第37話 外堀と内堀

「な、なんで・・・」

「今日は創立記念日で休校なんです。暇だなーって思ってLINEしたら先輩もおひまそうだったので。それに、大学って一度来て見たかったんですよね」

「だからって急に・・・」

 これはまずい。伊崎とは今さっきまでヒーローの話をしていた。しかもフィランスピンクの見た目について話題になったすぐ後、素顔の桃を見て正体に気付いてしまうかもしれない。

 俺は恐る恐る伊崎の顔色をうかがう。


「えっ、誰この子! 浅葱の後輩?」

 その顔色は少し下品に緩んでいた。丁度鶯さんの胸の話をしていた時と同じような顔だ。

「はい! 空先輩の高校の後輩で、桃って言います。よろしくおねがいします」

 桃がぺこりとお辞儀をすると、伊崎はデレデレ顔になって俺の背中をバシバシ叩く。

「おいおい、なんだよこれ。聞いてないぞ馬鹿浅葱。こんな可愛い後輩がいるんなら先に言わなきゃ」

 完全に杞憂だったようだ、少なくともこいつは桃の正体に気付いたりしないだろう。

「言ってどうするんだよ馬鹿伊崎」

「JKの友達紹介してもらうとか! というか寧ろ桃ちゃんがいいんだけど、二人は付き合ってるの? だとしたらめちゃくちゃ羨ましいんだけど」

 桃の正体がバレる心配はなさそうだが、これはこれで面倒だ。お互い未成年である以上別に犯罪行為ではないが、桃は見た目が幼い分なんだか犯罪臭がする。

「あはは、そんなわけないじゃないですかぁ」

 俺が否定する前に桃が答えてくれた。

「だって、先輩方大学生のお兄さんからしたら桃みたいなおこちゃまは相手にならないんですよね? 空先輩はいっつもそうですよ、優しいけど桃相手じゃぜーんぜんドキドキしてくれないんです」

「なっ、桃!?」

 焦る俺と一瞬目が合った桃はニヒヒと小悪魔っぽく笑った。

「えーっ、そんなわけ無い無い。浅葱のやつムッツリだから気が無いフリしてるだけだって。俺だったら桃ちゃんみたいな可愛い子が近くにいたら凄く嬉しいけどなぁ」

「そうなんですか? 嬉しいですけど、可愛いなんて言われると照れちゃいますね」

 食い気味に否定する伊崎にちょっとオーバーな純情さで対応する桃。

「うわやばい、マジで可愛いなぁ。なぁ、空!」

「あ、あぁ」

 気まずいし、伊崎をダシに揶揄われている気がする。お前が可愛い可愛い連呼しているその子はさっきお前が「こいつ男じゃね?」って言ってたフィランスピンクの中の人だと教えてやりたい。そんなこと桃本人に知られたらとんでもないことになりそうだが。

「桃は大学見に来たんだろ? 案内するから、伊崎は帰れよ」

 一般人がいると落ち着いて話も出来ないし、これ以上こいつ等といると変な噂が広まりそうだ。

「なんだよ、俺は邪魔ものかよー」

 伊崎はわざとらしく口をとがらせる。

「まぁいいや、バイトの時間もあるし今日は二人きりにしておいてやるよ。またね、桃ちゃん」

「はい、今度大学での空先輩の話とか聞かせてくださいね~」

 そんな感じでなんとか伊崎を追い払うことができた。二重の意味で気まずかったがとりあえず危機は去ったな。


 さて、色々と桃に聞きたいこともあるが雨の中立ち話をするのは良くないだろう。

「大学見に来たんだよな、案内するよ」

 進行方向をくるりと変えて歩き出そうとする俺の裾を、桃の小さな手が引っ張った。

「いえ、今日は大丈夫です」

「わざわざここまで来たのに?」

「うーん・・・・」

 桃は少し恥じらいながら小さな声で続けた。

「先輩に会うための口実だったので」

「へ?」

 それは俺本人に言っても良いものなのだろうか。口実だなんて、それじゃまるで俺に会うためにわざわざ大学まで迎えに来たみたいじゃないか。

 なんというか、あまりに普通のカップルや片想いの女の子みたいな行動で過剰に意識してしまう。鶯さんに手料理を作ってもらった時にも思ったが、ヤンデレ的愛情表現は恐怖や乗り越えるべき試練として認識できるけど、こうやって普通の女子として接せられると本来の女性耐性の低さから普通に緊張してしまう。

 ここ最近やたら美少女に囲まれていて忘れがちだが、俺自身は年齢イコールの凡庸な男子大学生なんだ。セクシーな年上美女に弄ばれるのも小悪魔でキュートな後輩に揶揄われるのも慣れる気がしない。

