第85話 どうでもいい再会

 時刻は八時。向日葵からの連絡はまだ無いが博士の指示でインストールしたタスク管理アプリを確認したところ、ヒーローの任務は完了し現在は一般人による後処理が行われている最中とのことだ。


「もしかしたら早めに来ているかもしれないからな」

 昼間程ではないが、湿気による蒸し暑さの残る夏の夜道へと俺は出掛けて行った。

 夏の夜は若干明るい筈だが、この時間になればそう違いは判らない。治安が良い街とはいえ、中学生の女の子をあまり一人にしたくない。

 とは言っても、不良漫画のヤンキーみたいな奴が現れたとしても向日葵なら秒殺できるだろう。向日葵は常に私服の中にヒーロースーツを着込んでいるからいつでもフィランスイエローになる事ができるし。普段はエネルギー節約の為に能力を発動させていないらしいが、ほんの数十秒あれば普段通りの脅威を発揮できると言っていた。


「スーツを着ているだけじゃヒーローにならないのか・・・って、これは俺が一番よく知ってる事か」

 一応貰ったフィランスブルーのヒーロースーツ。初日以外も実は自宅で時々着てみては気合いを入れた掛け声やポーズを試してみたりしている。残念ながら強靭的パワーも俺専用のユニーク武器も出現せずただただ空しい思いをするだけだが。

「こんなの他のヒーローに見られたら死ねるなぁ」

 いい年した大人がヒーローごっこしているなんて、本物のヒーローからしたら抱腹絶倒モノだろうな。俺も出来るなら彼女達みたいに日本中を飛び回って多くの人を救うカッコいいヒーローになりたい。ヒーローになる条件が深い愛である以上、それは無理だろうけど。

 世間では現在空席扱いされているフィランスブルーが自分だと言う現状を久々に噛み締め、無力さともどかしさに押しつぶされかけたが今は俺の事を大事に思って信じてくれている向日葵の為にできるだけのことをしよう。ヒーローとして活躍できなくても、俺にしかできないサポート業があるのだから。


「そうだ、飲み物でも買っておこう」

 仕事上がりで疲れているかもしれないし、また水分補給も忘れてぐったりして来るかもしれない。

 近場のコンビニに入店し、真っ先に冷蔵ドリンクのコーナーへと向かう。

 チカチカと無駄に明るい店内の冷蔵庫には定番の商品から各メーカーの夏限定の新作、隣の棚にはアルコールなんかが陳列されている。不甲斐ない事に俺は向日葵の味の好みがわからない。

「なんとなく炭酸は苦手そうな気がするなぁ」

 無難にお茶と、一応新発売と書いてあるオレンジジュースでも買っておこう。このチョイスは向日葵のイメージカラーが黄色とかオレンジ系統だからという大変安易な理由だ。

「家の事とか、好きなモノの事か、あとご褒美の事とか・・・色々話せたらいいな」

 別に向日葵だけを贔屓するつもりはないが、成人している鶯さんや両親と暮らしている桃に比べるとやはり放っては置けない。家庭の事情も複雑だったみたいだし、俺が向日葵の兄代わりとしてちゃんとあの子を導いてあげたいと思っている。

「導く、だなんておこがましいな。俺だって実家も出たことないただの大学生なのに」

 同い年で一人暮らしの奴なんて大勢いるし、バイト経験も無い俺は同世代の中でもおこちゃまなんだろうな。今のところ学生時代に打ち込んだ事がヒーローだけになりそうだし、余裕があったらサークルとかバイトとか手を出してみてもいいのかもしれない。

「いや、そんな余裕は・・・」

 現状を見ていない自分の空虚な願望に自分でツッコミを入れようとした時、


「あれ、もしかしてラーメン丸ごと残したお兄さん?」


 背後から人聞きの悪い、しかし非常に覚えのある呼び方で声をかけられた。

「はい?」

「ボクですよ、わかりますかね?」

 振り返るとそこには、見慣れたコンビニの背景に不釣り合いな王子顔のイケメンが立っていた。

「・・・あ、ミナカミの」

 前に桃と二人で訪れたラーメン屋にいたイケメン店員だ。近くで見ると水色のハイライトが細く入った銀色の短髪、中性的で整いまくった顔立ち、外国の海みたいな深くて済んだ青い瞳。映像が綺麗なファンタジーRPGにそのまんま登場してもおかしくないような美形青年に向けて俺が発せられる言葉は大学近くの豚骨臭いラーメン屋の名前だけだった。

「ど、どうしてここに?」

 ラーメン屋のエプロンも中々似合っていなかったが、上下黒ジャージというラフ過ぎる今の恰好もかなりちぐはぐだ。というか夜でも七月末に長袖のジャージって暑くないか?

「あぁ、今日は友達の家に泊まってて。買い出しです」

 と言って、カゴいっぱいのアルコールとスナック菓子を見せつけてきた。

「お兄さんはこの辺りに住んでるんですね」

「そうですけど・・・」

 見た目の印象だともっと紳士的というか、クールで神秘的な美青年って感じなのに凄いぐいぐい来るな。いや、別の俺はこの人の事は何も知らないんだけどさ。向こうも俺の事を失礼な客としか認識してないだろう。


「・・・あー、あの時はすみません。一口もつけずに残してしまって」

 そうだ、丁度良い機会だしあの時の事を謝っておこう。バイトの店員にこんな事言う意味はないだろうけれど、実は内心気にしていた。俺にとってお気に入りの店だったし、普通に気を悪くしただろうからな。あれからミナカミに行ってないのもそれが理由だ。

「何か事情があるみたいでしたし、仕方ないですよ。店長は結構ショック受けてましたけどね・・・あぁ見えて割と繊細な人なんです。今度大盛食べに来てくださいよ、そしたら機嫌治すと思うので」

「そうさせて貰います」


「・・・そうだ、せっかくだからちょっとお話しませんか。これも何かの縁かもしれないですし」

「え? あぁ、まぁ・・・」

 最近の俺は美少女にはある程度見慣れていたが自分の周囲にいないタイプのイケメンに若干人見知りを発動させてしまう。ラーメンの件の後ろめたさもあり、少しだけならと断り切れずついて行くことにした。

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