第28話 鶯と手料理
「う、鶯さん!?もしかして、今の聞いていました?」
「いえ?私も今戻ってきたばかりでしたから」
そう言った鶯さんの手には水色のストライプ柄エコバック、中にはひき肉や野菜が入っているようだ。
「買い物にでも行ってたんですか?」
「はい。空さんがせっかく基地に来てくださっているので、一緒にお昼ご飯でも食べたいなと思いまして」
お昼ごはん、という言葉に反応して俺の腹がきゅるると小さく鳴った。そういえばもう一時だ、午前中のうちに要件を済ませる気でいたのにずいぶん時間が経ってしまった。
「でも、いつも買っているスーパーがお休みで少し遠くまで出掛けていたんです。遅くなってしまったから空さんはもうお昼を済ませてしまったかもと思っていましたが・・・」
鶯さんは鳴いたばかりの俺のお腹をちらっと見て嬉しそうに微笑む。
「まだみたいで良かったです」
「じゃあ、せっかくだから一緒に食べましょうか」
「はいっ」
眼鏡の奥の優し気な眼を細めて笑う鶯さんを見ているとさっきまでの懸念が飛んでいきそうになる。
しかし、エコバックを肘にかけてポケットから鍵を取り出し、平然と俺の部屋に入ろうとする様子を見て飛んで行った懸念が直ぐに返ってきた。
「あのっ!」
そうだ、俺は鶯さんを俺の部屋から追い出さなくてはいけないんだった。慌てて鍵を持った手とドアノブの間に手をはさむ。結果的に一回り大きな俺の手が鶯さんのちいさく握った拳を包み込んで下手糞な握手みたいになってしまったが、そんなこと今はどうでも良い。
「はい?」
鶯さんは少し顔を赤くして不思議そうに俺のことを見つめてくる。
「えっと、その、俺の部屋はちょっと・・・」
そもそも何故に彼女は当たり前のように俺の部屋に出入りしているんだ。見覚えのない合鍵まで作って、食材を買ってきたということは俺の部屋で料理をするつもりだったということだよな。
「今日使う調味料と調理器具でしたら既に運んでありますけど?」
いつの間に!?
「そうじゃなくて、ここって俺の部屋じゃないですか。さっきは気にしてなかったんだけど、やっぱりよく考えたら鶯さんが俺の部屋に出入りするのってちょっとマズいかもなぁって思いまして・・・」
男らしく追い出すことが出来ないのは彼女が俺に冷たくされるとどんな風になるかついさっき見たばかりというのが主な理由だ。俺は鶯さんの顔色を窺いつつなるべく遠回しに、傷つけないような言葉を必死で探してみる。
「ほら、他のヒーロー達に見られるかもしれないし?それに、ちょっと俺も個人的な理由でこの部屋を使おうかなって思っていたりして・・・」
「・・・・・・ほかの」
冷や汗だらだらで説得を試みる俺を見て鶯さんは首をかしげている。
「確かに、二人で使うにはここは狭いかもしれませんね。それに、プライベートな時間も大事だと聞いたことがあります」
予想外の返事に身構える。
「わかりました、私は今まで通り自分の部屋で生活します。合鍵もお返ししますね?」
よくわからないが納得してくれたようで、見覚えのない合鍵をそのまま俺の手に握らせてくれた。
「では今日は私の御部屋でご飯にしましょうか」
泣かれたり怒られたりするかと思っていたが、あっさりと受け入れてくれた。何故俺の部屋を使っていたのか聞きたいところだが藪蛇になりそうなのでやめておこう。
「私は先に戻って少し片付けをしますので、空さんは調理器具等を持ってきてくださいますか?」
「は、はい。もちろんです。任せてください」
私物を追い出せればいよいよ安泰だ。俺は部屋に入って包丁やらフライパンやらをまとめる。既に料理の準備がしてあるところを見ると、博士との話が終わり戻ってきた俺に手料理を振る舞ってくれようとしていたのか。俺の意思でないとはいえ先に向日葵の元に行ったのが少し申し訳なくなる、結果的には丁度良い時間になったのだけど。
「自分の部屋っていう認識が無いからあまり気にしてなかったけど、これって普通に不法侵入だよなぁ」
ヤンデレの知識がない人間でも知っている典型的な歪んだ愛情の形、ストーカー。SNSを監視したりゴミ捨て場を漁ったり、酷い場合は勝手に家に入って私物を盗んだり隠しカメラを仕掛けるなんて事件もあるらしい。
「か、隠しカメラ・・・」
なんだか不安になって部屋をぐるりと見まわす。が、隠しカメラがどうやって隠されているかの知識が無いので少し見ただけでは見つけることは出来ない。杞憂だとは思うけど、念のためこの部屋ではっちゃけた事をするのはやめておこう。
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