第82話 桃の計画不信1

 休日のお昼にやっているトーク多めな情報番組が背中で流しっぱなしになっている。先輩の家のリビングは、イヤホン越しに何度もイメージしてきたけれどやっぱり少し緊張する。


 さっきは先輩の唐突な行動に驚いてしまったけど、まだ桃はこの家から逃げるわけにはいかない。自宅という最高のパーソナルスペースで共に過ごす事によって先輩は桃を親しみやすいと感じるし、桃の美しい食事姿を見ればお義母様だってより桃の事を気に入ってくれる。


「いただきます!」

 テーブルの中央に置かれた大盛のそうめん。お客さんが来たのに簡単な料理で申し訳ないとお義母様は言っていたけれど、桃からしてみれば逆に嬉しい。

 特別なごちそうじゃなくて、何もない日の平凡な食卓を囲っていると先輩と一緒に食事をするのが当たり前の関係になったと勘違いできるから。と、そんな風に考えるなんて桃は本当に変になっちゃったんだなと冷静に分析してみる。


「向日葵。器貸して」

「あ、ありがとうお兄ちゃん」

 桃の正面に座っている向日葵ちゃんが、その隣に座る先輩に取り皿を渡す。先輩は「これくらいでいい?」と聞きながら向日葵ちゃんの器に麺を装った。桃の手の中にある器には、自分で盛ったそうめんと氷が一つ、先ほど先輩が勝ってきたばかりの麺つゆに涼しそうに浸っていた。

 空先輩はニコニコと優しい笑みを浮かべながら向日葵ちゃんの世話を何から何までやってあげている。仕方ない。桃はテーブル越し対角線上に座っているし、向日葵ちゃんはまだ中学生だし桃と違って生活力も常識も無いから。だから仕方なくやってあげてるだけだよね。先輩は誰にでも優しいから、可哀そうな子を放っておけないヒーローみたいな人だから。

「ワサビいる?」

 あ、その首傾げる動作可愛い。時々やるよね。好き。

「お兄ちゃんそうめんにワサビ入れるんだ。美味しいの?」

「俺は割と好き」

「・・・じゃあ、僕もお兄ちゃんと同じがいい」

「入れすぎると辛くなるからな、ちょっとにしとこう」

「えへへっ、ありがと」


 そういう和やかで平和なやり取り桃としてくれてもいいんだけどね。いいなぁ。別に向日葵ちゃんとだけする必要なくない? 桃だってここにいるんだからさ。そりゃさっきから頭で色々考えながらお義母様とお話しているわけだから先輩は必然的に向日葵ちゃんの相手する事になるのはわかってるよ? 四人なんだから会話が二対二になるのってよくあることだし、別に普通だよ。

 でもさ、そもそもなんで先輩そっち座ったの。桃と向日葵ちゃんは先に座っていたのだから、二人の隣どっちも空いてたわけじゃん。それで先輩がその席に座ったんだよね。先輩と仲良いのは桃の方なんだから普通桃の隣に座らない? だって友達とグループで出掛ける時ってそうするじゃん、自然と特別仲良しの二人が話しやすいように向かいとか隣に座る流れになること多いよね。なんでそっち座ったの。

「・・・! さっぱりしてて美味しいね」

「だろ?」

 いや、わかってる。わかってるよ。だって向日葵ちゃんの方が子供だから。それに、先輩が桃の隣に座るって事はお義母様が向日葵ちゃんの隣に行かなきゃいけないから、お話が苦手な向日葵ちゃんが可哀そうだと思ったんでしょ。先輩は優しいからそういう気遣いできるもんね。桃なら初対面のお義母様とも仲良くできるし。

 ていうかワサビ入れる件前から桃がやろうと思ってたんですけど。先輩の家で先輩だけ違う調味料チョイスする食事、こっちは全部暗記していますし。そこのガキは先輩の好みも何も知らず気付かず共感せず、ただ与えられたモノを喜んでいるだけなのズルいよ。たこ焼きにはマヨネーズかけるのにお好み焼きにはかけない拘りとか、目玉焼きに濃いめの麺つゆかける事とか、そういうのをちゃんと把握して偶然一致したり先輩に言われて試してみたら桃もハマっちゃいましたっていう奴やる予定だったんですけど。家族はみんなショウガ派だけど桃だけワサビなんですよ、先輩も同じなんて私達食の好み結構近いですよねって言おうとずっと前から決めてたんですけど。


「そういえば鶯さんとはあれから会えた?」

「・・・えっと。その」

 お義母様が桃との話に夢中になっているのを良いことに、先輩があの女の話題を出し始めた。

「もし話辛いなら俺が一緒に行こうか? ちょっと怖いけど」

「えっ、あ、あの、えっと、僕、その、うまく喋れな、えっと」

「・・・あぁ、いや、ごめん。今聞く事じゃなかったな。後でちゃんと聞くよ」

 じゃあ後で改めて二人で話すの?

