第26話 フィランスブルーはお兄ちゃん3
「そうだな、俺は・・・」
一番の希望は向日葵が誰も傷つけず、健康でいてくれることだ。しかし今の向日葵にそんなことを言っても通じないだろう。直接は無理でもなるべく未来予知の結果を回避するような内容がいいな。ただあまりに簡単なものや抽象的なものではまた不安を与えてしまうのである程度結果が目に見えて、それでいて健全で、しかも向日葵の情操教育に良いもの。
なかなか条件が厳しいが、一つだけ無難な答えが思い浮かんだ。
「向日葵が一人でも多くの市民を助けてくれたら嬉しいな」
「助ける?」
「あぁ、俺も男だからね、カッコいい正義のヒーローは魅力的に見えるんだ。だから向日葵がフィランスイエローとして沢山活躍して、多くの人の命を救うことは俺の幸せでもあるんだよ。言っただろ?愛するっていうのは相手のして欲しい事をするコト、俺の望は向日葵が健全で立派なヒーローになる事だな」
咄嗟の回答にしては悪くない提案だと思う。未来予知の向日葵は俺を中心に考えすぎてそれ以外のモノを全て蔑ろにしていた。一般市民を助ける事が俺からの好意に繋がると知れば無関係な人間を手にかけようという気も薄れるんじゃないだろうか。
「立派なヒーローかぁ・・・もし僕が、フィランスレッドみたいに最強のヒーローになれたらお兄ちゃん喜ぶの?自慢の妹って思ってくれるの?」
「もちろん!」
多くの人から感謝されることで向日葵の自己肯定力も多少は回復するかもしれん。
「あっ、で、でも。向日葵が無事でいることが一番最優先!」
「・・・そうなの?」
「当たり前だろ。俺は向日葵を、その、とっても大事な妹だと思っているから。怪我したら心配するだろ?無理はしないで出来る限り頑張ればいいから」
他者への無関心だけではなく、自分を大切することを知らない価値観もどうにかしておきたい部分だ。鶯さんもそうだが、ヤンデレは自分に自信が無い人が多いのかもしれないな。桃は正反対だけど。
「そっか、大事な妹、えへへっ」
良かった、向日葵は満足そうに顔をへにゃりと緩ませている。出会って間もない女の子と兄妹ごっこするのは何度やっても恥ずかしいが、博士にも「否定してはいけない」と言われているしここは優しいお兄ちゃんになっておくとしよう。
「向日葵が頑張っていろんな人に感謝されるような正義のヒーローになったら、今度は俺が向日葵のして欲しい事を聞くから、それでいいか?」
「ええっ!?ぼ、僕の?」
「そんなに驚かなくても、ご褒美があったほうが頑張れるだろ?」
「え、あ、ご、ごめんね。その、僕はお兄ちゃんの妹でいられることが一番嬉しいからさ、ご褒美とかよくわかんなくて」
そういえば二人でパフェを食べに行った時もやたらと受動的だったな。向日葵は相当厳しい家庭で育ったような気がするし、わがままを言うのに慣れていないのだろう。
「欲しいものとかない?」
ヒーロー達の給料はかなりの額なので一年程フィランスイエローをやっている向日葵に買えないものを俺が手に入れられるとは思えないけど。
「欲しいものは・・・お兄ちゃん」
「おにいちゃん!?」
まさかご指名いただくとは思わなかった。流石に「プレゼントは俺」をやる気はない。または本物の兄貴に会いたいとかそういう話だろうか。博士の話だと向日葵は出会った時点で割と家族の死を受け入れた様子だったらしいが、心の奥底では傷が癒えていないのかもしれない。向日葵の家族に関して今度機会があれば聞いてみるか。
「やっ、その、他に思いつかないよ」
「じゃあそれもゆっくり考えるってことで」
「うーん・・・わかった」
この様子だと相当可愛らしいご褒美を要求されてしまいそうだ。
「あと、不安になったらいつでも俺のところに来ていいから。いくら辛くても首絞めたりしないようにな?」
「し、しないよぉ。僕の身体はお兄ちゃんのモノなんだから、勝手に僕が傷つけたら駄目だもん」
少し油断するとまた危なくて重たいワードが飛んできたが、今日はもう一か所寄らなくてはいけない場所があるし訂正するのはやめておこう。少なくともそう思っているうちは無理な行動はしないだろうし。万が一人前で同じセリフを言われたら社会的に終わるという点以外は早急な問題は無い。
「とにかく、頑張ってもいいけど無理しない事。俺はヒーローの向日葵が好きだけどそれ以上に元気な向日葵が一番だから。それは絶対忘れないでくれ」
「うん!僕の元気優先で、一人でも多くの市民を助ける。だね。わかったよ」
にぱっ、と年相応の明るい笑顔を向けてくれてやっと俺も安心できる。いつの間にか手に持っていたボールペンも床の上に置いていたし、これはかなり未来回避に繋げられたんじゃないだろうか。
「じゃあ俺はもう行かないといけないから、ちゃんとご飯食べて、しっかり寝るんだぞ?」
我ながらお節介な母親みたいな事を言っているとは思うが、これを言っておかないと人間らしい生活を放棄し兼ねないので釘は刺しておくに越したことは無い。
「はーい!博士にも心配かけないようにちゃんとするよ。ばいばいお兄ちゃん、また会いに来てね?」
そんなわけで、三回目のフィランスイエロー御宅訪問は終了した。
首に巻かれたベルト一本抜き取ってボールペンから手を離させるだけで相当緊張したが、なんとか上手い方向にコトが運んだ気がする。最初はぎこちなくなってしまい後悔したが、やはり未来予知を見てよかった。予知の内容を考慮してそこに向かわないように今のうちに俺の意思をはっきりと伝えておけば酷い未来は回避できる筈だ。
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