第47話 フィランスイエローの出動記録7
博士から聞いていた通りだ。施設内の浄水装置と廃液タンクは大きく損傷していて、中から遠慮なく液体が床に漏れ出していた。周囲には研究員の人がやったのか、中途半端な即席土嚢が積まれている。けれどあまり効果は無く、隣の部屋まで薬品による悪臭が漂う始末。
「まずは液体が漏れている場所を特定して修復・・・いや、先に密室化しちゃった方がいいかな。研究員の人の非難は完了してるから、えーっと、この場合どっちが優先だったっけ」
僕達はヒーローをやっている事を除いてしまえばただの女の子なのでレスキュー隊や警察のような専門的な訓練を受けていないし、知識も少ない。フィランスイエローになった時に最低限必要なコトをまとめたマニュアルを博士から貰ったけど、最近は人命救助しかしてなかったから効率のいい対処の仕方を忘れちゃった。
「人がいる時は人命第一でいいから考える事が少なくていいんだけど、こういう時に優先順位ってほんとわかりにくいなぁ」
僕自身の未熟さを感じつつも、うろ覚えの知識で作業に取り掛かる。慣れないタイプの現場最初は戸惑う事も多かったけど、始めてしまえば意外と簡単なものだった。
「よーいっしょっ」
土砂災害で出動が多い僕の為に博士が作ってくれた道具は、砂をその場で粘土みたいにしてくれる不思議な液体。砂に少量かけるだけで成型が可能な塊になってくれるので建物を修復しながらの任務にはピッタリだ。ただ、必要な砂の量が多いのと粘土をこねるのにゴリラの10倍くらいの握力が必要なので一般商品化はまだ遠いらしい。
大量の砂なんて普通は簡単に手に入らないし、簡単には持ち運べないけれど僕からすればその辺にある大きな岩も、施設の壁も天井も粉々にすれば砂だ。粘土をこねるのだってヒーローの力とスーツがあれば僕にとっては泥団子を作るのと変わらない。博士御手製の発明品はフィランスイエローの第二の武器と言って良いほどの大活躍をしている。
「雨降ってるからそとの砂は使えないし・・・えいっ」
ゴリゴリゴリ、と薬品が漏れていない無傷の部屋の壁を削り壊す。どうせこの施設は工事で壊すか大幅に修復しないといけないし、応急処置さえできれば多少破壊しても問題ないと言われていたので僕は遠慮なくその辺の無傷な壁を剥がして砂を量産することにした。
僕は器用なことが出来ないので大抵の場合邪魔なものを壊すか、余分な物を埋めるかになるけど、粘土のおかげでむやみやたらに壊さずに素早く処置が行えるようになったのは本当にありがたい。あとは破損した部分に即席粘土をぐいぐいと埋め込んで、硬化するまでしっかり押さえておく。これで新たに漏れ出ることがなくなった。
あとは研究所の人が作ってくれた土嚢にそって囲うように粘土の壁を作ってしまえばこれ以上廃液が外に漏れだすことはない。
「とりあえずこれで安心だね。やっぱりこれ凄く便利だなぁ。」
念のため浄水場の回路も破壊して強制的に止めてしまったし、あとは雨が去って停電が復旧した後に詳しい人が丁寧に修復すれば大丈夫だろう。僕達ヒーローの仕事はあくまで普通の人間が対処できない部分を解決するだけだ。細かいことは知識も技術もある人達に任せてしまう。
「けほっ、けほっ・・・うぅん。数十分いただけなのに、頭が痛くなって来たよ」
作業自体は簡単だったけど、部屋に充満する気化した薬品を吸っただけで少し体調が悪い。もしかしたら普通の人はあんまり吸っちゃいけないやつなのかな。公害事件を引き起こすみたいなことも言ってたし、僕じゃなかったら後遺症とか出ちゃうのかも。
「病気は怪我より治りにくいからなぁ、まぁたぶん大丈夫だけど。そういえば病気って僕が傷つくことに含まれるのかな、見た目は傷ついてないけどお腹痛いとお仕事出来なくなっちゃうからダメなのかな・・・今度お兄ちゃんに相談しないと」
弱音を吐く間にも僕の身体は徐々に薬品の匂いと息苦しさに馴れてくる。そもそもヒーロースーツのマスク自体にも多少は抗菌作用(?)みたいなのがついているらしいし、この程度なら問題無いだろう。念のため、直に触れた部分のスーツは拭いておこう。僕は平気でも他の人に触れてしまう可能性だってある。
大まかな応急処置は終わったので、あとは細かい部分を塞いで僕の仕事は終了した。驚くことに移動時間のほうが長い任務だった。今度こういう事件があった時のためにすごく良く吸う巨大なスポンジとかも作ってもらおうかな。持ち運ぶのが大変かなぁ。
「えへへ、今日の僕すごくいっぱい頑張れた気がする。最近身体の調子が凄くいいな、ドリルの回転速度も速くなってる気がするよ。力だって昔よりずっと強くなったし・・・」
目の前の綺麗に処置された現場を見ながら、お兄ちゃんと出会う前の自分を思い出して余韻に浸る。
「お兄ちゃん、いっぱい褒めてくれるかなぁ。早く会いたいな、楽しみだな」
やっぱり僕はヒーローだ。もっともっともっと頑張って、いつかはフィランスレッドを超える最強のヒーローになって、お兄ちゃんを沢山喜ばせるんだ。そうすればお兄ちゃんはいつまでも僕のお兄ちゃんでいてくれる。例え、一番大好きな人がいたとしても、お兄ちゃんの妹でいる権利くらいは貰える・・・と思う。
「そうだった、鶯お義姉ちゃんは大丈夫かな」
そこで、僕の欲しい物を全て手に入れてしまったあの人の事を思い出す。
どうやってやるのかはわからないけど、鶯お義姉ちゃんは既に川や山に流れ出てしまった薬品を中和しに行ったらしい。このまま勝手に帰ったら流石に博士に叱られそうだし、川の方に行って手伝えることが無いか聞いてみようかな。
「・・・それに、フィランスグリーンとして仕事している姿を見られれば鶯お義姉ちゃんがどれだけお兄ちゃんを愛しているのかもわかるだろうし」
きっと、僕なんかよりずっとずーっと、大きな愛の力を持っているんだろうな。
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