第72話 フィランスレッドは成長期

「シャドウの巣穴。俺が茜さんと初めて出会った時に巻き込まれたあの駅のホームのような空間の事ですね」

 博士が言うには、原因不明の事故の多くはシャドウという不可思議な存在のせいで、そいつらは地球上に自分の巣をこっそりと作り出してエネルギーを貯めている。一般人がシャドウの巣穴に侵入することは不可能だが、巣穴が生成される瞬間にその場にいた人間が稀に巻き込まれてしまうらしい。


 実際俺も、一度だけ巻き込まれた事がある。あの時は直ぐにフィランスレッドが助けに来てくれたけれど、もし茜さんに気付いてもらえなかったらと考えると、今更ながらに身震いする。

「残念ながら私はシャドウの巣穴に入った事が無い。事前に生成を確認して侵入する方法を長らく研究しているのだが、現時点では一般人が巻き込まれた際になんとか索敵できる程度でね。狙ってアレに入るのは不可能に近い。そこで空君、キミはあの映像がシャドウの巣穴だと言われて・・・改めて見てどう思う?」

「そうですね」

 博士にそう言われ、もう一度プロジェクターに映った薄暗い映像を見る。空や空気に黒い影を纏っているような形容し難い空間は、確かに茜さんと初めて会った日の事を思い起こさせる。俺が見たのは駅のホームによく似た場所だったが、未来予知に表示されているのは建物の中というより街中に見える。

「この映像がシャドウの巣穴だと言われて、確かに納得できます。あの日の事は混乱していたのであまりハッキリは覚えていませんが、なんとなく似ているとは感じます」

「なるほどね、ありがとう。実は既に茜にこの映像を見せている、勿論未来予知の事は伏せてね。茜もシャドウの巣穴に似ていると答えてくれた」

 ただ薄暗いだけの映像ではなく、見ていて寒気がするような独特な禍々しさ。一番見慣れている茜さんが言うのなら博士の推理は正しそうだ。


「・・・では、何故俺と茜さんの未来にそんなものが?」

 今まで見てきた未来も、とてもラブラブ夫婦生活では無かったし、俺が登場しない物もあった。だけど、どれも『そうなった過程』がなんとなく想像できる内容だった。

 しかし、現在プロジェクターに映し出されている影に覆われ大破した街並みは、どう発想を飛ばしても俺と茜さんの将来に繋がらない。

「映像にはキミも茜も映っていないから想像するのは難しいね、キミはどう考える?」

「うぅん。例えば自分以外侵入できない巣穴に俺を閉じ込めて世界一安全な独占監禁・・・とかですかね?」

 既に生成されたシャドウの巣穴に侵入できるのはこの世界で茜さんただ一人。何かの間違いで俺がまた閉じ込められたら、巣穴を破壊しなければ俺は茜さん以外の人と確実に会えなくなる。まぁ、あの不気味な影とも共同生活しなくてはいけないのだけど。

「・・・空君」

「はい?」

「キミ、なかなか恐ろしい発想を簡単にするようになったね」

 たしかに。

「いや、ヤンデレへの理解度が高まっている証拠だ。そうやってキミ自身が危機を想像することで回避できる未来も少なくないだろう。良い事だよ」

 そうは言われても、ちょっと複雑だ。もしフィランスブルーとしての任務を全うして一般人に戻った時、はたして俺はまともな価値観を維持できているのだろうか。


「その調子で茜の方をどうにかして欲しいものだな」

「どうにか、ですか?」

「あぁ。最初に行った絶望的なニュースというのは未来予知にシャドウの巣穴が映っていることだけじゃない・・・実は、茜の能力が制御できなくなってきているんだ」

「茜さんが!?」

 人間の女性の体にドラゴンのパワーをそっくり埋め込んだかのよう規格外の強さを持つフィランスレッド。そんな彼女が能力を制御できないとなれば、何が起こるかわからない。

「未来予知にシャドウの巣穴が映ってしまう理由。私は別のコトを想像をした」

 博士は小さくため息をついて、俺の方をじっと見つめる。俺をからかう時とは違うしっかりと見開いた瞳が、濃紫に鋭く光っている。


「未来の現実世界が、シャドウの巣穴に飲み込まれているんじゃないかと」


「・・・!?」

「あくまで想像だ。そう、私の考える最悪の想像。これが事実であると言う証拠も、あの未来に行き着くのがどれだけ些細な道筋なのかもわからない。ただ、私はこう考えているんだ。能力の制御が出来ずに無力化されたフィランスレッド。シャドウを抑える術を失った人間は自分たちの世界を全てシャドウに乗っ取られてしまう・・・と」

