第75話 石竹桃とエゴサーチ


 *

 最初はただの、アクセサリーのつもりだった。

 本気で好きになるなんて、想像もしていなかった。


 桃は世界一可愛い。桃は自分の可愛さを愛することで力を発揮する自己愛のヒーロー。博士曰く、自分自身への愛情で変身するヒーローは桃が初めてだって。

 ナルシストは恋なんてしないとか言う人もいるけど、桃は違う。だって恋をした女の子がすごく可愛いことなんて誰でも知ってるでしょ?

 だからって誰でも良いわけじゃない、1番桃を輝かせてくれる人が相手じゃないと嫌。


 そんな桃の恋の相手に相応しい男性が現れたから、欲しいと思った。


 空先輩と付き合った桃は今よりずっと可愛いだろうな、先輩を想っておしゃれする桃は輝くだろうな、胸をときめかせる桃はきっと天使のようだろうな。そんな事を考えて、桃は先輩に近付いた。

 確かに「可愛い」は武器だけど、恋愛というのは可愛いだけで圧勝できるほど簡単じゃない。先輩の好みから外れてしまえばその武器は弱くなるし、場合によってはデメリットにもなりうる。茜さんみたいに強くない、鶯さんみたいに色っぽくもない、向日葵ちゃんみたいに純粋じゃない。

 そんな桃が先輩を手に入れるにはちゃんとしたシナリオが必要なの。

 そういうごく普通の理由で、桃は先輩の監視を始めた。


 世間の注目を常に浚い続けるフィランスレッドの想い人でもある空先輩は、桃にとって最高のアクセサリー。手に入れる為の行為。それだけだった。



---

『#202X年前期現役ヒーロー人気投票』

 あれは梅雨が始まったばかりの頃の話。鶯さんと向日葵ちゃんのあの事件が起きた日……の、前日の話。

 SNSのトレンドに浮かび上がってきたワードに桃の気持ちは釘付けになった。

 ヒーローという存在は一般人からすれば何よりも注目しているコンテンツ。人気投票は勿論、ファンアートや二次創作まで作られる芸能人扱い。どちらかというとキャラクターの方が近いかもしれない。

 年二回行われる人気投票は市民にとってはちょっとしたお祭りで、まるで子供の頃テレビで見たアイドルの総選挙みたいに世の中は騒ぎ出す。規模はもっと大きいけど。

 桃も自分がヒーローになるまでは毎年チェックしていた。24時間テレビより、オリンピックより、ずっと話題になる。

 アイドルの総選挙と大きく違うのは当人であるヒーロー達がその結果に全然興味を持っていない事かな。まぁ、桃を除いてだけど。


 前回の人気投票時まだ桃はヒーローになっていなかったから、今回は桃が参加する最初の人気投票になる。今まではふつーに他人事だったけど、これからは可愛い桃がどれだけ評価されているかを可視化できる嬉しいお祭りになりそう。実はちょっとだけ楽しみにしてた。

「でも、一位は無理だろうなぁ」

 桃は桃が一番可愛いって知ってるけど、それでも人気投票になればあの怪力女に叶うとは思ってない。いくら桃が宇宙一可愛い素顔を持っていても所詮はヒーローという職業。可愛さよりもかっこよさに惹かれる人が多いのは当然。需要と供給ってやつ。

 なによりアイツは何年も前からヒーローをやっていて、沢山の人を救っているからズルい。自分の人生にヒーローが関わっていないただの野次馬は見た目が好みの子を選ぶけど、一度助けてもらった経験がある人はそのヒーローを推すに決まっているもの。

 それでもいつか、世界が桃の可愛さを知った時に桃が世界中に一番愛されるヒーローになるつもりでいるけどね。

 とにかく、現時点では人気投票が始まって以来不動圧勝の一位を取り続けている真っ赤なゴリラを脅かそうなんて桃は微塵も思っていない。土俵が違うし。向こうが有利過ぎるし。これは別に負けじゃないし。


「でもでも、あのチートレッドを抜かせば普通に可愛い桃が勝つよね」

 だって、桃は沢山活躍してる。たまに素顔を見せてるから中身がちゃんと美少女だってネットでも噂されてるし。

 ほら、桃を応援してる人がこんなにたくさんいる。


『今年のヒーロー選挙はピンクに投票! スカート姿が可愛い!』

『うちの娘がフィランスピンク大好きなので手作りで衣装を作ってあげました』

『ビル火災事件の時のフィランスピンクが美し過ぎて推し変しそう・・・』

『ピンクちゃんの素顔妄想で描いてみました。解釈違いだったらスミマセン』

『選挙期間なのでFピンク風ネイルにしたよー』


 自分の可愛さは自分でよくわかっているけど、それでも一般人からの称賛は気分がいい。

「こんなに人気なんだもん。意外と茜さんと接戦になっちゃったりして・・・」

 指先が触れたURLは、ほんの数秒のラグを超えて人気投票の結果ページへと画面を飛ばした。


『二位 フィランスグリーン』

『三位 フィランスイエロー』


 画面の丁度中央に表示された二行が目に入った瞬間。ぐらり、と桃の世界が暗闇に落ちた気がした。

「なん・・・で?」

 上から四番目に表示された『ピンク』の文字だけが不本意に明るく見える。そのさらに下にいるフィランスブルー、でも空先輩はヒーロー活動をしていないから世間的には現在ブルーは空席。つまり。

「実質、最下位じゃん」


 そんなこと、あっていいハズが無い。

「あれ、なんで、だって」

 桃は世界一可愛い・・・で、あってるよね?

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