「なんか掌で転がされているなぁ・・・」

 雨音がかき消してくれる程度の小声で自分を戒める。


「そういえば先輩お昼まだですよね、近くのおすすめのお店とか教えて下さいよ」

 当人は『口実』の件にこれ以上触れて欲しくないのか、食い気味に話題をすり替えられてしまった。もしかしたらこのさっぱり加減も俺を翻弄するテクニックの一つなのかもしれない。恐るべし、フィランスピンク。

「そ、それはいいんだけど」

 些細な言葉で挙動不審になっては流石に気持ち悪がられそうなので俺は平然と先輩モードに頭を切り替える。

「悪いけど桃が喜びそうな店は知らないからな」

 当たり前だが女子高生が喜ぶような流行に敏感な店も、女子と二人きりで行くようなお洒落な店も俺は知らない。せっかくだから学内食堂で食べるのも桃にとって新鮮だし大学見学にもなって良いかもしれないが、昼休みの時間帯は酷く混雑しており、外部の者がのんびりするには居心地が悪いだろう。また彼女だと誤解されても厄介だ。

「桃は何が食べたい?」

 どちらにせよ今日はラーメン中止だ。すっかり家系の気分になっていただけに残念だが、桃を床がべたべたする狭いラーメン屋に並ばせるわけにはいかない。というか桃みたいな女の子は一緒に行ってくれないだろうな。ネットの記事で読んだことがあるが、ラーメン屋に連れていく男はナシらしい。酷い話だ。

「うーん、今日の気分はラーメンかな。いいお店あります?」

「えっ、いいの?」

 予想外の提案に素で喜んでしまう。なんだ、あのネット記事はあてにならないな。

「できればこってりした奴がいいかな。桃こう見えてガッツリ食べるの大好きなんですよ。女子一人じゃ恥ずかしくて入れないけど、先輩とだったら全然平気なのでチャンスかなーって」

 ちっこくて可愛い生き物はちっこくて可愛い物を少量食べて生きているモノだと勝手に思い込んでいたが、どうやら俺の偏見だったみたいだ。女子高生はマカロンで出来ていると言っていた伊崎の言葉も当然ガセネタだ。

「少し並んでもいいなら美味しい家系あるけど」

 言いつつ俺はミナカミのルートを頭で思い浮かべる。

「いいですね、行列のできるラーメン屋! そこがいいです、先輩もいいですか?」

「あぁ、俺も丁度行きたかった」

「えへへ、以心伝心ですね」

 本当にそう思う、ちょっと嬉しくなってしまうな。テレビや漫画の趣味だけでなく、桃とは食べ物の好みもあうのかもしれない。


「あ、その前に」

 歩き出す前に桃との約束を思い出す。

「・・・っと、私服も可愛いな」

「えへへっ、でしょ?」

 初めて催促される前に自分で気づけた桃との約束、会ったら必ず「可愛い」と褒める事。俺なんかに言われなくても桃が可愛いのは事実で言われ馴れていそうなものだから約束する必要が無いと思うが、これも桃のヤンデレの素質が現れた何かなのだろう。

 桃の異常性はわかり辛いし、ここ数日頻繁に連絡を取っているが新たな兆しは見えない。寧ろSNSで良く見る病ツイやかまってちゃん系の若い女子よりずっと自立しているようにすら感じられる。そんな彼女が俺の「可愛い」の一言だけで真っ当なヒーローになってくれるというのならありがたいことこの上ない。

「ちゃんと『私服も』って言ってくれたところ、ポイント高いですよー」

 何故か今回は添削付きだった。

 桃は満足そうにその場でくるりと回って今日の服を俺に見せつける。肩が出たコーラルピンクのシャツと首元から覗くタンクトップ。さりげなく編み上げがはいったデニム生地の膝丈スカートは桃の細くて色白の脚を綺麗に見せている。ぱっと見普通のブーツに見える長靴を履いているあたり、見た目と機能性を兼ね備えている感じがしてそこも良い。

 桃が普段どんな格好をしているのかはよく知らないが、俺に会うために多少なりとも見栄えを気にしてくれたのかと思うとなんだか照れ臭い。まぁそれは自意識過剰かもしれないが。

「・・・先輩、褒めてくれたのは嬉しいけどあんまりじーっと見られるのは恥ずかしいんですけど?」

 おっと、ジロジロ見過ぎた。

「ご、ごめん」

「まぁ、桃はとっても可愛いから見惚れちゃうのも仕方ないですよね。ささ、はやくお店に行きましょうよ」

 そう言って桃は傘を持つ手を変えて俺のぴったり隣に並ぶ。


「あー、先輩折り畳みだ。これじゃ相合傘できないですよ。桃のは小さいし」

「いや、自分の傘あるじゃん」

「それはそれなんです」

 ドーム状に覆った真上の空間から雨音が反響する中、少し高めの桃の声はよく聞こえる。頬を膨らませて拗ねたように言ったそんな言葉も聞き逃さないで済む。


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