 それはもはや、世界滅亡。完全なるバッドエンドだ。

「でも、茜さんが負けるところって、俺には想像できないんですけど」


「今までのあの子ならそうだろう。ただ、最近はそうもいかなくなってきたんだ」

 そう言うと博士はマウスに手を伸ばし、デスクトップにピン止めされている見たことの無いアプリケーションを起動させる。表示されたのはフィランスレッドと書かれたタブと無数の折れ線グラフ。

「これはヒーロー達の能力値を測定したデータだ。ヒーロースーツの改良や任務の割り振り、人員増加の必要性の参考にするためにこうして頻繁に記録している。データはヒーロースーツから勝手に送信されるようになっていて・・・まぁ、簡単に言うと定期的な体力測定の結果だ」

「体力測定ですか」

 ヒーロー達が本気で体力測定したら測定不能を連発しそうだ。桃が武器ありでシャトルランやったら反復横跳びみたいになりそうだな。

「そして茜の結果がこちら」

 手のひらを上にして料理番組みたいに折れ線グラフの画面を差し出す。グラフ前半は常に一定で、ある時を境に脱臼骨折しそうなくらいの右肩上がりになっている。グラフの縦軸には省略の波線が引かれ、直近のデータは測定不能エリアに入っていた。

「なんとなく想像出来ると思うが、ここがキミと再会した日だ」

 脱臼の原因は案の定俺との出会いだったようだ。

「そこから茜の能力上昇は留まるところを知らず、そして先日、彼女は能力が暴走してヒーロースーツを破壊した」

「えぇっ!? そ、そんなこと出来るんですか」

「どこかにぶつけたわけでも、引っかけたわけでもない。単純なエネルギー放出量にスーツが耐え切れずに散り散りになったよ。まさに追剥にあったかのような恰好だったさ。マントで身体を隠しながら茜が返って来た時は、流石に血の気が引いたね。あの茜が満身創痍になるような相手が現れたのかと・・・実際は違った、些細な事故を解決する為に能力を使った際、エネルギー出力を誤ってしまったそうだ」

 能力の使い過ぎでスーツが破損してしまうなんて、場所が場所なら他の人に見られてしまうんじゃないかな。茜さんは大丈夫だろうか。

「とりあえず至急新たなスーツを与えているが、今行っている改良も茜の成長に間に合うかどうかわからない。茜にはとりあえず常に出動させて能力の無駄撃ちをし、これ以上エネルギーを貯めこまないようにしてもらっている現状だ。実はキミに長らく指示できなかったのもこちらの件で忙しかったからなんだ。すまないね」


「それは構わないのですが・・・その、つまり」

 茜さんの能力が暴走している。というより、成長が早過ぎてヒーロースーツのキャパシティを超えてしまっている。そしてヒーローの能力が向上する条件はたった一つだけ、愛の力の増幅。


「今日の空君は本当に話が早いね。つまり茜はキミの事が好きで好きで堪らないんだ」

「そ、そういう話になるんですよね、やっぱり」

 非常に可愛らしい文言ではあるけど、プロポーズをした鶯さんや一緒に食事をした桃が相手ならまだしも、会っていないし連絡も取っていない茜さんが相手となると自覚がなさ過ぎて困る。無自覚系主人公だって最低限会話くらいはしているけど、俺はただ他のヒーローの対応に翻弄しているだけで茜さんに好かれるような事は本当に文字通り何もしていない。


「逢っていないのに愛情が増幅するのはヤンデレにはありがちな事だ。良くも悪くも想像力が豊かだからね。ただ、今の茜は現実のキミにあまりに会わな過ぎた。それ故に愛する気持ちが制御できなくなっているのだろう・・・仕方ない、空君。茜と二人っきりでデートにでも行って来てくれ」

「・・・はい?」

 博士から提案された解決方法は、なんともシンプルなものだった。


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