第71話 愛と欲望のマッチポンプ

 映像が終了して、俺は意外にも冷静に頭を働かせていた。

 予知の内容は予想外だったが、さっき鶯さんとの未来で感じた強い恐怖に比べれば衝撃が少ないためだろう。何より、全身が不自由になるという俺の不幸が事故や病気ではなく人為的に作り出されたものであるという事実に内心ほっとしているのかもしれない。

 それとも、俺を手に入れる為に俺を傷つけた鶯さんへの怒りが心の奥底で煮えたぎるせいで他の感情が薄まって感じるだけか。


「あまりショックを受けていないようだね。それとも驚きすぎて放心しているのかい?」

 大して顔色を変えない俺を見て博士がちょっと不安そうに尋ねる。

「驚きはしましたけど、まぁ、なんとなく理解は出来たので」

「それは良かった、話が早い」

「でも一つ聞きたいのですが、今の映像は俺と桃の未来予知ですよね。全く俺が登場しなかったのですが、そんなことあり得るんですか?」

 今までの予知では必ず俺と相手の女性、二人きりの映像が流れていた。それまでも他のヒーローの名前が出てくることはあったが、第三者がはっきりと登場したのは今回が初になる。

「私もこの映像を見た時、設定を間違えたかと考えたよ。しかしどうやらこの未来予知は正しい。実際、今の映像でも桃が空君と交際しているような発言は見られたからね。あれは桃と君が恋人同士になった未来で起こった、鶯の暴走の結果だ。強すぎる好意が無関係な未来に影響する事もあり得ない話ではない。普通の人間だって振られた逆恨みで嫌がらせをする事もあるようだし、ヒーローが同じ状況となれば大きく未来は変わってしまうだろう」

 最終的に結ばれた相手のヒーローにだけ悩まされると思っていたが、よく考えればそんな甘い話で済むとは限らない。最初に予知を見た日とは異なり、俺はもう向日葵や鶯さんと深くかかわってしまっている。ヤンデレの性質を持つ女性に気を持たせるような事をしておきながら他の女性と付き合えば、裏切られたと感じて攻撃的になるのも仕方がないのかもしれないな。

 プロポーズの一件で鶯さんと深い仲になり過ぎたせいで、どの未来でも介入できるほどに大きな愛のエネルギーを鶯さんは得てしまったのだろう。これ、どうにかしないとヒーローだけではなく誰と付き合う事も不可能になるのか、俺は。

「私は既に向日葵との未来も見ている。内容は桃の時と殆ど変わらない。そして多分、それらの未来は鶯がキミを介護し、キミは鶯を唯一信頼できる妻として愛するあの世界に収束していると考えるのが妥当だろう」

「鶯さんの能力で俺の身体を壊し・・・もしかしたら精神面も一時的に重症化させ、俺と恋人になった娘には俺を助けたければ手を引けと脅し、恋人に見捨てられたと思った俺を手厚く看護する。ある日突然自分で何もできない身体になったとすれば、たった一人頼れる女性に心を許すのもまぁ無理ないでしょうね。俺が鶯さんに本気になるのは想像がつきます」

 自分で傷付けておいて、自分で助ける。自作自演の純愛劇で俺の気持ちを得ていたのだろう。正直こんな恐ろしい作戦を思いつき、実行する鶯さんに恐怖しかない。鶯さんの能力が記憶や精神にも影響を与えるのなら今ここで「騙されない!」と強く決心していても無意味なのだろう。実際、俺が映像を見て鶯さんの作戦を知ったにも関わらず未来の映像に変化は起きていないようだ。


