第51話 浅葱空にできること1


 *

『たすけて 朽葉さんに殺される』


 鶯さんのトークルームに溜まった三十七件のLINEメッセージ。その一番最新のメッセージには想定外の名前が書かれていた。

「向日葵に・・・殺される?」

 不在着信の履歴と、それより前のメッセージの不穏な文面。連投自体は鶯さんならよくある事だが今日の内容はいつもとは違う。

 誤字も多く、文面が短い。なんというか、ただならぬ状況だという必死さを感じる。

『どうしたんですか?』

 最後のメッセージが届いてから既に十分以上が経過していて、俺の送ったメッセージに既読はつかなかった。

「なんだか嫌な予感がするな」

 ラーメン屋のすぐ裏手にある軒下へと移動して鶯さんへ折り返しの電話をかける。

「・・・出ないな」

 しかし、何度かかけても電話の向こうのコール音が空しく響くだけ。ただ俺を心配させたくてあんなメッセージを送ったのなら電話に出ないのは変だ。鶯さんは向日葵の次に返信速度がはやいし、電話をかければ大抵直ぐに出てくれる。

 もしかして何か大変な事に巻き込まれているんじゃないだろうか。


「そうだ、向日葵が関係しているなら」

 ふと思い立ってアプリを表示させる。これは竜胆博士に言われてインストールした他者のスマホの位置確認アプリだ。『俺がいつでも向日葵を監視できるようにしてほしい』という向日葵たっての希望で提案されたもので、俺のスマホからはいつでも向日葵の居場所が確認できるようになっている。もちろん今まで使ったことは無い。

 ちなみに博士がこのアプリを提案してくれなかったらフィランスイエローの部屋に監視カメラを設置するという事になりかけていた。流石にまずいと思う。

 今のところ俺にそのつもりはないけれど、何かの間違いで向日葵の私生活を覗きたくなってしまったら寝ている姿も着替えも、それよりもっと見られたくないような事だって見ることが出来るというのは精神的に毒だ。

 とにかく、この位置情報アプリを使えば向日葵が今いる位置がわかる。

「えーと、随分遠い場所にいるな」

 GPSによって指示された地図上の印は県を跨いだ先にある山間部で点滅していた。フィランスイエローはここ数日、山での活動が多いそうなのでその最中だろうか。

 しかし鶯さんが一緒に行動していたという話は聞いたことが無い、今回は何か特別な理由があって二人で現場に向かったのだろうか。一応博士にもメッセージを送っておこう。

「二人が一緒にいるとしたら、本当に危ないのかもな」

 鶯さんも向日葵もかなり思い込みが激しいタイプだ。もし二人の意見が衝突して対立するような事になったらどちらもただでは済まないだろう。鶯さんの『朽葉さんに殺される』というのは、向日葵が何らかのきっかけで暴走してしまった事を指すなら、一刻も早く助けに行かなくてはいけない。

 これが鶯さんの『虚言』なら良いのだけど、とてもそうは思えない。

『今から向かいます。居場所がわかるなら教えてください』

 俺は鶯さん宛にメッセージを送り、急いで水噛家の店内に戻った。




「ごめん、桃!」

 店に入り足早に席に戻ると、髪を一つにくくりなおしてラーメンを食べ始めている桃がびっくりした顔でこちらを見た。

「ど、どうしたんですか先輩。そんなに深刻な顔をして」

 ちゅるり、とラーメンを飲み込んだ桃が目を丸くしている。

 あまりに血相を変えて店に入って来たせいか、先ほどの銀髪イケメン店員も驚いてこちらを気にしている。しまった、目立ってしまった。他の人がいる手前でヒーローの話をするわけにはいかないな。

「え、えっと。急な用事が出来たんだ」

 周りの人に聞かれないように、桃の耳元に寄って小さな声で伝えた。

「鶯さんと向日葵になにかあったみたい」

「えっ、それって・・・」

「状況はわからないんだけど、鶯さんから助けてくれってメッセージが来ていたんだ。どうやら冗談とかではないみたいだし、今から行こうと思う」

 ヒーローの力が無い俺に出来ることは少ないが、もし二人が喧嘩していたり、向日葵が暴走していた場合に止めるには俺が適任だろう。

「一緒にお昼食べられなくてごめん、でも急いだほうがいいと思うから」


 そう言って俺は自分の荷物を回収する。その際にテーブルに置かれた穏やかに湯気が立つ大盛味玉ラーメンと目が合った。俺が注文したラーメンは当然一口も食べられる事なく俺の帰りを待っていた。

「・・・すみません」

 腹は減っているが、今はそれどころじゃない。

「まだ手付けてないんですけど。どうしても外せない急用ができたので申し訳ないですがこのままで良いですか?」

 わざわざ大盛を頼んだうえで全く口をつけずに残すのは俺のポリシーに反するし、応援しているラーメン屋への冒涜でもある。ただ、鶯さん達に危機が訪れているのにラーメンを食べている時間は無い。

 銀髪の店員さんは少し困惑していたが「わかりました」と言って俺のラーメンを下げてくれた。俺がラーメン屋の主人だったら二度と来るなって思うかもしれない。本当に申し訳ない。

「ホントにすみません! じゃあ、桃。俺行くから」

「えっ、あっ、先輩」


 ヒーローとしての生活に明け暮れる桃が俺を頼って大学にまで来てくれたのに、こんなところに放置してしまうのも心苦しい。だけど俺には何よりも優先しないといけない事がある。

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