破滅上等! 真の正義とは何か!!

第88話 待ち合わせの時


 苦しい夢を見た。


 お兄ちゃんが僕に優しい夢だ。僕の分のおかずを装ってくれて、僕の分の飲み物をついでくれて、僕の代わりに店員さんに注文してくれる。危ないからと言って車道側を歩いてくれて、重たい方の荷物を持ってくれて、僕が見たいテレビを聞いてくれる。

 そんな、苦しい夢。


 夢の中のお兄ちゃんはとっても優しい。みんなに優しいお兄ちゃんだけど僕にだけ特別一番優しくしてくれる。でも、お兄ちゃんの「優しさ」はあまりにも綺麗で純粋で、それが僕の求める感情の正反対にいることを僕は知ってしまった。

 生まれて初めて自覚した「愛情」というキモチは、そんな単純なものじゃなくて沢山のぐちゃぐちゃドロドロした矛盾をいっぱいこね回したような薄汚いものだった。僕は僕のなかにこんなものが生まれたことを悲しんだけれど、それよりもお兄ちゃんが僕に向ける優しさはコレじゃないなと気付かされたことが辛かった。

 僕の目の前で、お兄ちゃんは石竹桃に何か囁いた。二人の表情は全く違ったけれど、何か大きな共通点を感じさせるようなそれで、とにかく、複雑なものだと思った。色んな色、いろんな性質の絵具を何度も塗り重ねたみたいに、何色かわからない色をしている。それが愛かどうかはわからないけど、その可能性はあると僕にもわかった。


 それに比べて、お兄ちゃんが僕に向けてくれるのは真っ白い紙一杯に塗った爽やかな

 青空色みたいな、ただひたすらにシンプルで綺麗なだけの色。一滴の濁りも感じない、僕への優しさ。多分、僕を守りたいと思ってくれている大きな優しさ。それも愛だと言えるかもしれないけど、僕が欲しいのはこれじゃない。


 なんか、夢を見ているのか考え事をしているのかわからなくなってきたな。


 ぼんやりとした頭を振るって外の世界に耳を澄ますと、遠くから聞こえたのは駅のホームのアナウンス。車が走る音、誰かが慌てて階段を駆け上がる音、道行く人の雑談。一瞬だけ通り過ぎたファーストフードの匂い、すこし湿気た暑さ。目を開けると、眩しい駅前の光景が広がっていた。


「いつのまに、寝ちゃったみたい」

 ケータイを確認すると、時刻は午前8時だった。ホーム画面に表示されるLINEアプリに数字はついていない。お兄ちゃんから連絡はなかったみたいだ。

「・・・どうしたのかな」

 お兄ちゃんからの連絡を無視しなくて済んだ安堵と、お兄ちゃんの身に何かあったかもしれないという不安。どちらを優先すればいいのかわからなかったので僕は両手でそれを抱えて昨晩と同じ改札の前に戻った。

 明るい時間の駅には活気があって、利用する人の表情もなんとなく明るい。昨日は疲れ果てたスーツの人か、顔を真っ赤にしてふらふらと歩く人ばかりだったけど、今日の人達はこの先楽しみがあるのかウキウキしている気がする。こんな風に知らない人を注意して見た事今までなかったから、些細なことに気付けた自分に少し驚いた。

 目を覚ましてからさらに二時間くらい経った所で、徐々に頭がぼうっとしてくる。余計なことを考えて気を紛らわそうとしたけど、これからお兄ちゃんに告白する事を思い出して今度は顔が熱くなった。

 待ち合わせ場所にお兄ちゃんが現れたら、なんと言って想いを伝えよう。僕のココロをひっくり返して全部見せられたらいいのだけど、残念ながらそんなことできない。ヒーローはなんだって出来る癖に、テレパシーすら出来ないんだ。意外と不便なのかもしれない。似たような事ができるヒーローが昔いたみたいだけど、災害や事故を多く相手にする僕達からすればあまり役に立たないから活躍できてなかったと思う。感情の力で戦うヒーローなのに、その手段はいつもあまりに物理的なの、なんだか不思議。


 とにかく僕は、不器用ながらにもこの想いをちゃんとお兄ちゃんに伝えたい。

「空お兄ちゃん、好き・・・」

 誰にも聞こえないように小さくつぶやいてみると、さらに耳まで熱くなる。


「おーい!」

 熱くなった耳に、透き通るような優しい声がするりと入って来た。僕がその声を聞き間違える筈がない。


「お兄ちゃん!」

 外から手を振って小さく駆け寄って来るお兄ちゃんの姿を見て、僕は思わず涙が零れそうになった。もしかしたらここに来てくれないんじゃないかと不安に思っていたのかも。だとしたら、お兄ちゃんを疑うなんて僕は悪い妹だ、反省しなきゃ。


 お兄ちゃんが僕を傷つけるはずが無い、だってそう言ったんだもの、きっとなにか大変な理由があって、それでもなんとか僕の為にここに現れてくれたんだ。ほんの少しだけでも不安になってしまってごめんなさい。僕はこれからもお兄ちゃんを絶対信じているよ。


「待たせてごめん!」

 そう言ってお兄ちゃんは、

「ううん、今来たとこですよ。先輩!」


 僕の横を通り過ぎて行った。

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