「博士はこれを知っていたから、鶯さんに別れ話をするのは危険だと止めたのですね」

 鶯さんの暴走が婚約解消をトリガーとする場合、何の対策もない状況で別れを切り出しては未来予知の結末を早めるだけだ。

 いや、でもそう考えると何かひっかかる。

「その通りだ。先延ばしにする事に意味があるかは不明瞭だが、キミに捨てられた鶯が強硬手段を選ぶ可能性は非常に高い。今は誤魔化して対処法を考えるべきだろう」

「そうですかね・・・」

 プロポーズしてきた筈の俺に裏切られる。本当にそれが鶯さんの地雷だったのだろうか。

「何か違う気が」

 俺の頭の中の鶯さんと、予知に出てきた鶯さんが何処か食い違う。しかしその正体はわからない。

「いや、すみません。やっぱり何でもないです」

 考え過ぎか、第六感か、俺にはこの違和感の正体が掴めなかった。


「ふむ・・・空君」

 渋い顔で首を傾げる俺の頭を、竜胆博士は唐突に撫で始めた。

「な、なんですか?」

「今日の空君は随分と物分かりが良く、冷静だ。癖の強いヒーロー達と関わる事に慣れ過ぎて自分の感情の揺らし方がわからなくなってきているな」

「えっ、そ、そうですかね?」

 今度は何の話だ。博士はなんとなく淋しそうな顔をして俺の頭をふわふわと撫で続ける。

「博士?」

 幼い息子をあやす様な繊細な手つきだ。そこまで年が離れているわけではないけれど。

「・・・・・・いや、すまない。私は自分の研究、欲望のために空君を危険な目に合わせているという事実を改めて実感しただけさ」

「欲望だなんてそんな。博士は平和のために司令官をやっているのに、自分を責める必要はないですよ。研究だってヒーローがより活動しやすい為のものだし、ただの私利私欲だとは誰も思いません」

「平和、かぁ。そうだね」

 博士はすっと俺の頭から手を引き、いつも通りの飄々とした笑顔に戻った。

「私は女である前に研究者だ。大好きな研究が世界平和につながるなんてこんな光栄なことは無いな。今後も存分に利用させてもらうよ、空君」

「は、はぁ」

 ヤンデレとしての才能があるヒーロー。そしてヒーローの能力を引き出すヤンデレメーカーの才能がある俺。なるべくしてヒーローになった俺達とは異なり、博士の天才的な頭脳は他の業界でも十分活躍できることだろう。竜胆菫は何故、ヒーロー達の博士をやっているのだろうか。

「くっくっく」

 博士について突っ込んだ質問をしようか悩んでいると、聞きなれた笑い方が飛んできた。

「なんで笑っているんですか?」

「いやぁ、空君に慰められるなんて、私も未熟だなと思ってね」

 すっかりいつもの博士に戻ったようだ。ヒーローじゃない博士に余計な詮索をする必要はないのだから、変な事を聞いて不機嫌になられては良くないな。この話は終わりにしよう。


「えーっと、それで、言いましたよね。悪いニュースと絶望的なニュースがあるって」

「そうだそうだ。未来予知に関して、もう一つ変化があった。次は絶望的なニュースの話をする」

 この件に関わって以来、ポジティブな方向に予想が外れたことは一度もない。やはり鶯さんの件は「ただの」悪いニュースで、もっと良くない話が出てくるのか。

「といってもこっちの件はただの情報共有だ。正直空君に黙っている事も考えたが、この先どう転ぶかわからない以上、キミには多少負担になっていても全てを知っていてもらう方が良いだろう」

 ついさっき俺を危険な目に合わせる事に胸を痛めていた人の台詞か、これ。

「それで? 何があったんですか」

「茜の未来が見られるようになった」

「・・・!」

 最初に未来予知を使った時。俺と茜さんの未来だけエラーになってしまった。博士曰く、知り合いで好意がある間柄なのに未来が表示されないのはおかしいという話だったけれど、何かが変化して俺と茜さんの予知が見られるようになったのか。

「それはちょっと、見たいですね」

「いや。正確には見られるようになったわけではなく。エラーだと思っていた画面がキミと茜の未来そのものだったんだ」


 プロジェクターには既に予知再生の画面が映っている。しかし、竜胆博士が再生をクリックしても映像は流れず画面は真っ暗なままだ。


「確か前に見た時も、こんな感じでしたよね。茜さんとの映像だけ再生を押しても何も映らないからエラーを起こしているんだって」

「あぁ。私もそう思ったさ。でもこの映像自体が茜と結ばれたキミの未来のようだ」

「え?」

 改めて真っ暗な画面を見るが、変わらず映像は見えない。機器の故障かもしれないので博士のノートパソコンを直接覗き込むが、真っ暗な画面に再生中とだけ表示されている。

「いいから、これを見てくれ」

 博士がPCの設定を弄り、光量を限界まで引き上げた。

「こ、これは!」

 すると、真っ暗だった映像にうっすらと何かが映る。

「瓦礫? と、ビル?」


 濃いめのモノトーンで描かれたぼんやりした映像。動いている人間の姿は見えないが倒れたビルのようなものが見える気がした。手前には瓦礫らしきもの。横転した車のようなもの。まるで大きな災害現場のような映像がだんだんと浮かび上がる。


「最初に茜とあった日の事を覚えているかな・・・この映像に映し出されたのは恐らく。シャドウの巣穴だ」

 地球上のどこかに前触れなく現れる、黒い影に覆われたあの世界を俺は再び思い出した。

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