第38話 桃は不機嫌
「そういえば桃。今日学校は?」
大学の敷地を出て直ぐ、駅方面からすこしずれた道に入った辺りで尋ねてみる。
「さっき言ったじゃないですか。創立記念日で休校なんです」
「いやいや、俺も同じ高校出身って忘れたのか?」
俺と桃の出身校である園辺野高校の創立記念日は冬だった筈だ。
「ちぇ、騙されないかぁ」
嘘自体には直ぐに気付いたが、伊崎がいる前でそれを指摘しなかったのはなんとなく理由に目星がついていたからだ。
「朝から出動してたのか?」
ヒーローの仕事に平日も休日も関係ない。魔法少女が授業を抜け出して怪人と戦うのと同じで、桃は高校生活をある程度犠牲にしてヒーロー業に向き合っている。
「うん。いつもは学校ある時間の出動は他のヒーローに任せてるんだけど、案件が飛行機のエンジントラブルだったから桃が行くしかなかったんだ。鶯さんも向日葵ちゃんも空中機動系向いてないし」
「茜さんは?」
「・・・別のとこでシャドウの相手してたよ」
すこし不機嫌そうに答えた。しまった、茜さんの名前は禁句だった。
「でも凄いな、墜落する飛行機を止めたんだろ?」
「正確には進行方向と落下速度を調節して川に飛び込ませただけです。でも死者は出なかったんですよ、凄くないですか?」
それだけの活躍があればすぐにニュースになるのも当然だ。さっき伊崎が急にフィランスピンクの話をし出したのはその話題でネットが盛り上がっていたからだろう。
「さすが桃だな、またフィランスピンクのファンが増えるんじゃないか」
ひと昔前なら奇跡の全員生還として数年語り継がれるような活躍もヒーローが当たり前となった現代では年に一度起こりうる程度の奇跡だ。それがシャドウを原因としたものだとしてもただの事故だとしても、等しく救わなくてはいけないのがヒーローで、ヒーローが「奇跡」を起こす度に一回一回の活躍は薄まり、当たり前になっていく。
世間はもっと、彼女達に気を遣うべきだと思う。
さっきの伊崎の下種な話のせいで、普段は考えないようにしていた世間とヒーローのギャップにどうしても目が行ってしまう。桃達に頼まれたわけでも無いのに俺が怒っても全く意味はないというのに。
「んー、でも空先輩がこうして労ってくれる方が元気が出ますよ」
俺が世間というどうしようもない集合体に憤っている間に彼女はそんな事を言ってくれるのだから、俺はフィランスブルーとして可能な限り力になってあげたいと思う。
「そんなことでいいならいくらでも。先輩らしくラーメン奢ってやるよ」
「えへへ、ラッキー」
人命救助なんてしなくてもそのつもりだったが、ヒーローの頑張りは一般市民からの称賛程度じゃ足りないくらいには意味のある事だ。同じ戦隊ヒーローとはいえ能力を持たない俺はヒーローと一般人のちょうど中間に存在する特異な立ち位置で、そんな俺だからこそわかってあげられる彼女達の苦悩もあるかもしれない。
フィランスブルーの任務として彼女達の機嫌を取る必要はあるが、それとは別に一人のヒーローファンで世界平和を願う市民として、少しでも桃達の気苦労を減らしたいものだ。
「それはそうとして、午後から学校に行けばよかったんじゃないか?」
「嫌ですよそんなの、桃不良になっちゃう」
「ずる休みは不良じゃないのか」
「まわりにそう思われるってことです。一日お休みすれば風邪引いたってことにできるじゃないですか」
なるほど。桃もお年頃だ、クラスメイトにどう思われるのかを気にするのだろう。桃のような明るくて可愛い女子だったらきっと学校でも人気もあるんだろうな。カースト上位で俺がまず相手にされないタイプだ。
「いっそ向日葵ちゃんみたいに不登校になったほうが楽なんですけど、パパとママが心配するからなぁ」
「え、向日葵って不登校なのか!?」
どうりでいつ基地に行っても部屋にいると思った。向日葵は俺が聞いたこと以外あまり自分から喋ろうとしない、地雷を踏んだら困ると思ってプライベートの事を聞かずにいたから知らなかった。
「そうですよ。一応ちゃんと在籍してるらしいですけど入学式しか出てないです」
「博士は何も言わないのか?」
「まぁ、向日葵ちゃん強いですし。最近特に大活躍ですね」
当然と言えば当然だ、博士は保護者でも先生でもなく向日葵の上司。一般人としての生活を捨てればそれだけヒーロー業に集中できる。
「でも・・・」
ここ一か月フィランスイエローの活躍が増えている事はニュースで知っていた。博士に聞いたが、向日葵は自分の出動頻度を増やせるようにお願いしてきたらしい。
自惚れでなければ向日葵が急に張り切りだした理由は俺だろう。ヒーローとして一人でも多くの市民を助ける向日葵が好きだという一言があの子のやる気に繋がった。
だけど、学校に全く通っていないのは問題じゃないか?
「向日葵は中学には行きたがってないのか?」
「わかんないですけど、興味無さそうな気はします」
高校や大学ならまだしも、中学校だぞ。義務教育は興味云々以前にきちんと受けるべきじゃないのか。子供にとって学校は一つの社会だ。いくら家族がいないからって、ヒーローとしての仕事が大事だからって、まだ自分で将来の事を考えられないような子供を社会と切り離していいものだろうか。
「でも、それって駄目なんじゃないかな。今はいいかもしれないけど大人になってから向日葵が後悔するかもしれないし」
一生ヒーローで居続けられるとは限らない。もし向日葵がフィランスイエローでなくなった時に、他に全く居場所が無く社会を知らない子供のままだったらどうなる。
「最低でも中学校はちゃんと通うべきだ。休みがちになるのは仕方ないとしても学校では勉強以外にも色々学ぶことがあるし、子供なんだから同年代と接することで得られるものだって多い筈だろ。普通の中学生と同じとは言えなくても、最低限社会に溶け込んでおかないと今後向日葵の・・・」
「あのー、先輩?」
ふと気が付くと、ドーム型の傘から覗くひそめた眉がこちらを睨んでいた。
「桃といるのに、向日葵ちゃんのこと考え過ぎじゃないですか?」
「えっ? あ、ごめん」
「いいですけど、先輩が優しいのは知ってますから。でも、今日は珍しく桃が先輩を独り占めしてるんですから、あんまし自分の中に入られちゃうと淋しいです」
留守番をさせられた子供みたいに淋しそうな表情で、恨めし気に睨みつける上目遣い。こんな些細で可愛らしい嫉妬をされるくらいには好かれているのか。
「なんだか先輩って、いいお兄ちゃんってカンジ」
「ごめんな。ちょっと考え事しちゃって」
少し不満気なその表情はいつもの桃とギャップがあってより可愛い、と言ってしまいたい気分だったが怒られるのでやめておこう。
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