第45話 フィランスイエローの出動記録5

「私としてはおなじ基地内で暮らしていながら殆ど会話の無い君たちが、昼休みの女子高生のように気軽に立ち話をしていた事の方が興味深いよ。いったいどんな話題で私の呼び出しを忘れていたんだい?」

 せっかくヒーロー二人と博士が集合したというのに、博士は緊張感のかけらもない様子で雑談を膨らませてくる。

「空さんの話ですよ」

 言って良いものなのかと悩んでいた僕の代わりに鶯お義姉ちゃんが返事をした。

「空君の?」

「はい、私達夫婦になったので朽葉さんに報告していたんです」

「・・・・・・」

 あれ? なんだか博士、変な顔で沈黙してる。もしかして隊員同士の恋愛はあんまりよくないのかな。理由はよくわからないけど部活とか会社とかだって部内や部署内恋愛禁止って言うこともあるらしいし、愛の力で戦う僕達にも不都合なことがあるのかも。

 少しだけ不自然な沈黙を保ったあと、博士は僕の方を向いた。

「そうか、それはめでたいな。向日葵も嬉しいか?」

「えっ、僕?」

 どうして僕に聞くんだろ。今は鶯お義姉ちゃんが喋っていたのに。

「もちろん嬉しいよ、空お兄ちゃんの事は大好きだから。結婚って嬉しい事なんでしょ? お兄ちゃんが嬉しいなら僕も嬉しいに決まってるじゃん」

「なるほど。向日葵は優しい妹だな」

「急に変なこと言わないでよ・・・」

 よくわからないけど僕が褒められた。別にお兄ちゃん以外の人から褒められても嬉しくは無いけど、『お兄ちゃんの妹』として褒められるなら悪い気はしない。

「まぁ、そんなに大事なことを上司である私に黙っていたのはいただけないな。今度空君には自分の口から私に報告させるようにしよう」

 ふーん、博士も知らなかったんだ。なんだか少しほっとした。


「さて、あまり雑談をしている場合では無かったな。メールは見たか? 今回は二人で出動してもらう」

「あ、うん。結構遠いね」

 今回は県跨ぎの出動。目的地周辺に行くのだって電車とかだったら最低でも2時間はかかる。しかも山奥だ。

「事故現場は製薬工場兼研究施設だ。落雷による停電と大雨による地滑りが原因だな」

 博士はタブレットを見ながら簡潔に内容を読み上げる。

「地滑りは直接の被害は無いが落石によって工場の一部が崩壊、廃液タンクと浄水処理部分が損傷している。停電のせいでシステムが動かず強制中断や緊急時の応急処置が出来ていないようだ。建物も一部崩れている為、研究施設内の人間も立ち入れなくなっている。詳しい事は現場に行って確認しなくてはわからない」

「えーっと、崩壊してる場所に誰かが閉じ込められているってこと?」

「いや、施設で働く人間の無事は確認されている。ただ、浄水処理装置が稼働していない状態でタンクにたまった有害な廃液が外に流れている。向日葵はまず、それを物理的に止めてくれ」

 そこまで聞いて気付いた、なんだか普段の任務とは毛色が違う気がする。

「それって、急がないといけない事なの?」

 僕達の任務は基本人命優先。これ以上死傷者が出ないように、助けを待つ人を救うために、というのが普段の仕事内容だ。半壊して困っている工場の手助けなんて今までは無かった。その理由は単純で、直ぐに途絶える命がないような問題は時間をかければ人間の手で解決できるからだ。

「この工場の下部には川が流れていて、今は雨が降っている。流れ出た廃液による自然汚染被害は大きくなるだろうからそれを可能な限り最小限に抑えるのが今回の任務だ」

「私の仕事は既に流れてしまった方を中和することですかね?」

「そうだ鶯」

 中和!? 鶯お義姉ちゃんのヒーロー武器は見たことが無いけれど、そんな便利なことが出来るんだ。すごいなぁ。

「そして、向日葵は疑問に思っているだろうが、この出動依頼は私達ヒーロー活動の出資者から来ている。直接人命に関わらない事で優先するべきではないと考えるかもしれないが、私達の普段の生活を支えてくれている人の危機だ、気は進まないかもしれないが受け入れてくれ」


 出資者。なるほど、そういうことか。

 ヒーロー活動は世間的には慈善事業だと思われているけど、ヒーロースーツの修復費や給料、僕達の生活費、それに博士の研究費用がかかるので当然ながら全てボランティアでは無理がある。そもそもこの大きなヒーロー基地だって手作りでやったわけじゃないから、色々と外部の力を借りている筈だ。

 そういった交渉関係を全部引き受けてくれているのが竜胆博士で、博士は被災地との連絡や情報収集、僕達の給与や生活のサポート、ヒーロースーツの改良などヒーロー活動以外の全てを請け負っている。ヒーローが顔バレせずに普通の生活をおくることが出来るのも僕達の代わりに動いている博士のおかげであることは間違いない。

 つまり博士は僕達の博士であり司令官でありマネージャーであり社長なんだ。

 博士は言わないけど、この製薬工場も僕達に関係する研究を秘密裏に行っている場所の一つかもしれない。直ぐに大ごとにならなくても、水質調査とかで研究所のことがバレたら僕達の活動に関わることだってあるだろう。この任務は僕達がより快適に活躍するためにきっと必要な事。


「もちろん、僕は任務を断る気なんてないよ。それに放っておいたら病気とかが広がっちゃうかもしれないんでしょ?」

 誰かを助けることは出来なくても、ヒーロー活動の支えになる任務ならお兄ちゃんも少しは喜んでくれるかもしれない。

「あぁ、早急な解決をしなければいつか公害問題を引き起こす可能性だってある。それだけ危険な物質を取り扱っているから現場では気をつけて行動してくれ、向日葵」

「はいはーい。任せてよ。話はもういいの? 急いだほうがいいんじゃないかな。鶯お義姉ちゃん、はやく着替えてきて」

「は、はいっ」

 少しイレギュラーな任務だけど鶯お義姉ちゃんと協力すれば、なんとかなりそうだ。終わったらお兄ちゃんに褒めてもらおう。それに、結婚おめでとうも言わないと。

 僕は鶯お義姉ちゃんの手を引いてモニタールームを出た。


「ふむ? 向日葵と鶯は険悪な様子だったから出動前に呼び出したが、なんだか親しくなっているな。しかし夫婦とは・・・空君。一体何をしたんだ?」



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