第40話 フィランスブルーの想定外

「・・・はぁ」

 自分の不甲斐なさに何となく視線を落とすと、テーブルの上に並んだ三枚の食券が目に入った。この店では席で食券を渡してお好みのカスタマイズを注文するシステムの筈だ。いつもなら席について直ぐに店員さんが来てくれるのだけど。

「忙しいのかな」

 忘れられているのかもと思い店内を見回すと、空いた机を布巾で拭いている店員と目が合った。特別忙しそうではないけど、もしかして俺達が話していたから入り辛かったのかな、悪い事をした。

「ただいま伺います」

 俺が声をかける前に店員はそう言ってこちらにやってくる。ミナカミはいつも厨房を店長が、フロアをアルバイト一人がまわしている。訪れる曜日がある程度決まっている事もありいつもは大体見たことのある顔なのだけど、今日のアルバイトは初めて見る人だ。

 アルバイトの顔なんてそこまで意識しないものだが、何故自信をもって初めてだと言い切れるのかと言うと、その店員の髪がなんとも眩しい銀髪だったからだ。

「お待たせいたしました、お好みはございますか?」

 年は俺と同じくらいに見えるが少なくとも同級生の同学科ではないだろう、青みがかった銀色短髪の男なんていたら個性的過ぎて絶対に覚えている。

 さらに近くで見て気付いたが相当なイケメンだ。アイドル・・・いや、モデル系の美人顔で、儚くて色白の肌は王子様みたいだ。男の俺でも綺麗だと思う程あまりに整った顔立ちをしているので、顔面勝ち組野郎への嫉妬すら沸かない。

 そんなイケメンがラーメン屋の黒いエプロンを身に着け、ギトギトの匂いを纏ってお好みを聞いてくる状況はなんとも不可思議に思えてくる。

「かため濃いめで、大盛でお願いします」

「あ、私もそれで」

 二人分の食券を渡す際、なんとなく桃の表情を気にしてみる。やはり桃も店員の美形具合に注目していた。

「かしこまりました」

 イケメンが離れた後も桃の視線は奴の顔面に釘付けだ。仕方ない、桃だって女子高生なのだから目の前に美形がいれば目で追ってしまうだろう。

 なんとなく桃は男らしい男性がタイプだと思っていたけど、ああいう王子様みたいな綺麗な人が好みなのかな。もし桃があのイケメンの隣に居たらファンタジー世界の美男美女みたいに絵になるんだろうな。


「・・・・・・」

 しかしちょっと見過ぎじゃないか?


「桃?」

「・・・はい。なんですか、先輩」

 俺の声に気付いて桃の視線がこちらに返って来る。

「あの店員さんかっこよかったな」

「そうでした? すみません、よくわからなくて」

 話を膨らませようと思ったが、はぐらかされてしまった。明らかに視線で追っていたのに誤魔化すなんて、目の前のイケメンに気を取られるミーハーな子だと思われたくなかったのかな。俺は別に気にしないのだけど。

「そっか、めっちゃ美形だったよ。俺もあれくらいイケメンに生まれてたらなぁ」

「そんなこと言わないでくださいよ。私は先輩の顔、結構好きなんですから」

 つまらない自虐を励まされてしまった。まぁ、イケメンになった自分なんて想像できないし、寧ろ顔だけ良くても中身が俺のままだと持て余しそうだ。


「お店、空いてきましたね」

 気が付くと大学の昼休みが終わる時間で、慌てて大盛を食べきった大学生グループがドタバタとせわしない様子で店を出ていくところだった。残ったのは隣のテーブルの少々椅子の座り方が下品な男二人組と、俺達の一つ後ろに並んでいた三人組の男子グループ。新たな客が入ってこないあたり、行列はもうなくなったみたいだ。

「今日はいつもより空いてるかもな」

 普段遅めの昼食に訪れた時はこれよりもう少し混雑している。まぁ、大学のテスト期間も近いし皆余裕がないんだろう。俺だって本当はのんびりしている場合ではないが、自分の単位より世界平和の方が大切なのでこれは優先順位的に仕方がない休息だ。

「先輩はよくこのお店来るんですか?」

「あぁ、さっきの伊崎って奴と・・・」

 と、返事をしたところで自分のポケットがチカチカと光っているのが見える。


「ん? 誰かから連絡があったみたいだ」

 恐らく着信履歴だろう、スマホを取り出してロックを解除するとLINEアプリに37の数字。

「・・・あっ」

 嫌な予感を堪えながらアイコンをタップすると、『鶯さん』のトーク画面が真上に来ていた。音やバイブがならないようにしていて気が付かなかったが相当な数のメッセージと着信が来ていたみたいだ。

「どうしたんですか先輩」

「鶯さんが・・・いや、なんでもない。ちょっと電話してくるからラーメン来たら先に食べてて」

 わざわざ桃に報告する事じゃないだろう、俺はスマホだけ持って一旦店の外に出る事にした。鶯さんは不安になると時々こうして大量の連絡を一方的に送って来る。その度に俺は電話をするか会いに行くかして話を聞いてあげる必要があるのだが、まさか他のヒーローに会っているタイミングで来るとは思わなかった。あまり鶯さんにかまけていては勘のいい桃は不愉快な思いをしてしまうかもしれない。


「茜さんも大概だけど、鶯さんも結構人見知りだからなぁ」

 世界平和という同じ志を持つ女子が四人集まっているのだからもう少し仲良く協力して欲しいものだ。互いが親しければこうやってコソコソしたり、他のヒーローの話題を避けたりする必要もないのに。

 戦隊ヒーローとは名ばかりで完全に個別主義なうちの正義の味方達はまともに会話している姿を殆ど見たことが無い。そのしわ寄せが全部こちらに来ていると考えると女子グループの人間関係の怖さを垣間見た気分になるな。

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