第67話 コンピュータールームの罠


「そういえば今回の食事にはなにも混入してなかったみたいだなぁ」


 恨めしそうな顔で俺を見送る鶯さんと別れ、コンピュータールームへ向かう道中。ふとそんな独り言が出た。仮にも恋人の手料理を食べて言う感想ではないのだが、鶯さんには推定有罪の前科があるし相変わらず俺はヤンデレ×料理という漫画でよく見た組み合わせにビビっている。薬も怖いけど、身体の一部を食べさせられた日には一生ハンバーグがトラウマになる自信がある。

 有難い事に、お手製煮込みハンバーグに余計な物は一切入っておらず、たっぷりの愛情が込められた非常に美味しいものだった。一口食べれば警戒心が何処かに飛んでいき、気が付けばあっという間に完食。ご機嫌とりではない本心からの「また食べたい」が出てしまうほどの旨さ。


「あのご飯が毎日食べられて働かなくて良くて家事もしなくて良くて、美人で巨乳で献身的な奥さんがついてくる新婚生活とかマジかよ・・・」

 言葉にすると怠惰でクズでモテな過ぎて可笑しくなった男のとち狂った妄想にしか聞こえない。

「さすがに急に結婚の話になると無理だし、そもそも他のヒーローの事を考えると危険な気がするから今回は回避したけど。ズレたところはあっても普通にしている時はただただいい人なんだよな、鶯さん」

 我ながら重たい愛情に馴染んできたというか染まってきた感じはあるが、怖い所のない鶯さんとだったら一緒に過ごす未来もありかもしれない、なんてほんの少しだけ考えてしまう。

 未来予知の時はお互いにとって負担でしかないような不安定で歪な夫婦関係を築いていたけれど、俺と鶯さんの関係性に変化が現れた今なら歩み寄る選択肢もゼロではない気がしてきた。そもそも未来予知の一番の問題は俺が一方的に鶯さんを守っていた事であり、立場が変われば結末も変わるんじゃないだろうか。

「別に俺、好きな人がいるわけでもないしな。長く一緒にいたら鶯さんのこと好きになったりして」

 今はまだ結婚とか考えられないし、鶯さんが怖いと思う時があるが、もし本当に卒業するまで今の関係が続いていたら流される気がしないでもないな。

「実際どうなるのか・・・本気で誰かを好きになった事がない俺には、よくわからないけど」

 結婚したいと思える程に、自分の身を投げ打ってもいいと思える程に、何もかもが惜しく無いと思える程に誰かを愛する日が、俺にも来るのだろうか。




 無意味な自己問答を繰り返していると、いつの間にかコンピュータールームに到着していた。コンピュータールームの扉は博士以外には施錠権限がなく、中から開けてもらうしかない。到着した旨を伝える為にスマホを取り出すと、俺が連絡を入れるよりも早く目の間の自動扉がウィンと静かな機械音と共に開き、腕を組んで少し真面目な顔をした博士が現れた。

「基地内監視カメラで空君の姿が見えたからね」

 どうして俺が来たのわかったんですか、と尋ねるより先に返って来た答え。そういえばこの部屋は監視カメラのモニタールームにもなっていたな。

「お邪魔します」

 久々のコンピュータールームに足を踏み入れると食い気味で背後の自動扉が閉まる。まるで閉じ込められたかのような手際の良さにちょっとだけ動転しかけたところで、俺の視界にとんでもない物が飛び込んできた。


「なっ!? なんで脱いでるんですか博士!!」


 あろうことか、博士はブラウスのボタンを上から手際よく外し始めた・・・というかもう胸の中間地点あたりまで外れている。羽織っただけの白衣とボタンが仕事していない薄青色のノースリーブのブラウスが、まるで罠のようにがっつりと開帳して博士の胸元を強調する。研究者らしく白い肌と黒い上品なレースが目に入ったところで、俺は慌ててぐるんと顔を明後日の方向にそむけた。

「え、えっ? は?」

 意味が解らない。酔っているのか、勤務中に? そんなことする人じゃないだろう。

「くっくっく、何度見てもそうやって初心な反応をしてくれて嬉しいよ」

 なんだ、何度もどころか生まれて初めてですけど。どうしたんだこの人は急に。記憶喪失にでもあったのか?

「空君の関心が私にだけあるという事はとても嬉しいが、時々不安になってしまってね。だからこうやって君の反応を試してしまうんだよ」

「一体なんのこ・・・んぐっ!?」

 見ないようにと顔を背けていたのがアダとなった。いつの間にか直ぐ傍まで来ていた博士の手が俺の口を塞ぐ。

「・・・・・・ふぅ。全く、君はせっかちだなぁ。まぁ、そうやって熱心に求められるのも悪い気分じゃないな」

「もごごごご」

 本当にどうしてしまったんですか博士。俺の事からかうにしてもやり方が変だし、こんな無意味なことする人じゃないでしょう。まさか本当に俺を誘惑したいわけでも無い。

 喋っている内容も謎だし、まるで洗脳でもされて壊れてしまったみたいな異常さだ。

「・・・もご」

「ほら、おいで。若い子達の相手は疲れただろ? なんてね、私だってまだまだイケていると思っているよ。無論、空君と出会うまでは自分にそういった魅力があるという自覚は無かった。君のおかげだ」


 ・・・まさか、他のヒーローに何かされたのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る