第64話 常盤鶯の夫婦計画1

「ところで空さん。婚姻届けはいつ出しに行きましょう?」


「えぇっ!?」

 確かに夫婦という話にはなったけど、いきなり具体的な話題を出されてつい大声を出してしまった。

 酷い事に俺は鶯さんと本気で一生夫婦でいる気は無い。博士に今は結婚の事を否定しないで欲しいと指示されているから、こうしてやんわりと否定せずに誤魔化していただけだ。婚姻届けなんて受理されてしまったら本当に絶対後戻りできないじゃないか。この年でバツイチになるのは嫌だぞ。


「今日、病院の帰りに貰って来たんですよ」

 と言って、鶯さんが青いクリアファイルから取り出したのは『婚姻届』と重々しく書かれた用紙。『妻になる人』だけでなく『夫になる人』の欄も当たり前のように記入済だ。これって本人の直筆じゃなくていいのか?

「私達ってプロポーズの日と返事をした日があいてしまったじゃないですか。なので婚姻届けを提出した日を結婚記念日にしたいと思うのですが、それでよろしいですか?」

「え、あ、えっと」


「式を挙げた日・・・とする夫婦もいるようですが、私個人としては二人きりの特別な日という意味を強調したいので皆さまにお披露目する結婚式よりも二人だけのイベントである届提出の日を記念日にしたいのです。まぁ、記念日はどれだけあっても良いとは思うのですが、やはり結婚記念日はその中でも特別なものですからね」

 目も手も頭の中もぐにゃぐにゃと泳いでしまっている俺を気にも留めず、鶯さんは嬉々として婚姻届け提出を前提に突き進む。そりゃそうなのか、プロポーズの後に婚姻届け、当たり前と言えば当たり前なのだけどまさか久々の再会と退院当日にここまで用意してきているなんて思わないじゃないか。

「あとは日程ですね。やはり縁起のいい日を選びたいところですけど、覚えやすい日というのも捨てがたいですよね。ぞろ目とか月の始まりとか。勿論私は忘れるようなことは無いですけど、男性はこのような記念日には疎いと聞きましたので、少しでも空さんの負担が無いようにわかりやすい日取りにするのが良いかと考えています。あぁでも、届を出す前に空さんのご両親にご挨拶に伺いましょうか。私は必要ないので大丈夫です、実家には近付きたくないですし絶縁状態なので私方の親戚問題は全く気にする必要ないですよ」

「えっと、その。そういう話の前に・・・」

「あ! もしかして普通の婚姻届けでは嫌でしたか? すみません、今時はキャラクター等とコラボしたものや様々なデザインがあることは知っていたのですが、善は急げという気持ちでつい勢いでしまいました。空さんのお好みのデザインがあれば入手しましょう」


 やばいな、結婚の手続きをすることに微塵も戸惑いや疑いがない。このまま流されていたら週末には夫婦だ。

「そういえば苗字の方はどうしましょうか。私は常盤の姓にそこまで執着がないですし、大好きな人と同じ名前になる事に憧れがありますので問題なければ浅葱の方を名乗らせて頂きたいです。夫婦別姓という選択肢も珍しくはありませんが、私はやはり同じ苗字で夫婦であるという実感を強く持ちたいですね。それに、浅葱鶯・・・ってなんだか綺麗な響きでとても気に入っているんです。しっくりくると言いますか、なんだか親しみやすいというか、あ、えっと、もしかしたら何度も頭の中で考えていたから私の中でこの並びに慣れてしまっただけなのかもしれません。ふふっ、お恥ずかしい」

 なんかすごく可愛い事を言ってた気がするけど全然頭に入ってきません、鶯さん。

 駄目だ、このまま黙っていても悪い方にしか行かない。せめてもう少し話を先延ばしにして誤魔化そう、それでこの後博士に無理矢理にでも時間を作ってもらって、解決方法を考える。よし、そうしよう。


「あの、鶯さん。届けの提出ですが、まだ待ってもらえませんか?」

「へ?」

 うぐっ、今までの「新婚さんです」と言わんばかりの幸せ全開のテンションが急に萎んで不安気な表情に一変した。しかしここで日和っていては浅葱鶯待ったなしだ。

「えーっと・・・そう、大学。俺達って大学生じゃないですか。今は事実婚? 婚約? という形をとって、実際に役所に手続きをするのは卒業してからっていうのは・・・駄目ですかね」

「それは、空さんが大学を卒業する約四年後までは正式な夫婦にはならないということですか?」

 怒ってる、というか疑われている。それもそうだ、だったら何故プロポーズなんてしたんだという話になる。


「ほら、モテないし女っ気ゼロだった俺が急に結婚したなんて友達に知られたら怪しまれるでしょうから。それで万が一鶯さんがフィランスグリーンだと誰かにバレてしまったら大変ですし。大学生同士で結婚って珍しいから自然と目立っちゃうじゃないですか、だから今はただのお付き合いという事にして、あくまで建前、建前ですよ? ほら、俺の親だって急に鶯さんみたいな美人な奥さん連れてきたら何か悪い事でもしたんじゃないかと不安になるかもしれないし、それくらい俺と鶯さんって周囲から見たら釣り合わない存在なんですよ」

 ちょっと苦しいけど、どうだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る