第46話 フィランスイエローの出動記録6
僕達が現場に到着したのは基地を出てから一時間半。電車が動いていない深夜の移動なので一般人に比べれば大分早いけれど、僕としては予想よりかなり遅い到着だ。
「鶯お義姉ちゃん、大丈夫?」
「はぁっ・・・はいっ」
遅れた理由は僕の脚元で息を切らしているこの人にある。どうやらこの人、能力が移動に向いていないのか現場移動が下手だ。
僕だってピンクに比べれば大分鈍足なほうだと思っていたけど、それ以上に動きが悪い。ヒーローの力とスーツの身体保護で下半身を強化して高い建物の屋根の上を跳んで進むという基本の行動すらままならないのには驚いた。確かこの人フィランスグリーン歴3年くらいだった筈なのに、大丈夫なのかな。なんだか不安になって来た・・・。
「そのっ、す、すみません。抱えてもらって」
「別にいいよ、お義姉ちゃんのこと待ってたら、夜が明けちゃいそうだったし」
おかげで僕が片腕でひっつかんだ状態で跳ぶことになった。長距離移動は得意じゃないんだから、結構疲れちゃったよ。
「もしかしてこの為に現地集合にしないで一度合流させたのかな? 博士も言ってくれればいいのに」
任務に僕達二人の力が必要なのは確かだけど、よくよく考えてみればわざわざモニタールームに集合する必要は無かった気がする。現場に関する話だって通話やメールで済ませられる内容だったし。いつもの任務の時はそうしている。
「私が鈍くさいばかりに・・・すみません」
別に責めているつもりは無かったのに少し涙目になっている。この人傷つきやすいんだなぁ、なんでヒーローやってるんだろう。やっぱり愛の力がとても大きいのかな。
それを言うなら、僕の方がなんでヒーローに選ばれているのか謎かもしれない。博士は僕をスカウトした時に「そこまで兄という存在に執着できるのは才能だ」なんて訳のわからないことを言っていたけど、別に僕は普通の人に比べて愛の力が大きいわけじゃない。
前に石竹桃が休憩室に置き忘れた雑誌で偶然見た記事に、女の子は気になる男の子の為なら髪型や服装や話し方を変えることが出来て、興味のない話題でも興味を持ってしまうものらしい。それが普通なら、僕のお兄ちゃんに対する愛されたいっていう気持ちとそこからくる行動は多分平均的な女の子と変わらない。それって特別大きな愛じゃないってことだよね。
大好きなお兄ちゃんの言う事を全部聞きたくなって、お兄ちゃんに少しでもよく見られたいためにヒーローになる、こんな当たり前の事しか出来ない僕がフィランスイエローである必要はあるのかな。僕程度の愛の力でヒーローになれるなら誰でもいいんじゃないだろうか、僕は背も小さいし素の身体能力も高くない。僕より相応しい人なんて本当はたくさんいて、博士は身寄りのない僕に同情して僕をヒーローとして雇ってくれているだけなんじゃないだろうか。そんなことを考えてしまう。
「あ、あの。私はもう大丈夫ですから。先に進みましょう」
息を整えた鶯お義姉ちゃんがぼーっとしていた僕に声をかける。僕達の目の前には目的の研究施設兼工場。病院みたいに大きな建物が真っ暗な山奥にポツンと佇んでいる。まだ停電から復旧していないのか予備電源らしき薄緑色の明かりがちらほらついているだけで、中が暗いのが想像できる。
「さぁ、行こうか鶯お義姉ちゃん」
僕は顔の隠れるマスクを装着して、建物の方へ向かう。とりあえず建物が壊れているらしい山頂側にまわって、人がいたら現場の状況を確認しよう。
「私は汚染物質除去のため外側をまわります」
そう言うと鶯お義姉ちゃんは上着だけ羽織っていた太股まで丈のあるジャージのジッパーを下ろす。中から現れたフィランスグリーンのヒーロースーツは薄緑色に濃い緑のラインが入ったワンピースだ。シルエット自体は膝上に向けて広がる可愛らしいワンピースだけど、首元が清楚っぽく詰まっているのと、胸のあたりに二対に並ぶ小さなボタンが複数あって中央と外側が濃い緑のラインでくっきりわかれているせいか、ナース服みたいに見える。腰付近にある大きなポケットとモスグリーンのタイツにも十字架みたいな病院マークが描かれているのでそういうモチーフなのだろう。
そして、いつもより高めにくくったポニーテールの真下、背中には見慣れないタンクみたいなものが背負われていた。
「な、なにそれ?」
僕は直ぐに工場の方に向かわなくてはいけなかったけど、使い方の分からない道具に思わず足を止めてしまった。僕も博士に文句は言えないくらいに危機感が無いのかもしれない。
「もしかして、お義姉ちゃんのヒーロー武器?」
フィランスグリーンが背負っているのは自転車フードデリバリーの人が使う大きなリュックサックみたいな長方形をしている、タンクのようなもの。太いベルトでしっかりと背中に固定されているそれは透明のガラスみたいな素材で出来ていて、中は空っぽだ。タンクの脇にはチューブが通っており、その先端にある銃・・・とは違う、強いて言うなら火炎放射器みたいな形の、何かを噴出しそうな大き目の銃っぽいものを手に持っている。
「あら、初めて見るんでしたっけ? ネットでは既に知られているので見たことがあると思っていました」
「あ、うん。僕ヒーローの事とかあんまり調べないから」
お兄ちゃん以外からの評価なんてどうでもいいし。
「これはただの薬剤噴出機ですよ。私の能力で後ろのタンクを特殊な液体で満たすことが出来るんです。こっちの手に持っている方はそれを霧状に発射する装置ですね。まぁ霧状じゃなくてストレートに出すことも出来ますけどあまり使いません」
「な、なんかすごいね」
それはどうやって使うんだろう。僕にはよくわからない。
「朽葉さんの武器はドリルランスと呼ばれるものですよね、とてもかっこよくて羨ましいです」
「あ、うん。ありがとう」
僕の武器ってそんな名前なんだ。柄つきドリルって呼んでたよ。
「私の武器、他にも色々と仕組みがあるのですが今はそれをお話ししている場合ではありませんね。この任務が終わったらゆっくりお話ししましょうか」
「わかった。じゃあね鶯お義姉ちゃん」
複雑そうだけど、ちょっと個性的で羨ましいなと思いながら、僕は自分のやるべき事をやるために工場へと向かった。
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