第54話 フィランスピンクが見る景色


「じゃあ先輩。桃の荷物は先輩のリュックに詰めて・・・と、あとはこうして」


 困惑する俺をよそに桃は酷く慣れた手つきで荷造りをし、プラスチックバンドを伸ばしている。

「それ、荷物運ぶときとかにとめるやつだよね。自転車の後ろに大きなもの乗せるのに使ったりする」

「そうですよー。普通に物を重ねて運ぶのにも便利ですよね。あ、先輩耳抜きできます?」

「出来るけど。・・・で、なんでそれを俺に巻き付けてるの?」

 しっかりと延ばされたバンドは俺の身体を中心にぐるぐると何周もまわり、肩から脇をクロスし背中や腰を通り、さらにそれは桃の身体に固定された。例えるなら俺という荷物を桃が背負いやすくしているかのように止められている。

「ちょっと強めに縛りますよ」

 桃が胸の前でバンドを引くとギリギリギリという音と共に俺の背中が一気に押されて桃の身体に引き寄せられる。

「うわわっ」


「それで先輩、腕をこうやって・・・」

 桃の背中にぴったりと腹をくっつけた状態。顎の下あたりにある桃色の髪は雨にぐっしょりと濡れているが、本人はそんな事微塵も気にせずに俺の腕を掴んでいる。

「こう、こんな感じでしっかり捕まっていてください」

 掴まれた腕はそのまま桃の胸上あたりにまわされて反対側の肩を抱き寄せるような仕草になった、反対側も同じようにしろと指示される。

「桃、えっと、この体制は・・・」

 所謂バックハグ。確か昔はあすなろ抱きみたいに呼ばれていたらしいアレ。

 プラスチックバンドによってしっかりと身体を密着した上に、後ろから抱きしめるような形で桃の上半身に腕を回している。上部分だけ見れば何ともロマンチックな恋人同士が人気のない所でいちゃついているように見えるかもしれないが、バンドで簀巻きにされているのでフィランスピンク熱愛発覚のニュースにはならないだろう。

「桃の最高速度は武器での移動です。この状態なら桃一人の行動時と同じ動きが出来るので効率よく空を走れます。といっても一人の時よりは遅くなると思いますけど。あ、PPバンドは博士に作ってもらった特別性ですし外れる心配はありませんので安心してください。ただ、あまり先輩に自由にされると動き辛いのでなるべく桃に密着して動かないでいてくださいね?」

「え、あ、はい」

 荷物みたいに固定されている時点で予想は出来ていたけど、本当にこの状態で移動する気なのか。

「一応脚は動かせるので辛かったら着地するタイミングで地面に足をつけてもいいです。でもなるべく膝の動きは桃にあわせて欲しいですね。あと着地するのは桃が先に足をつけてから、一般人の脚は高い所から着地すると折れてしまいますからね」

「は、はい・・・」

 なんだか今日の桃は頼もしいしかっこいいな。ちょっとドライな感じがして怖いけど。

「イメージとしては横すわりで二人乗りするときと同じです。自分が荷物になった気持ちで相手に体重移動を委ねていれば問題ありません」

「いや、俺二人乗りとか・・・」

 したこと無いし、後ろ担当はもっと無い。


「それでは、行きますよっ」

 桃の言葉と同時。幼児向けの玩具みたいにちゃちくて可愛いデザインをした二つの拳銃から射出された細い金属の糸が、バシュン、と勢いよく音を立てて前方に見えた三階建ての建物の屋根に突き刺さる。

 きゅるきゅるきゅる、という激しく糸を巻く音と共に桃は勢いよく地面を蹴り跳び上がった。

「うわぁっ!?」

 同時に俺の身体は桃に引き寄せられてぐいんと、建物の方へと飛び込む。自分が大砲の玉になった気分になるくらいの強い重力と衝撃で全身があらぬ方向へ持っていかれる。

 壁にぶつかる直前。先端のフックショットは桃の元へ戻ったかと思うと、直ぐにその先にある別の建物へと射出された。木から木へと移動する猿のように次から次へと射出されているフックショットとそれを手足のように動かす桃の芸術的なまでの動作で俺達はものすごいスピードで進む。

「こ、これは・・・」

 口を開けると雨風が遠慮なく中に入って来た。街中をジェットコースターで移動しているみたいに目まぐるしく変わる景色に、困惑する俺は意識せずとも桃の荷物みたいに硬直してしまっていることだろう。あっという間に見慣れた景色は消えて、多分下から見たらUFOかUMAが通過したと勘違いしてしまうであろう程の速さ。

「これがフィランスピンクの速さ・・・」

 ジェット機並みとか、ジェットコースター級とか、今どれくらいのスピードが出てるのか知らないけれど、自分の身一つで感じる事が出来る速度じゃないな、これは。


 人というのは凄いもので、そんなあり得ないスピードにも数分で慣れ始める。ほんの少しの余裕が出来た俺は邪魔にならないようしっかりと桃に抱き着き、心を無にすることに徹する事に集中した。

 スピード自慢のヒーローと言われると、テレビで見るような戦隊ヒーローではあまり人気がでなさそうに思えるが、桃は間違いなくトップクラスの実力を持っている事がわかる。

 そもそも三半規管が弱かったら耐えられないだろうし、判断力と反射神経がないとこのスピードは多分出せない。本人はあまり気に入っていないと言っていた二丁拳銃も、多分桃の才能に適した物なんだと勝手に確信できてしまう。素人の俺がそう思ってしまう程に彼女の武器は彼女の手足となり、フィランスピンクには羽が生えているようだと多くの人が例えるのも納得がいく。


 穏やかに空を舞う天使なんかじゃなくて、もっと素早くて自由で、強くてかっこいい、間違いなく彼女は空のヒーローだ。もちろんこれは、「俺の」という意味の空ではない。


「桃は嫌がるかもしれないけど・・・フィランスピンクはめちゃくちゃかっこいいよ」

 可愛いにこだわる桃にとっては複雑だろうな。

 でも、誰よりも速く助けを求める人の元へと駆け寄る彼女の姿は俺の目から見ても美しい。さっき桃が零した自分が真剣にヒーロー活動を出来ていないと感じるのだって、彼女の出せる最高速度があまりに規格外で桃自身の中にある体感速度がブレているせいもあるのかもしれない。


 そんな事を考えていたせいか、俺の腕は少しだけ力強く桃を抱きしめていた。

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