第76話 石竹桃とエゴサーチ2

 そう、桃は世界一可愛い。まだ世界がそれを知らないだけで、それは事実。心理。絶対的に揺るがないモノ。その、ハズ。


「ありえない、なんで、だって」

 人気投票のページには投票者のコメントや、『自称評論家』達の総評がつらつらと並んでいる。都合の悪い結果の解説なんて、見ない方がいいことくらい本当はわかっていた。


『現フィランスイエローは就任から一年が経とうとしているヒーローだ。活発な印象のヒーロースーツと、中性的な見た目、そして派手な武器。戦隊イエローらしく、元気いっぱいなイメージの小型でパワフルな印象を受ける。子供向けアニメのヒーローを想起させるそのデザインから、デビュー当初は子供達から大きく支持されていた。しかし、出動頻度が少なく(*1 山間部や採石場にてフィランスイエローの活動と思われる痕跡は残されているが目撃者が殆どいない為、真相は定かではない)前回の人気投票では在籍ヒーロー最下位、目立たない存在と言われてきた。当サイト以外で行われる現役ヒーローに関するアンケートでも、イエローの名前が挙がることは少ない。また、グッズの売り上げも現役ヒーロー中最下位(202X年3月某おもちゃメーカー調べ)と、デビュー時以外は鳴かず飛ばずの印象を与えるヒーローだった。だが、今年4月末辺りからその評価は大きく覆る事になる。フィランスイエローの活躍を見たというニュースが半年前の約50倍に増加。当月のゲリラ豪雨による土砂被害では連日連夜の活動が確認され「フィランスイエローに助けてもらった」という声が大量にあがるようになった。選挙期間中に目立った功績が多かったこともあり、昨年の最下位が嘘のような票数を得、男性ファンから絶大な支持を受けるフィランスグリーンにたった3280票差という僅差での三位となった。今年春からヒーロー達の活動が活発になっていることが話題となっているが、フィランスイエローは特段伸びしろのある存在だと言えるだろう。今後もフィランスイエローの活躍に目が離せない』


 コメント欄にはフィランスイエローに助けられた人たちの言葉や、子供達からの応援メッセージが多く並んでいる。

「向日葵ちゃんが? しかも、鶯さんと大差ない」

 フィランスレッドとそれ以外のヒーローには埋められない差がある。でもそれ以外の三人には大した偏りが無くて、偏りがないなら自然と桃が選ばれると思っていた。そりゃ鶯さんはスーツを着ていてもわかる程のスタイルかもしれないけど、より派手でオシャレで沢山活動している桃の方が絶対に評価されていると思った。向日葵ちゃんだって、子供に人気なのは知っていたけど、前回の人気投票で全然だったから。

「・・・助けた人数なら、まだ桃の方が多い筈なのにな」

 派手な現場に積極的に出動し、沢山の観客がいる前で華麗に飛び回る。そんな桃をみんなは支持する、はずだった。でも実際は、桃だけ突き放されて、桃だけ、人気が無い。


「なんか、これ」

 桃だけみんなに、忘れられているみたい。


「そんなの、駄目だよ。だって、桃は可愛くないと。だって、そうじゃなかったら意味がない、桃は、桃は可愛くないと意味がない、価値が、存在が、生きていられない、だって、桃がフィランスピンクじゃなくなっちゃう」

 操作せずに真っ暗になったスマホの画面に映った桃の顔は、桃が思っているような美少女じゃなかった。どこかやせ細っていて、目が空からしくも見開いていて、必死で、見苦しくて、無様で。

「違う! 違う違う違う、こんなの桃じゃない。桃じゃないから」

 慌てて画面を付け直す。今のは違う。桃は可愛い、ちゃんと可愛いって思ってくれる人がたくさんいる。だから大丈夫。

「フィランスピンク 可愛い。フィランスピンク 好き。フィランスピンク 推し」

 自分でも何が何だかわからなくなって、呪文みたいに呟きながら震えた指先で検索ボックスに触れる。指先だけでなく、手のひらも、肩も、脚も、全身が凍えるように寒くて、とにかく誰でもいいから誰かに肯定されたくて、桃はいつも通り桃の事が大好きな人たちの言葉だけを見た。


『    』

『               』

『            』


 でも、何故かその言葉は空っぽに見えた。誰でもいいのに、誰でもいいわけじゃない。

 だって桃は知っている。桃を賞賛する言葉がたくさんあるように、桃を忌む言葉もこの世界にはたくさんある。

『ツインテミニスカで調子乗っているけど素顔絶対ブスだよな』

『貧乳Fピンク男説』

『フィランスピンク アンチスレ』

『うちのクラスにFピンクみたいな勘違い娘ちゃんいてウザい』

 勝手な事、余計な事、お前らには関係ないのに。


「可愛い。可愛い。可愛い」

 何ともなかったはずの、桃に特別優しかったはずの、世界が急に薄暗くなった。ネットの言葉も、インスタにたくさんあげた桃の自撮りも、自分の独り言も、全部。

『   』

 可愛いが全部、聞こえなくなってしまった。


「自己愛のヒーローが、こんなに簡単に、駄目なのに、大丈夫なのに」

 桃の「可愛い」はただの愛らしさじゃない。女の子はみんな可愛くなりたいし、可愛いと言われたいけど、桃のソレは違うんだ。だって、可愛い事が桃の存在意義なんだから。

「あはは・・・大丈夫。だよね、昨日とおなじ、明日もきっと」

 淵にライトがついたスタンドミラー。そこに映る桃は多分いつもと同じ。

「こ、これ、ちゃんと可愛いんだよね?」


 朝起きた時、夜寝る時。鏡の前で自分の可愛さを確認する日課はただのナルシズムじゃない。口だけじゃない、ちゃんと自他ともに認める可愛い石竹桃であるために、桃はずっと努力してきた。いつも笑顔で、お洒落で、美容にも気を遣って、ヒーロー活動が忙しくてもちゃんと睡眠はとるし、毛先の巻き方だって毎日こだわってる。先生に見つからないようにコンパクトヘアアイロンだって持ち歩くし、リップもハンドクリームも、ちゃんと、みんなに好かれる可愛い女の子でいるために。ちゃんと頑張ってきた。一番よくわかってる、桃はそれを知っている。だから自信をもって、「桃は可愛い」って言えるんだ。

 だって、そうしないと。

「桃が桃を愛せなかったら・・・フィランスピンクでいられなくなっちゃう」

 それは、フィランスピンクが弱い理由。


「桃は、世界で一番、桃の事が可愛くないと駄目なのに」

 自分を本気で愛せていない事に、気付きたくなかった。


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