 どこかで会って? それとも桃が帰るのを待って? 電話するの? いつ? 夜?

 夜は桃と電話してよ。今日の帰り桃とガキとどっちを送ってくれるの。無事に帰れたかのLINEはどっちに先に送るの?


 ちょっと待って、今先輩自分から鶯さんの話したよね。この場にいないのに何でそんなことしたの。先輩と鶯さんが付き合っているのは知ってるけど、それって仕方なく任務としてやってることで先輩の中に一切の恋心はないんだよね。あのメンタル脆弱迷惑巨乳の前でだけ仕方なく愛してるフリを続けているんだよね。万が一暴走したりヒーローの能力を失ったりしたら皆が困るから。あの女の為じゃなくて世界平和の為にやってるんだよね、先輩は優しいから。素敵なヒーローだから。

 だったら何故、あの女がいないここでも常盤鶯の名前が出てくるんだろう。おかしいよね、盗聴器だって仕掛けられていないのに。ここでご機嫌取る必要ないじゃん。

 そういえば先輩って桃と電話してるときでも良くあの女の話してるな。困ってるから同じ女性である桃に話を聞いて欲しいって名目の悩み相談だし、そもそも桃は最初から相談役として名乗り出てるから不自然には思わなかったけど。それに向日葵ちゃんの話も良くするよね、中学校行ってない事心配したりして、二人とも基地に住んでいるし桃と違って一般人生活完全に捨ててるからいつも先輩気にしてる。


 ・・・あれ。でもさ、先輩が他の子と話す時に全然桃の話題しなくない?

 そうだ。向日葵ちゃんの部屋に居た時も鶯さんと電話してた時も。ヒーロー活動の話とか先輩の大学の話はするのに桃の話題は一切出てこないよね。なんで、先輩と一番長く話してるのも頻繁にLINEしてるのも桃なのに、おかしいよ。


「・・・もしかして、先輩」

「あら? どうしたの桃ちゃん」

 しまった、考え過ぎて会話が途切れた。

「いえ、その。美味しいなーって。うちではあまり食べないので」

「じゃあ、桃ちゃんのお家はお金持ちなのかしら」

 今の少し嫌味ったらしかったかも、気を付けないと。

「うーん、普通だと思います。けど、父が一つのお皿からみんなで取り分ける料理苦手なんですよね。だからお鍋とか鉄板焼きとかも家では食べたことないんです。友達の家では夕飯にたこ焼きする事もあるらしくて、ちょっと羨ましいなって思っていたので・・・今日はとても楽しいです!」

「あらぁ、それなら今度うちに食べに来たらどう? タコ焼き器は無いのだけど・・・お鍋はこの時期じゃ熱いわね。お好み焼きにでもしようかしら」

 よかった、計画通りの流れに修復できた。

「わぁ、素敵ですね。でもいいんですか、お邪魔しちゃうのは申し訳ないですよ」

「いいのいいの、こんなに可愛い女の子がいれば食卓も華やかになるわ。そうだ、その時は向日葵ちゃんも一緒に来ればいいじゃない」

 勿体ない、やっぱそっちも誘うのか。桃だけが先輩の家にお邪魔する次のチャンスなのに。

「え、ぼ、僕は」

「母さん。だから無理に誘ったりしないでよ」

 一瞬焦ったけれど向日葵ちゃんが人見知りだったおかげで、二人でお宅訪問の再来は防げた。次来るときは必ず桃一人でお邪魔しないと。あわよくばお義父様にも気に入られておきたいし。

「じゃあ桃ちゃんだけでも今度・・・」


 と、お義母様が先輩に睨まれながらも食い下がろうとした時。ついさっきまで今週の映画ランキングをやっていた筈のテレビからつい耳を向けてしまうようなワードが飛び込んできた。


『続いての気になる話題はこちら、フィランスレッド、バスジャック犯を大胆撃破! 乗客全員無事!』


「ほら、空。あんたの好きなフィランスレッドのニュース」

 お義母様の言葉に、向日葵ちゃんがピクリと反応したのがわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る