第44話 フィランスイエローの出動記録4
「・・・あれっ、そういえばお兄ちゃんと喧嘩したって言ってたけど。大丈夫? ちゃんとヒーローに変身できる?」
この人も同じように、お兄ちゃんへの想いでフィランスグリーンの力を得ている筈。僕達のヒーローとしての能力はその時に持っている愛の強さで増減してしまう。僕のお兄ちゃんへの愛が揺らぐ可能性は万に一つもないけれど、恋愛関係にある間柄なら喧嘩中は愛の力が弱まってしまうんじゃないだろうか。
「僕じゃ役に立たないとは思うけど、話聞こうか?」
喧嘩というのは意見や価値観の相違が反発して起こるもので、僕はお兄ちゃんの考えを絶対に否定しないから喧嘩なんてしない。愛しているなら考え方を全て合わせるなんて簡単な筈なのに、どうして鶯お義姉ちゃんは喧嘩してしまったのだろう。しかもこんな日付が変わる夜遅くまで悩み続ける程に、もしかして深刻な話なのかな。
子供にはわからない内容だったらどうしよう、話してくれたとして僕にわかるかな。ただのフィランスグリーンには興味がないけど相手がお兄ちゃんのお嫁さんなら、僕だって協力したいと思う。
「その、大したことじゃないのですが・・・私がどうしても今夜電話をしたかったのに、空さんが明日の用事があるからと断られてしまったんです」
しかし、鶯お義姉ちゃんの口から出たのは想像の斜めを行く不可思議な理由だった。あまりの衝撃にフリーズしてしまう。
「・・・?」
目から鱗が落ちた。天変地異。驚天動地。ちょこぽてとちっぷす。よくわからないけど、なんかびっくりした。あれ、僕の聞き方が下手だったのかな。
言葉通りに受け取るなら、お兄ちゃんが忙しいって言ってるのに電話したいって駄々をこねたってこと?
「よ、よくわからないや」
なんでそんなことができるんだ。自分から連絡をすることだって恐れ多くてよほど大事な時しか出来ないのに、お兄ちゃんの生活を害してまで自分に構ってもらおうとするなんて、僕には考えられない。愛しているなら相手の迷惑になることなんて出来ないんじゃないの?
「ごめんなさいね、気遣ってくれたのに。要するにただの痴話げんか、というやつです」
「ちわ・・・」
これが夫婦なのか。なんだか凄い。僕と考え方が違い過ぎて一ミリも共感ができなかった。僕が子供だからわからないのかな。
「痴話げんかっていうのは、ラブラブな二人が愛しすぎているあまりについ言い合ってしまう、本当に愛し合っている恋人同士のコミュニケーションみたいな喧嘩のことです。朽葉さんにはまだよくわからないかもしれませんけど、私達の間ではよくあることなので心配はいりません」
「そ、そっか。ソレナラヨカッタ・・・」
愛しすぎるあまりに逆に喧嘩する? 全然想像できない。だって暴力は愛情表現じゃないんでしょ、だったらなんで好き同士なのにわざわざ喧嘩するのかな。大切な人に拒絶されるなんて死んでもおかしくないくらいに辛い事なのに、それをよくある事だなんて。
「きっと明日には空さんが私に会いに来て仲直りできます、だって空さんは私が辛いときに必ず駆け付けてくれる私だけの王子様のようなものですから。先ほどは少し厳しく叱られてしまいましたが、それも愛故の言葉だとよくわかっています。何より妻である私に思ってもいないキツイ言葉を返してしまって罪悪感に苦しんでいるのは空さんの方です。表面上では言い争ったとしても私達には信頼関係があるので、この程度で空さんへの愛が薄れたりはしません」
うっとりと、お兄ちゃんへの怒りなんて一ミリもないような惚けた顔で話す鶯お義姉ちゃん。信頼関係とか、本当の愛とか、愛し『合っている』とか、全部僕にはわからない。
なんだか、僕は自分の愛がちっぽけなものに見えてきた。僕はこんな風に考えることが出来ない。これが正しい夫婦の、一番愛している人の居場所での常識なら、僕は一生そこに立つことはできないんだろうな。
「だから今日の任務は一緒に頑張りましょうね、朽葉さん」
見栄や牽制で言ってる言葉には思えない。この人は本当に、お兄ちゃんと愛し合っているんだ。
「・・・うん」
なんだか、僕の方が元気がなくなってきてしまった。愛の力は衰えなくても自分がますますお兄ちゃんの妹に相応しくないような気がして辛い。
「あのさ、鶯お義姉ちゃん・・・」
『いつまでそこで話している、二人ともモニタールームへの入り方を忘れたのか?』
「ひゃっ」
「あら」
忘れてた、僕達は博士に呼ばれてモニタールームを訪れようとしていたんだった。モニタールーム入口にあるインターフォンごしに博士に怒られてしまった。
「ご、ごめんなさい」
僕達は既にロック解除済の自動ドアを開けて部屋に入った。相変わらず基地内の様々な共有スペースが写った大量のモニターが作動している不気味な部屋の中央では、椅子に座って腕組みした博士がこちらをじっと見ている。
「遅い」
眉間にぐぐっと皺を寄せて、博士はいつもより低い声で唸るように僕達を叱る。部屋の前で立ち話をしていたことはバレているようだ。
「すみません竜胆博士」
「ごめんなさい」
しかし、眉間の皺はぱっと緩んで、直ぐにいつものクールで何を考えているかわからない飄々とした顔つきに戻った。
「くっくっく、まぁそんなに怒ってはいないよ。まぁ緊急任務だから向こうでヒーローの登場を待っている方々は怒っているかもしれないがね」
怒られなくて良かった、と思う反面。こんなんでいいのかなと不思議な気持ちにもなる。
薄々感じていたけど、博士は割と世界平和に興味がない気がする。竜胆博士からは一人でも多くの市民を助けたいという精神が全然感じられない。だったら何故戦隊ヒーローの博士なんてやっているのか謎だけど、何か他に目的でもあるのかな。頭のいい人の考える事なんて僕には想像できないや。
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