。
「まぁ、なんですか! あのいかにも軟派そうな男性、あんなのがヒーローになれるわけないじゃないですか」
あれ、いつの間にか怒りの矛先が映画の内容に向いていた。もしかして意外と面白いのかな。ちなみに映画に出てくるヒーロー達は愛の力で戦っているわけではないみたいだから軟派な人でもヒーローになれる筈だ。寧ろこの人たちからしたら蘇芳茜以外は運動神経や筋力が控えめな僕達がヒーローをやっていることの方がおかしいと思われそう。
「しかも空さんと同じブルーだなんて、あり得ません!」
輪廻戦隊デスレンジャーは全ての隊員が一度死を経験している転生ヒーローという設定らしい。ファントムと呼ばれる悪霊が人間社会で悪さをしているので鎌のような武器を使って彼らをなぎ倒していくストーリーだ。『映画 輪廻戦隊デスレンジャー』とわざわざ書いているのだからきっとテレビでもやっているのだと思う。
でもさっきから「徳を積む」だとか「死生観」だとか、難しい会話をしていて僕には何がおもしろいのかさっぱりわかんない。あと時々挟まるピンクとブルーが恋人関係であることを匂わせる感じが何となく嫌だ。恋愛禁止になっちゃえばいいのに。
「みんなに隠れて交際するなんて・・・あぁ、でもあのシチュエーションは憧れます。空さんも一緒に任務に出動できたらいいのに」
興味がない作品と言いながら、本物のグリーンは割と気に入っているみたい。
もしかしたらこの薄暗い空間にいるのはデスレンジャーを楽しめる選ばれし大人達だけで、楽しさがわからず眠くなっているのは僕一人なのかもしれない。お兄ちゃんや石竹桃だってこの映画を見たいと言っていたんだ、きっと本物のヒーローですら惹かれる魅力がこの映画にあるに違いない。
そう思って斜め前に座る二人の方を見る。席の間に二つに区切られたポップコーンを設置して、時々食べるタイミングが重なればお互いに視線を交らせて微笑んでいる。一見映画に注目している風だけれど、時折隣の相手の横顔をじっと見る時間を設けたりもしていた。でもそれは映画の内容がつまらないわけではなく、お兄ちゃん達にとってその時間がより大事に感じられているからなのかな、となんとなく思う。
「ああぁぁ、ポップコーンを取ろうとしたら手が触れ合うやつじゃないですか!」
僕につられてここにいる目的を思い出した常盤鶯が口をはわわわと震わせてまた声のボリュームを上げた。
「え、うん」
よくある現象の一つのような言い方だけど、それならどうして気にしているのかわからない。映画館に入るまでは腕を組んでいたのだから手が触れ合うくらいで騒がなくてもいいのに。それに、僕だってお兄ちゃんと手を繋ぐこともある。
「あの泥棒猫、わざと空さん側のを取って自らトキメキを演出しています。あぁ、やっぱり腹黒い。心の中から脳みそまでじっとりと黒く穢れた悪魔のような女です」
「声大きいってば・・・」
全然僕の話聞いてくれない、この人僕より7歳くらい年上の筈なのに・・・。
「ちょっと、何故あなたは冷静でいるのですか朽葉さん。あなたの大切なお兄様があのような女狐の毒牙にかかろうとしているのですよ? 大切な方が不幸になる所なんて見ていられなくて当然です」
泥棒猫なのか女狐なのか、どちらにせよ毒の牙はないと思う。
「不幸になる、か」
隣の年上が必要以上に興奮しているおかげか、僕はやけに冷静だった。僕は、お兄ちゃんが他の女性と付き合うのが嫌なのだろうか。
もちろん嫌だ。でも、僕があの場所に、お兄ちゃんの隣に座ってポップコーンを半分こしたり見つめ合ったりすることは多分無理。だって、お兄ちゃんにとって僕は妹、寧ろ妹以下の存在で、他に大切な女性が出来たらあっという間に手放せてしまうようなその程度の関係だから。
彼女を不安にさせるから二人で会いたくない。なんて残酷な言葉なんだろうと思った。だって、何よりもわかりやすく僕と石竹桃を順位付けして、その結果発表をしたのだもの。僕は負けて、あっちが勝った。恋愛に疎い僕だってそれくらい直ぐ理解できるよ。
