第30話 鶯と手料理3

「へ?」


「急ごしらえの簡単な料理ですので、お手伝い頂くほどのものじゃないんです。でもせっかく二人きりなのでそこに立っていて私のことを見ていてくれますか?」

 てっきり皿洗いでも頼まれるかと思っていたのであまりにも難易度の低いお願いに呆気にとられてしまったが、とりあえず言われた通りそのまま調理に戻る鶯さんの手元を観察する。料理に変なものを入れるだろうという疑りは冤罪だったようで、鶯さんは手際よくごく自然に調理を進めてくれていた。

「手慣れているんですね」

 立って見ているだけ、という戦力外通告に等しい仕事があまりに退屈なのでフライパンに米を投入したところで感想を伝えてみる。

「一人暮らし始めて三年になりますから、簡単な物なら作り慣れました」

「いつも自炊しているんですか?」

「ヒーローの仕事があって遅くなってしまった時は作り置きですけど、大体毎日何かしら作っていますね」

 偉いな、俺が一人暮らし始めたとしたら直ぐにコンビニと冷食生活になりそうだ。

「せっかく空さんが食べてくれるのだから本当はもっと凝ったものを作りたかったのですけど、家庭料理にしか自身がなくて」

「いやいや、寧ろそういうのが好きです!」

 よくわからないフォローを入れてしまった。

「・・・そうなんですか?それなら嬉しいです」

 話しているうちに具沢山のドライカレーが完成した。スパイシーな香りに誘惑されて丁寧に盛り付けられた皿を運ぼうとしたら、鶯さんの手に止められてしまった。

「すみません、もうちょっとだけ」

 そう言うと鶯さんはフライパンにバターを敷いて、溶き卵を流し込む。

「これ、オムライスなんです」

 あっという間の手際で薄くて綺麗な黄色の卵が山型に盛られたドライカレーにふわりと被さる。なるほど、中身がドライカレーのオムライスか。カレーもオムライスも大好きなのでこれは普通に嬉しいな。

「完成です、飲み物は緑茶で良いですか?」

 カレーオムライスが盛られたお皿はランチョンマット同様に黄緑と水色。一回り大きめに盛られた水色の皿を自分の座るほうに置いておく。

「お待たせしました」

 緑茶の入った硝子のコップを一つ俺の方に差し出してくれる。青空のように澄んだブルーの中に入った二つの氷がカランと音を立ててなんとも涼し気だ。

「では、いただきます!」

「ふふっ、召し上がれ」

 大き目のスプーンでオムライスの右端をすくうと、卵に閉じ込められていたカレーが湯気を上げて現れた。それを一口食べたところでテーブルの向かいに座っている鶯さんの視線に気づく。

「えっと」

 鶯さんはまだスプーンに手を付けずに、オムライスを頬張った俺の顔をニコニコした表情で眺めていた。

「お、美味しいです」

 お世辞を言ったわけではないが、食レポなんて出来ないし見られていると緊張して言葉に詰まってしまう。

「中身がドライカレーのオムライスって初めて食べました。美味しいですね」

 口に入れたものを全部飲み込んでからそう付け加えると、鶯さんは満足そうに自分も食べ始めた。

「気に入っていただけて良かった、次は空さんの好物を作りますね」

 好きな食べものはざるそばなんだけど、それを言ったらさすがに困らせてしまうよな。というか、次があるのか。部屋を追い出して嫌われたかもしれないと不安だったけど全然怒ってないみたいだ。


 これなら多少踏み込んだ話をしても大丈夫かな、機嫌も良さそうだし。

「その、博士と話してきたんですけど・・・」

 鶯さんは隊員内でいじめにあっていて、博士はそれを黙認していると言っていた。俺は博士にその件について話をするつもりだったところ、未来予知という否定し辛いものを見せられ、結果として今では鶯さんの言葉の信憑性を薄く見てしまっている。だが、当然そんなこと本人には言えない。

「やっぱり博士、贔屓とかいじめに関してあまり認識していなかったみたいで・・・」

 勘違いじゃないですか?と言ってしまいたいがそれは『否定』になるだろう。例え嘘だとわかっていたとしても、それを突き付けて全てが丸く収まるわけではない。鶯さんが嘘をつかざるを得ない精神状況にあった場合、彼女を追い詰めるのはトドメになりうる。

「今度出動履歴をまとめて負担が不平等になっていないか検証してみるって言ってました」

 俺がするのは鶯さんが自然に嘘を辞められるようにすること。証拠を突き付けて探偵気分に気持ち良くなったって何の得もない、嘘がバレる可能性をさりげなく示唆しておいて鶯さん自身に考え直してもらうのが一番だ。被害妄想だって、多方向からの客観的な情報が集まれば目が覚めるかもしれない。早急に被害がでる事でもないだろうし、ゆっくり解決していけばいい問題だ。

「・・・そうですか」

 鶯さんも少しだけバツが悪そうにスプーンを持った右手を硬直させている。できるならこの不安げな表情が俺に対する罪悪感のせいであって欲しいものだ。鶯さんが俺の事を信頼し、味方だと思っていてくれる間は少なくとも俺に嫌われて孤立するような状況は避けるだろう。「ヒーロー達は俺に惚れている」などという博士の言葉を全て鵜吞みにしたわけではないが、多少なりとも彼女の心の拠り所になれそうな自覚もある。

「でも、不安な事があれば俺に相談してください。俺じゃ頼りないかもしれないですけど、鶯さんの事が心配だし、味方になりたいと思っているので」

 少々ベタだが良いセリフだろう。我ながらプレイボーイ、もといヤンデレメーカーっぷりが身に染みつき始めているんじゃないだろうか。


「それ、他の子にも言っているんですか?」

 染みついていなかった。鶯さんはニコリと優し気な笑みを浮かべてとんでもない返しを俺にぶつけてきた。

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