第36話 フィランスピンクは現役JK


「はぁ?」


 フィランスピンク、つまり桃の正体は実は男。あまりに突拍子もない話題に馬鹿にした顔を隠す気すらおこらない。

「そんなわけないだろ、ツインテールの男がいるかよ。色だってピンクだし、ヒーロースーツもスカートだ」

 桃が間違いなく女子だという事を知っているので友人の妄言には付き合いきれない。そうでなくとも、フィランスピンクの写真を見たことがある人間なら誰もが『彼女』と決めつけて呼ぶだろう。

「いや、逆に言えばピンクでミニスカでツインテールなんてあざとすぎるし、そんな可愛いの化身みたいな女いるか?絶対キャラ作ってるじゃん。多分男だってことを隠すためにあえてゴリゴリに女子っぽい恰好してるんだよ」

 可愛いの化身みたいなヒーロー、いるんだよなこれが。

「写真見る限りは胸もかなり小さいし、身体つきだって中学生とか成長の遅い高校生だったらこれくらいなら居そうな感じだろ?俺はフィランスピンク男子説を推したい」

「誰が得するんだよそれ・・・まさか」

 俺は訝し気な眼で友人を睨む。

「いやいや、そういうんじゃないって。ただ、もしそうだったらヤバいじゃん。美少女だと思われていた正義のヒーローが実は公衆の面前で女装してた変態でしたなんて」


「・・・・・・」

 ただのゴシップ的な意見だ。俺は自分に言い聞かせて背中で強く拳を握りしめる。

 現代社会において、こいつの言っている事は特異なものではない。ヒーロー○○説、なんてものは古くからネットで語りつくされているし、正体を考察したがる者だってたくさんいる。正義のヒーローは災害と無関係の多数市民からすればエンターテインメントとして扱われているし、どこの企業にも属していないのをいいことに非公認のグッズを堂々と販売するメーカーも多い。フィランスレッドのぬいぐるみだって、茜さんも博士も関係していない他人が勝手に考えて勝手に売ったものだ。犬のグッズを作るときに犬に許可を取らないのと同じで、ヒーローは市民が好きにして良いコンテンツとして扱われている現状が現代社会の常識なのだ。

 その件に何一つとしてグッズ化も話題にも上がらない俺だけは納得していないが、博士も他のヒーロー達も既に折り合いをつけている。

「そんな酷いこと言ってると、お前が事故にあったときにフィランスピンクに助けてもらえないかもしれないぞ?」

 本人達がそれに意を反する気がない以上、俺はそうやって友人を茶化すくらいしか出来ない。

「ははっ、まさかお前がフィランスピンクだったりして」

「そうだったら拳銃でぶち抜いてる」

「うわ、怖いなぁ」

 世間とヒーローとのズレ。それを考えると彼女達の心が病んでしまうのも無理はない気がしてきた。


「おい、いつまでヒーローの話してるんだ?」

 既に机の上を片し終えた後ろの面々の声で俺達はハッとする。気が付くと授業は終わっていたみたいだ。どうせ聞いてもあまり意味のない授業だと思ってはいるが、あまりに無関心過ぎた。無関心の先が不愉快な話題というのも嫌なもので、友人を恨むつもりは一切ないがフィランスピンク男説を目の前で提唱されたイライラをぶつけるためにも今日のラーメンは大盛にしよう。

「ミナカミ行くんだろ?」

 教室を出ようとすると再び伊崎が話しかけてきた。なんだ、ああは言っても結局一緒についてきてくれるのか?

「駅まで一緒だな」 

 そう言って伊崎は無個性なビニール傘を手に取った。俺は少しがっかりしながらカバンの中からビニール袋を取り出す。

「浅葱ってデカい傘持たないよな」

 ビニール袋から出てきた紺色の折り畳み傘をみて伊崎は茶々を入れる。

「どちらかというと晴れ男だから」

「なんだそれ」

 伊崎は大学で初めてできた友人であり、学籍番号も近いので授業でも色々と助け合う仲だ。基本的に悪い奴ではないのだけど、政治とヒーローと芸能人不倫問題に多少偏った意見を持ちがちなので反応に困る。

「伊崎は好きなヒーローいないのか?」

「うーん。顔が見えないからわかんね」

 しかも面食い。

「強いて言うなら巨乳の子かな。グリーンだっけ」

「・・・そうだな」

 女性ヒーローの胸の大きさに関しては良く話題に上がる事だが、知人の話だと思うと昔みたいに気軽な返事がし辛い。一般人の伊崎にとっては芸能人やアニメキャラみたいな感覚なのだろうけど、俺からすれば職場の同僚だ。しかも鶯さんに関しては映像で色々と見てしまっているのでスタイルの話は特に気まずい。

「なんか顔赤いな。もしかしてムッツリか?」

「そんなわけないだろ、俺は子供の頃助けてもらったからレッドを応援してるし」

 そんな茜さんは博士曰く『ダントツ』らしいが、筋肉質な身体と身体を覆うマント、そしてカメラにも滅多に映らないスピードで現場を動くためフィランスレッドのスタイルが良いことを多くの人は知らない。

「レッドかぁ」

 興味ないな、という顔をしている。別に構わない、寧ろコイツに興味を持たれてはなんとなく嫌だと思うあたり、茜さんに会った今でも俺の中でフィランスレッドは変わらず憧れの存在のようだ。


「しかし、結構雨ふってるな」

 校舎の入口で、怠そうに灰色の空を見上げる伊崎。俺は折りたたみ傘を広げて一足先に雨の中に出る。

「来週には梅雨明けするかもってテレビで言ってたな、早く夏にならないかな」

 そんな下らない話をしながら校舎から出て歩き始めると、遠くの方からパシャパシャという小走りの音が聞こえてきた。

「雨なのに元気いっぱいな大学生もいるもんだなぁ」

 などとおじさん染みた事を言いながらなんとなくそちらへ振り向いてみる。


「せんぱーい、空せんぱーいっ!」

 遠くからかけてくる可憐な色合いの傘とその声。そもそも俺の事を唯一『先輩』と呼ぶ女子は一人しかいない。

「桃!?」

 全面に描かれた縁取りされたシンプルなハート柄と、確かスカラップとか言うデザインの淵まで可愛らしい薄桃色の傘。理系キャンパスではやや見る機会の少ない女の子らしさ全開の少し小さくて丸い傘からひょこりと顔を出したのは予想通りのツインテールだ。


「えへへ、来ちゃいました!」

 私服姿で現れた桃はいつもの細長い低めのツインテールを自慢気に揺らして、上目遣いで俺を見てにっこりとほほ笑む。


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