第56話 不本意な提案2
「馬鹿な提案をしていると思わないでください。冗談や悪ふざけで言っているわけではありません」
「でもそんな、愛を囁くなんて俺には・・・」
しかも「心から」とわざわざ念を押す程だ、桃の考えている事は大体想像がつく。
「鶯さんはきっと、先輩のことが好きなんですよね。だから先輩に愛されていると感じることでヒーローとしての力が増す可能性があります。確かに気を失っているように見えますが、先輩の心からの言葉なら受け取ることが出来る、それだけの力を私達ヒーローは持っている筈です」
つまり俺に『演技の告白』でもさせて鶯さんを元気づけて欲しいと、そう言っているわけだ。なんともロマンチックな作戦で馬鹿馬鹿しい夢物語だと事情を知らない人間なら思うだろうが、その作戦に勝機があることを俺達は充分に理解していた。
あれはたしか俺が入隊して間もない頃、博士にヒーロー達について簡単に教えてもらった時だ。その際に博士が言っていた話を思い出す。
「空君のような一般人にもわかりやすく・・・そうだな、ゲームで例えるなら愛の力はMPだ。消費しても回復すれば良いし、いくら最大値が大きくて強い技を覚えていても回復しなければいつかは枯れて何もできなくなってしまう。付き合いたての恋人同士は簡単に回復するし、相手への気持ちが冷めていてはなかなか回復しない。恋をしている状態のヤンデレはこのMP回復量が凄まじく、実質無制限に能力が使えると思ってくれ」
博士は、戦隊ヒーローはもちろんヤンデレについての知識が少ない俺を呼び出しては頻繁に講習会を開いてくれた。彼女達と関わるときに気を付けなくてはいけない事、ヒーローを強化する方法など、俺はフィランスブルーに変身できない代わりに大学の授業よりも真剣に学んだ。
「そして最大MPと使える能力は殆ど生まれつきの才能なんだ。まぁ中学生くらいまでは若干伸びしろがあるが、茜のような突出したヒーロー適正がある者は幼少期から差が出ていることが多い。要するに、才能の無い者がいくら情熱的な恋をしたとしても茜のようなヒーローにはなれない・・・しかし、空君にはその枠をぶち破ることができる」
それは、ヤンデレメーカーが必要とされている理由がよくわかる話でもあった。
「本来は能動的に変化する事のない最大値も能力の幅も、君の力があれば拡張することが可能だ。勿論君に熱烈に恋をするヤンデレである必要はあるが一般人が回復しかできないのに対し、空君はステータスそのものを押し広げることが出来る・・・とはいえ、そこまでの強化はただなあなあに関わる程度では難しいだろう。例えば君がヒーローの誰かを好きになって彼女が心の底から「両思いだ、好きな人に愛されている」と感じるならばヒーローとして大きく覚醒するだろうね」
ヒーローとしての覚醒。漫画やアニメでは御約束の展開だが、現実では仲間のピンチでも秘密の特訓でもなく、第三者である俺の気持ちによって引き起こされるものらしい。
鶯さんからの好意はどこまでのモノかはわからないが、俺の影響を受けていることは確かだ。鈍感主人公のようにいつまでも彼女の気持ちを否定し続けるのは失礼だろう。俺は、鶯さんに向き合う必要がある。
「鶯さんは・・・俺の事が好きなのか」
口に出してみると、なんとも自惚れていて恥ずかしい。しかし、勘違いだったら恥ずかしい等と言って後回しにし続けられる程俺達のいる世界は甘くない。俺に好かれているかどうか、鶯さんが俺の事を好きかどうか、日常だったらただの男女間の恋話だとしてもヒーローにとってそれは命にかかわる話。
好きな人に愛される事。それがどれだけエネルギーになるかはヒーローじゃなくてもなんとなくわかる。きっとそれは幸福で、体の奥底から元気が湧いてきて、沢山頑張ろうという気持ちになれるような素敵な事だ。
俺が告白をすれば鶯さんは目を覚ましてくれるかもしれない。桃の提案は考えられる最適解だった。
「・・・でも、それは嘘になる」
俺は鶯さんを愛してはいない。
「鶯さんは素敵な女性だ。お淑やかで、優しくて、料理上手で、穏やかな喋り方もちょっとドジなところも可愛いなと思う。美人で眼鏡がよく似合うし、長い髪も綺麗だ・・・それに、スタイルもいい」
こんなに素敵な女性が俺に好意を持ってくれているなんて、本当にそうだとしたら嬉しくなってしまう。
「だけど俺は、鶯さんを特別な女性として見ていない。俺の告白は嘘になる」
桃が小さく息を呑んだのが聞こえた。
「真摯さなんていう俺の自己満足と、人の命を天秤にかけるなんて無理だから、今から俺は男として最低な事をするし、罪悪感があるなんてなんの言い訳にもならないけど」
俺はどうして、こんな話をわざわざ口にしてしまっているんだろう。
「わかってるよ、先輩」
慰めて欲しかったのか、鶯さんの好意を知っておきながらそれを利用しようとする俺を許してほしいのか、それとも、桃に誤解されたくなかったからなのか。
「これは鶯さんと、向日葵ちゃんを助ける為・・・だから、仕方ないんです」
鶯さんを救う為に鶯さんを傷つける。もっと早くから彼女の好意に向き合っていればこうはならなかったのだろうか、わからない。それでも今俺に出来ることは彼女の好意に嘘で応える事だけだから、その使命から逃げるわけにはいかないんだ。
「そうだよ、これが浅葱空先輩だもん」
何かに納得するような「うん」という小さな声が聞こえて、桃は俺達の元から離れていった。
俺が愛の言葉を囁きやすいように気遣ったのか、それを聞きたくなかったのかはわからないけれど、小さくなっていく桃の背中を想像しただけで胸が締め付けられたような感覚になるのは、多分よくない予兆だ。
優しい雨音の中、俺はそっと鶯さんの肩を抱いて耳元に顔を寄せる。俺なんかの声が、彼女に届くだろうか。でも届かなければ、鶯さんは死ぬ。
「・・・鶯さん。聞いてください」
俺は精一杯の優しさで、気持ちを騙り始めた。
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