第43話 フィランスイエローの出動記録3
「・・・・・・・そうなんだ、僕知らなかったよ」
予想していなかった事実に、ちょっぴり動揺したけどそれを隠して僕は無難に笑う。
「ふふっ、隠しているつもりはなかったんですけど。ごめんなさい、報告が遅くなってしまって」
たぶん僕は今、ショックを受けている。お兄ちゃんが結婚することに対してじゃない、妹の僕にも教えてくれなかった事が悲しいんだ。
どうしてお兄ちゃんは僕にないしょにしていたのだろう。まだ籍を入れてないって言ってたし、正式に結婚してから教えてくれるつもりだったのかな。ちょっと寂しいな。それともお兄ちゃんにとって僕は結婚の報告をするほど大切な存在じゃないのかな。子供の僕にはよくわからないけど、結婚ですごく大事な筈なのに、そんな大きな事すら言う必要が無いと思われてたんだ。
「ううん。良かったね、お兄ちゃんと結婚できて」
僕が必要ないのは、僕がまだ未熟で無能で愛する価値がないせいだから仕方ないよね。わかっていた事なのに、それでも悲しくなってしまうのは僕が弱いからだ。
「お兄ちゃんのお嫁さんだもん、きっと世界一幸せなんだろうなぁ」
妹の僕は、どんなに頑張ってもお嫁さんみたいに愛してもらえることはない。だってお嫁さんだもん。きっと世界で一番愛してる人の場所だ。お兄ちゃんは常盤鶯を一番にしたいと思ったんだ。いいなぁ、羨ましい。
「とっても幸せです。けど、ちょっと心配もあるんですよ。だって朽葉さん、空さんの事好きでしょう? ほら、夫が人気者だと妻は少し不安になってしまうんです」
濁った緑色が、僕の事を鋭く睨む。牽制するような視線に見えるけど、僕にはその理由がわからない。だってこの人はお兄ちゃんの愛に選ばれて、僕は選ばれなかった。それなのになんでそんな敵意を見せるんだろう。貴女からすれば、僕は哀れな負け犬なのに。
「好きだよ? でも、僕は妹だから」
「はい?」
それは僕の中ではわかりきっていた事実だったけど、口に出して第三者に説明するのはなんだか少しだけ苦しかった。
「僕がいくらお兄ちゃんの事が好きでお兄ちゃんに愛されたいと願っていてもその気持ちがお兄ちゃんを縛り付けることなんて許されるはずが無いってことだよ。僕は選ばれる程魅力的な人間じゃないからただただいい子にしていてお兄ちゃんを愛し続けてお兄ちゃんがいつか気まぐれでほんの少しでも僕を愛してくれるのをひたすら望むことしかできない。そんな哀れで下等な弱者なんだから」
そうだ。僕はお兄ちゃんを独り占めしたいとか、一番になりたいとか、そういう考えは持っていないし持っちゃいけない。ただお兄ちゃんに少しでいいから愛されたい、嫌われたくない、忘れられたくない。それだけでそれ以上の欲は無い。
「だから・・・お兄ちゃんに選ばれた唯一の存在である常盤鶯が僕の存在を不安に思うというのは意味がないよ」
今更考え直さなくても、わかりきっていた事なのにどうしてこんなに胸の奥がモヤモヤするんだろう。僕はお兄ちゃんに愛されるためにヒーローとして頑張る、それだけ考えていればいいのに。僕が自分で考えて行動しても碌なことがない、余計な思考はお兄ちゃんに嫌われる。
僕はただお兄ちゃんの事だけを想って、お兄ちゃんが喜ぶ事が何かだけを一心に考えていればいいんだ。
「それに僕はお兄ちゃんの妹だからそういう心配はしなくていいんだよ。僕なんかじゃお嫁さんである常盤鶯には叶わな・・・」
口にした途中で、言葉を止める。
「ど、どうしたんですか?」
「結婚するなら、鶯お義姉ちゃんって呼んだ方がいい?」
お兄ちゃんの奥さんは、僕にとって義理の姉になる。どうでもいい存在であることに変わりはないけど、僕が常盤鶯と険悪だとお兄ちゃんが嫌がるかもしれない。最悪、奥さんと仲良くできない不愛想な妹はいらないと捨てられてしまうかもしれない。
「い、妹ってそういう・・・」
常盤鶯は僕の質問に答えることは無く、なんだか恥ずかしそうに顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
「まさか本当に純粋に妹だと思っているなんて、変な意味と勘違いした自分が恥ずかしいです・・・」
なにかぶつぶつ言っているけど、良く聞こえない。
「え、えっと。朽葉さん?」
「なぁに?」
「その、あなたは空さんに恋愛感情は無いのですよね?」
恋愛感情?