僕がもし本当に血のつながった、子供の頃から一緒にいる妹だったらそんな事言われなかったのかもしれない、けど幼少期をニセモノの家族の元で無駄にしてしまった僕にそんな権限はない。僕とお兄ちゃんは間違いなく兄妹で、僕はずっとお兄ちゃんを探して短い人生を頑張って来たのに、それが届くことは多分一生ない。
僕にとっては本物のお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんにとって僕は妹「みたいなもの」なのだから。それに、お兄ちゃんを好きになってしまった以上「妹だから」を理由にいつまでも傍に居続けることは出来ない。そんなの、ズルい。
最初から、生まれた時からお兄ちゃんの妹だったら良かったのに。そうしたら彼女が出来ても結婚しても傍に居られた。妹でも、妹みたいなものでも、どちらにしても僕の気持ちが叶わないならずっと傍にいられる方がいい。できるなら我儘を通したい。でも僕は妹にも彼女にもなれないんだ。
僕が駄目で、他の人が駄目で。だったらお兄ちゃんは一生誰とも付き合ってはいけないの? そんなのお兄ちゃんが可哀そうだ。そんな我儘、通せないよ。
本当に不幸になるなら、相手が悪い女だったりお兄ちゃんの事を愛していなかったりするなら僕は止めたい。常盤鶯の時のように、僕はいくら自分の手が穢れても構わないからお兄ちゃんを不幸にする彼女は排除したい。それは反面、お兄ちゃんが幸せになれるような相手が彼女の場合、僕は大人しく諦めるのが正しいということでもある。今朝のお兄ちゃんの笑顔を見た時から答えは知っていた。
それが僕の愛で、正義なんだ。
「・・・ねぇ、やめようよ。陰でコソコソついて行くの」
お兄ちゃんが幸せなら、僕のもやもやなんて無視した方がいい。
「急に何を弱気な事。だって私の空さんがあんな女に誑かされているのですよ?」
私の、か。そういえば彼女はお兄ちゃんと両想いで夫婦だと思い込まされているんだった。
「これは間違いなく浮気。いえ、私達は婚約者なので実質不倫です」
お兄ちゃんに裏切られたと思って怒っているんだ。
「何か理由がある。理由があるに違いないのです。石竹さんに弱みを握られているという説が一番濃厚ではありますが他に・・・はっ、もしかしてハニートラップというやつではないでしょうか。石竹さんが実は正義の力を悪用するシャドウ側のスパイで、空さんはその自らの有り余る魅力を駆使して石竹さんを篭絡してスパイ行為の真相を吐かせようとしている。こうは考えられませんか?」
デスレンジャーの映画に引っ張られているのか、変な事を言っている。シャドウは別に悪の秘密結社なんかじゃない。あれはただの、恐怖の塊という現象。または厄災みたいなものなのに。巣穴に巻き込まれた事のない人には伝わらないのかな。
「または、こういうのはどうでしょう。石竹さんがフィランスピンクを辞めたがっている。ヒーローは人手不足で人員補充も難しい筈です。フィランスピンクに辞められては困ると言う竜胆博士の策略によって空さんが石竹さんを恋に落とすことでヒーロー業から離れられないようにしようという。所謂色恋営業というやつです」
いろこいえいぎょ(?)っていうのはわからなかったけど、それに近い事を自分がされている事には気付かないんだ。
「どちらにせよ空さんが不本意にデートしている事は間違いない。間違いないのです。だって、だって私の他に恋人を作るなんてあり得ませんから・・・私以外に、空さんを縛ることが出来る女性など・・・」
あぁ、この人はどうして自分が愛される事に自信を持っていられるんだろう。なんだか、ちょっと嫌な気持ちになってきちゃった。
「そんなに心配なら、直接聞いてみればいいじゃん」
愛される事だけじゃない、自分がお兄ちゃんを束縛しても許されると思っている。
「お嫁さんなんでしょ、お兄ちゃんの気持ちが本当なら教えてくれるんじゃない?」
この人があまりに自由だからイラついているのかな、僕は意地悪な顔でそう言った。
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