第41話 フィランスイエローの出動記録


「あっ、右脚折れてる・・・」


 だらんと力なく垂れ下がった僕の右脚は、お荷物みたいに重たくなっていた。

「直ぐに治るかなこれ、このままじゃお家帰れないよ」

 フィランスイエローのヒーロースーツはおもちゃの兵隊さんのように活発で明るい印象のデザインになっている。他のヒーローに比べてどうも子供っぽいけど半袖半ズボンは動きやすくて気に入っていた。ただ、腕や脚を怪我した時に直ぐにバレてしまうのはちょっと嫌だな。

「今夜はまだ出動することになりそうだし、無理やり治しておこう」


 ここ数日、豪雨の影響でいろんな場所で土砂崩れが起きている。中ではふもとの民家が瓦礫で埋もれてしまったり、建物が半壊するような大きな被害も出ていて、一昨日くらいから僕、フィランスイエローは大忙しだ。

 もちろん、他のヒーローも出動しているみたいだけど今回みたいな災害の復旧には僕の力が一番役に立つ。僕が初めてフィランスイエローになった時からずっと使っている僕の相棒は、僕の1.5倍くらいの長さの柄がついた大きなドリルだ。遠くから見ると頭でっかちな槍みたいに見えるけど、先端が回転して大抵の物なら豆腐みたいにボロボロに崩せるので、崖崩れとか、撤去作業や救出作業に向いている。

 人間の科学力で大量の岩をどこかにやるにはクレーン車みたいなものを使って丁寧に上から退かすか、多少崩壊しても良いなら爆発させるくらいしかないらしく、僕の能力は画期的みたい。ドリルで細かく穴を掘っていくことも出来るだろうけど、一日でも早く安全を確保したい災害発生時にそんな余裕はないからか、僕はあまり見たことが無い。

 まぁ、普通の人達がどうやって頑張っているのかは僕にはあんまり関係が無くて、フィランスイエローにはどんなものでも粉々に出来る武器と、トラックくらいの重さの岩なら軽々持ち上げられる力があるってことは事実。現場についた僕は最も邪魔になっているものを自慢の力で退かしてあげて、後の細かい作業はレスキュー隊の人にお任せする。あんまり繊細な作業が得意じゃないからね。


「えへへ、今日もたくさんの人に感謝されちゃった」

 僕がいると救助作業がとても簡単になるらしいので、僕が活躍した現場で救助された人は僕が助けた人にカウントしていいと博士に言われた。別に何人助けたとか、何人助けられなかったとか僕達ヒーローは争っていなし、お給料に影響したりはしないのだけど、お兄ちゃんに『一人でも多くの市民』を助けて欲しいって言われたので最近は気にするようになった。

「雨が続いたおかげで最近たくさん活躍できるなぁ、今回の出動で今週百人超えたかも。お兄ちゃん、また褒めてくれるかな・・・あっ」

 お兄ちゃんに褒められる事を想像していると、いつのまにか右脚の痛みが消えていた。痛みだけじゃなくて、剥き出しになった膝の骨もすっかり綺麗な肌に埋もれている。これもヒーローの力の一つで、僕達は自分の外傷を直すことが出来る。

 治せるけど時間はかかるし、怪我をした瞬間は痛いのでお兄ちゃんに出会う前はなるべく怪我をしないように気を付けて行動していた。万が一腕や脚が折れてヒーローとして働けなくなったら僕はおしまいだし、僕のモノじゃない僕の身体を痛めつけるなんて許されない事だったから。それに、痛みは愛情だからそれを僕の身勝手で治療するなんて行けない事だと思っていた。

「痛いのなくなっちゃった・・・けど、いいんだよね」

 でも、今は違う。お兄ちゃんが教えてくれた。傷つくのも傷つけるのも愛情じゃなくて、本当の好きっていうのは相手がして欲しい事をすること。お兄ちゃんは僕が傷つくのが嫌で、僕がたくさんヒーローとして活躍することが嬉しいと言ってくれた。だから僕はいくら怪我をしてもそれを治して何度でも現場に向かう。それが僕にできるお兄ちゃんに愛してもらうための努力。


 お兄ちゃんに出会って、お兄ちゃんに愛を教えてもらって、僕は自分の中にあるエネルギーみたいなのがぐんぐん大きくなっているのを感じている。小さな火種に大量の新聞紙や枝が放り込まれたみたいにメラメラ、メラメラと僕の中にあるそれは燃え上がって、その気持ちが大きくなるにつれて僕のヒーローとしての能力は強化されていった。

 さっきの怪我だって、多分骨が折れていたのにお兄ちゃんの事を考えたら簡単に治ってしまった。きっと今までの僕だったら一週間かけても完全な元通りにはならなかったと思う。

「僕がヒーローでいるのはお兄ちゃんの為で、僕がヒーローでいられるのはお兄ちゃんのおかげなんだ」

 そう思うと、僕の存在自体がお兄ちゃんの一部になれたような気がして凄く嬉しい。難しい事はまだわからないけど、もしかしてこれが愛情を与え合うってことなのかな。僕の愛が少しでもお兄ちゃんに届いているといいな。


「はやくお兄ちゃんに会いたいなぁ・・・」

 いつの間にか日付は変わっていて、今日は水曜日。たしか今週のお休みにお兄ちゃんは会いに来てくれるって言ってた。あと三日頑張ればお兄ちゃんに会えるんだ、その時にたくさん褒めてもらえるようにもっと頑張らないと。


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