「変なコト言わないでよ、兄妹に恋愛感情なんてあるわけないじゃん。お兄ちゃんはそんな変態さんじゃないよ。それにさっきも言ったけど、僕なんかが相手にされるわけないって知ってるしね」
空お兄ちゃんが選んだのは目の前にいるこの人みたいに美人で大人の女性。寝巻だと思われるジャージ姿にも関わらずしっかりとそこにあるとわかる大きな胸とか、色っぽい泣きはらした目元とか、穏やかで眠たくなりそうな声とか、低めにくくった長くて艶のある髪とか、全部僕には無いものを持った人だ。
「こんな綺麗な奥さんが・・・なんの心配をしてるのさ」
なんだか、悲しくなる。傍にこんなに綺麗な人がいたらお兄ちゃんは僕のことなんてあっという間に忘れてしまいそうで、怖い。
「そ、そんな。綺麗だなんて」
常盤鶯・・・じゃなかった、鶯お義姉ちゃんは嬉しそうに赤くなった目元をこすっている。今まであまり会話した事がないので知らなかったけど、この人は大人っぽい見た目の割に結構気弱だったり、幼いカオもする。そっか、こういう所がお兄ちゃんを魅了したのかな。
きっとお兄ちゃんは、この人に夢中なんだ。毎日会いたいんだ、一緒に暮らしたいくらいに好きなんだ。この人に愛情を向けることは全然苦じゃなくて、寧ろ嬉しい事で、この人から貰う愛が一番キラキラしているんだ。僕にとってのお兄ちゃんみたいな特別な価値を、この人は持っている。それに比べて僕は、ただ言う事を聞いて待つコトしか出来ない。
お兄ちゃんと出会ってからの期間は、この人も僕もそう変わらない筈なのに、どうしてこんなに差が開いてしまったのだろう。僕がお兄ちゃんの命令を完璧にこなせていなかったからかな、それとも僕みたいな子供は最初から興味が無かったのかな、僕の方がこの人よりヒーローとして優秀なのに、それでもこの人を選んでしまうくらいに愛しているのかな。
なんで僕はこんなに嫌なコトばかり考えてしまうんだ。
「ねぇ・・・鶯お義姉ちゃんは、お兄ちゃんの事を愛しているんだよね?」
気が付くと、変な質問をしていた。
「えぇ、もちろんですよ」
「本当に? 一番大事?」
「はい。なによりも空さんの事が大切です・・・もしかして、お兄さんが悪い女性に騙されていないか心配になってしまいましたか?」
そんなつもりはなかった、お兄ちゃんが選んだ人なんだから心配はいらない筈だ。けど、何故僕はこんな確認をするような事を聞いてしまったんだろう。
「安心してください、朽葉さん。私が空さんをたくさん愛して、幸せにしてあげますから。妹である貴女の分まで」
この人はお兄ちゃんを愛するだけじゃなくて、幸せにできるんだ。
「そっか。凄いね、鶯お義姉ちゃん」
「ふふっ、愛していますから」
それなら、僕が選ばれなくて当然だ。いや、選ばれたいなんて考えちゃいけないんだった、危ない、そんな欲張りな考えがバレてしまったら今度こそ本当に捨てられちゃう。
祝福しなきゃ、喜ばなきゃ、この人は僕よりもお兄ちゃんを愛しているんだ。
「・・・おめでとう、鶯お義姉ちゃん」
「ありがとうございます、朽葉さん」
治った筈の右脚が痛んだ気がした。僕の中のお兄ちゃんへの気持ちがぶれているとでも言いたいのか、そんなわけがないのに。お兄ちゃんが僕の事を忘れたとしても、僕がお兄ちゃんを慕うこの気持ちだけは永遠に本物だ。例えお兄ちゃんが奥さんのことばかり見て僕の事を忘れてしまったとしても、僕はお兄ちゃんへの兄妹愛でヒーローとして活躍して、いつかお兄ちゃんに褒められるまで頑張り続ける。
僕はヒーローでいる限り、お兄ちゃんの妹だ。
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