第27話 四股男の脳内作戦会議


 まさに秘密基地、といった白い廊下をウロウロしながら何度目かの深呼吸をする。無駄に広い基地内を覚えようとしているわけではなく、次の目的地に突入する前に頭の中を冷静にさせているのだ。さっきは向日葵が突然訪問してきたせいでうまく整理できなかったが、これからはフィランスブルーとして真面目にヒーロー達と向き合わないといけない。


 フィランスブルーの任務は大きく分けて二つ。一つはヒーロー達の能力向上。つまり彼女達と親しくなるという事だ。年齢も性格も様々な女子と仲良くするなんて本当なら俺には難易度が高いが、幸いみんな好意的に思ってくれているのでなんとかなる気がする。とはいえ、昔彼女持ちの友達に聞いた話だと女子には『地雷』というものがあってある日突然嫌われたりするらしいので油断は禁物だ。

 そしてもう一つがヒーロー達のヤンデレ暴走化を回避すること。これは正解がわからないので難しいが、基本的には未来予知の内容に向かないように意識していけばいい・・・と思う。特に俺が誰かを好きになる事がトリガーになるみたいなので、うっかり好きになってしまわないように気を付けないといけないな、隠し通せる自信ないし。年が離れている向日葵はまだしも、顔で集めたのかと疑うレベルに全員美少女だし、色々と距離が近い人もいる。危険なヤンデレ女子だとわかっていてもついそういう目で見てしまうのは悲しい男の性というもの。当然手を出すなんてもってのほかだ。

大体、能力強化のために積極的に接する必要があるのに好意が暴走しないように制御しろってなかなかに難しい注文だ。恋愛ゲームで行ったらベリーハードモード、戦略ゲームで言えば修羅、恋愛初心者の俺にそんな大役務まるのだろうか。

「いや・・・俺しか出来ないんだもんな」

 ナチュラルボーンヤンデレメーカーという謎の素質と、茜さんに好意を抱かれているという特殊な条件を満たしているのは俺しかいないんだ。気弱になってまごついていたらヒーロー達が機能しなくなって、結果的に多くの人を危険にさらすことになる。

 戦えないフィランスブルーだけど、これも間接的なヒーロー業だと考えれば少しは勇気が湧いてくる。

「あんまり遅いとまた危険な事をしてるかもしれないし、そろそろ行かないとな・・・」

 誰に聞かせるわけでも無くつぶやいて、俺は適当に歩いて来た道を引き返す。健全な男子大学生が巨乳でおっとりしたお姉さんに会いに行く道中とは思えない程に重たい足取りで、先ほどまでいたイエローの部屋を通り過ぎ、その先にある『ブルー』の部屋の前に立つ。

 常盤鶯さん。俺より一つ年上のちょっぴり怖がりなお姉さんだ。博士の分析によると鶯さんは被害妄想癖と自傷癖があり、未来の俺曰く「嘘吐き」。未来予知の中でも鶯さんの嘘については言及されていた。茜さんを中心とした隊員内でのいじめ、博士による贔屓、現実世界に姿を現すシャドウ、俺が既に聞かされているものも鶯さんの嘘か妄想による言葉である可能性が高い。

 未来の俺はそんな鶯さんの嘘を愛しきることが出来ずに、最終的に鶯さんを突き放つことで自分の安寧を得ようとしていた。未来の俺の行動はとても辛辣で褒められたものではないが、きっと俺も同じ状況に立たされたらああなってしまう。あの動画では俺が家から出ていくところまでしか見ることが出来なかったけど、もしかしたら一連の喧嘩は俺と鶯さんの間にはよくあることでその後懲りずに仲直りしていたかもしれない。どちらにせよ、誰も死なないとは言え平穏な未来とは言い難い。

 そんな最悪の未来に繋がらないためにも、念入りに伝えたい事を頭の中で用意して俺の部屋の扉を叩こうと手を伸ばす。自分の部屋で女性が待っているというのは奇妙な感覚だが、そこは目を瞑ってもいいだろう。


「いや、ちょっと待て」


 ふと重要なことを思い立って瞑った目を開ける。よく考えたら、このまま鶯さんが俺の部屋に居座るのはフィランスブルーとしての任務に支障をきたすのでは?

 隊員に支給されるけど実家暮らしで出動の必要もないからそのうち古い漫画置き場にでもしようと思っていたブルー専用室だが、この先ヒーロー達と親しくなったら俺の部屋に呼んだりする展開もあり得るかもしれない。残念ながらそういう経験はないが親しい男女の友達は家でゲームしたり宅飲みをしたりするらしいし。そうでなくとも、もし誰かがブルーの部屋を訪ねて鶯さんが出てきたらどうなる、絶対誤解される。

 万が一茜さんが来てしまった日にはただでさえ仲が悪そうな二人だ、それをきっかけに喧嘩になってもおかしくない。二股男の留守中に女性二人が鉢合わせなんて一般人なら近所迷惑か男の断罪程度の事件だが、単身で兵器レベルの強さを持つヒーローが本気で衝突したら災害になりかねない。茜さんは考えていることがよくわからないからどれだけの事をするか見当がつかないし、俺の不逞で街一つ滅びる可能性だってゼロじゃない。

 いや、不逞ではないけど。別に誰と付き合うつもりもないし。告白されたわけでもないし。

「でも積極的に親しくなろうとするっていうのは、そういう意味にも捉えられるよなぁ」

 悩んでいると段々と自分が自惚れ浮気野郎に思えてきて心が弱っていく。大体さっきまで活発系中学生と兄妹ごっこしていたのに自分の部屋に戻っておっとりお姉さんに会いに行くなんて、やってることがクズ男だ。タイプが正反対なのが余計にそれっぽい。

「二人とも自傷癖持ちだから正反対ではないか・・・ん?向日葵のは他傷になるのか?」

 自分でも染まり過ぎて価値観とち狂ったと思えるような独り言を吐いて、ドアノブに伸ばした手が引っ込んでいる事に気が付く。

「駄目駄目、多少クズ男になっても俺はフィランスブルーとしての・・・」


「うふふ、どうしたんですか空さん。もしかして鍵を忘れてしまったのですか?」


「わっ!?」

 選挙ポスターみたいに握りこぶしを掲げて自分の部屋の前でクズ男になる決心をしている俺の後ろから突然呼びかけられる。思わず変な声を出しながら振り返ると、そこには凛とした姿で、長く垂れ下がった深緑のワンテールを揺らす女性が一人立っていた。

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