第31話 鶯と手料理4
「ひぇっ?」
予想外の追及に変な声が出てしまう。これではやましい事があるみたいに思われる。とりつくろった言葉を探す前に鶯さんはさらに追撃してきた。
「たとえば、朽葉さんとか」
な、何故そこで向日葵の名前が?
もしかしてさっき向日葵の部屋に行った時に見られていたのか、それとも普通に俺の挙動が不審過ぎて怪しまれているのか。鶯さんを待たせておきながら向日葵に会っていた事。中学生である彼女とやたら親しい関係になっている事。様々な憶測が積み重なって俺にない筈の疚しさが浮き出てくる。
俺の反応を待っているのか目元の笑わない笑顔でじっとこちらを見ている鶯さんの視線に耐え切れず、目の前にあったブルーのグラスに入った緑茶を一気飲みし、裏返った声でなんとか返事をした。
「い、いやぁ、そんなことはっ」
目がぐるんぐるんに泳ぐ。脳みそをフル回転させてこの場を治める言い訳を探しながらなんとか場を繋ごうと今度はオムライスを口に運ぶ。しかし、卵の柔らかさもスパイスの程よい刺激もひき肉のうまみも何も感じない、味がしない。どうしよう、世のモテ男はこういうときどんな対応をしてこの場を治めるのだろう。
「空さんは優しい方ですからね、私にしてくれたみたいに色々な子に優しくしているのでしょう?」
間違ってはいない。優しくしようとは思っている。だが別にそれはヒーロー仲間として当然のことで俺に非はない。浮気しているわけでも二股をかけたわけでもない。俺は誰とも付き合っていないし、それをにおわす発言もしていない。だから俺にはなんの罪もない。そのはずなのに段々と曇っていく鶯さんの笑顔に動揺が抑えられない。
「そんなに慌てなくていいですよ」
「や、その、慌ててなんか、ない、ですよ?」
自分史上最大に下手な嘘だ。空気が重たい。さっきまで楽しくオムライスを食べていたのに何故急にこんなことになったんだ。不思議と脳みそも重たく感じ始める。
「空さんが皆に優しい事はわかっています。戦隊ヒーローの義務として。えぇ、義務として他のヒーローと親しくならなくてはいけないというあなたの優しさと正義感。全てわかっていますから、私は決して勘違いしたり、咎めるつもりはありませんよ」
地に足のつかない思考回路をハムスターの回し車みたいにカラカラ無駄に回転させている俺をよそに、鶯さんは勝手にしゃべり始めた。
「ただ、あまりそうやって優しくされると勘違いしてしまう方もいるんじゃないかなって心配しただけです。ほら、私達以外のヒーローの皆さんってちょっと変わっていますので、もし本気になられてしまったら空さんに危害が及ぶかもしれないでしょう」
危害。危害?
もしかして、鶯さんは他のヒーロー達の本性を知っているのか。
「普段は愛らしい少女のような見た目をしている彼女達でも、ヒーロースーツを着てしまえば警察くらい片手間で追い払える程の強さを持っているのです。いくら空さんでも無理矢理襲われてしまったら抵抗できないかもしれません」
「いやぁ、流石にそんなことしないと・・・」
俺が上っ面だけの否定をすると、鶯さんは持っていたスプーンをガシャリ!と音を立ててテーブルにたたきつけた。
「うわっ」
思わず肩がビクつく。
「空さんは騙されているんです!!」
見るからに怒気を帯び親の仇を想うような形相を浮かべる鶯さんだったが、怯え竦んでしまった俺と目が合うとハッとした様子で表情を和らげた。
「・・・失礼しました。少し興奮し過ぎましたね」
薄緑色のギンガムチェックは勢いよくたたきつけられたスプーンのせいで真っ赤なケチャップが飛び散り、殺人現場のようになっている。鶯さんはティッシュを一枚とって汚れたランチョンマットとスプーンを軽く拭った。
「空さんはお優しいから仲間を疑うのは難しいかもしれません。ですが、万が一のことがあると思うと私は心配なんです。私の方が隊員との付き合いも長いですし、同じ女性ですから多少本性も見えてしまうものなのですよ」
どうやら鶯さんは何かを知っているわけではなく、女の勘が見事に的中したというところだろう。俺が危険なのも、強硬手段を取られて襲われる可能性がゼロではないのも事実だから彼女の心配は的外れなものではない。
「朽葉さんだって、まだ子供だからと言ってあまり油断しすぎるのは良くないかと思います」
再び出た向日葵の名前。それと同時に何かを思い出したかのように綺麗にしたばかりのスプーンでオムライスの中央に穴をあける。
「出過ぎた真似かとは思いますが、空さんが心配なのでご忠告しますね。彼女なんだか怖いですよ、時々残酷な表情をしていますし、ヒーローの武器だってなんだか物騒です。子供だからこそ大人には理解できない歪んだ考えを持っているかもしれません。程よく親しいのは良いかと思いますがあまり過剰に入れ込むのは危険かと」
ガチャ、ガチャ、と鶯さんのスプーンが卵の薄皮を突き破り皿に当たる音が響く。何かを抑えるように、我慢している気持ちをぶつけているように何度も何度もオムライスに穴をあけてはそれをすくわずに別の場所を潰す。
「空さんは優しいですから。だから子供なのにヒーローをやっている朽葉さんに眼をかけていらっしゃるのでしょう?それもあなたの素敵な所ですが、私としては心配してしまうのです。か弱そうに見えてヒーロー姿の彼女は特に剛力ですし、あの年で一人暮らしをしているなんてきっと訳ありです。空さんには平穏な生活をして欲しいのですよ。わかってください」
だんだんとぐちゃぐちゃになっていくオムライスが、鶯さんの中で誰かに見立てられているような気がして寒気がする。あまりに露骨に現れた向日葵への悪意だ。茜さんの事を苦手としているのは知っていたが、急に向日葵の事を敵視しだした理由に俺は無関係ではない気がする。
「その、向日葵とは特別親しいわけでは・・・」
「空さんはそう思っていたとしても、あの子が勘違いしているかもしれません」
誰が危険とか、本当は残忍な性格だとか、気にはなるけどそれを理由に距離を取るわけにはいかない。俺には危険を承知でヒーロー達と親しくしなくてはいけない事情があるのだ。
あるのだが、目の前の彼女を説得させられるだけの言葉を探せない。探そうにも頭がうまくまわってくれない。
「もしよければ私が空さんの護衛になりますよ。蘇芳さんや朽葉さんのように強くはありませんが、何かあった時に貴方を連れて逃げる事くらいならできます」
そんなもの必要ない。そう答えようとした俺の頭はふわりと揺らぎ、時空に酔ったみたいにうまく口を動かせなくなった。なんだ。疲れているのか、俺の身体がおかしい気がする。
「空さんが心配ですから、何かあっては私が辛いのです。もっと一緒にいる時間を増やしませんか?そうすればいつでも空さんを守ることが出来ます。もちろんこちらの御部屋に住んで頂いても構いませんよ」
鶯さんの熱心な言葉が遠くに聞こえる。なんだ。なんだこれ。
「うぐいすさ・・・」
へんな感覚に全身を覆われて、俺の意識は途絶えた。
「・・・・・・ごめんなさい、空さん」
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