第25話 フィランスブルーはお兄ちゃん2
中学一年生の部屋にしては余分な物が少ないフィランスイエローの部屋。ここに来るのは三度目だ。最初の印象は元気いっぱいの可愛い妹キャラ。次に訪れた時は俺が初めてヒーロー達が持つ『ヤンデレ』の実態を目の当たりにした。そして今回は、一秒でも早く彼女の間違った『愛する』を訂正してやりたい気持ちでここに立っている。
「はい、これでもう誰にも見られないよ。包丁にする?ハサミ?ボールペン?待ち針?爪切りもあるよ?」
遊びに来た友達にゲームソフトを選ばせている時みたいにウキウキとした声色で日常的ながらもヤンデレと組み合わせると物騒に感じられる単語を並べていく。相変わらず首にベルトを巻いたままな所を見ると、彼女にとってソレが一番オーソドックスな方法だったのだろう。
「えへへ、ごめんねお兄ちゃん。自分からお願いするなんて・・・僕、我がままだよね。でもこれでお兄ちゃんは楽しんでくれるし僕はお兄ちゃんに愛してもらえて嬉しいし、二人とも幸せだと思うんだ」
意味によっては何かしらの法律に引っ掛かってしまいそうなセリフではあるが、向日葵は元気に先ほど挙げた物騒な凶器を机の上に並べている。
「向日葵」
ローテーブルの上座に敷かれたクリーム色のクッションに腰掛けて名前を呼ぶと、向日葵はぴたりと手を止めてこちらを向いた。
「なぁに?お兄ちゃん」
「道具は出さなくていいから」
手にボールペンを持ったまま少しだけ考えて、ぱぁっと顔を明るくして俺の隣までやってくる。
「うんっ」
カーペットの上にちょこんと座り、期待に満ちた顔でこっちを見ている。どこかで見た景色だと思ったら、実家の柴犬にボールを投げようとしたときの顔によく似ている。
そんなどうでも良い事を考えている場合ではない。俺は「ちょっと触るよ」と一声かけて向日葵の首元に垂れ下がったベルトを引き抜いた。もちろん片側だけ。ベルトはシュルリと小さく擦れてそのまま床に投げ出された。
「これはもういらないから」
向日葵はぽかんとした顔で制止してしまう。そのうちに俺の意図がくみ取れない事に焦り始めたのか右手に持ったままのボールペンをいたずらにカチカチと鳴らし始めた。
「あのな、向日葵」
怯えた様子で俺の顔色を窺っている。自分が暴力を振るわれる時は遊んでもらう子犬みたいに期待した顔をしていたのに、それを止めようとするとどうしてこうも不安な表情になるんだ。向日葵の子供らしくないちぐはぐな態度を見ると、彼女をこんな風にした会ったことも無い誰かに対して段々と怒りがわいてくる。
「誰に教えてもらったのか知らないけど俺は向日葵を傷つけても楽しくなれないし、それで向日葵を愛することなんてできないからな?」
ぴたり、とボールペンの音が止まる。
「俺は向日葵を傷つけたくないんだ。わかるか?」
「・・・・・・なんで?僕のこと嫌いになっちゃった?」
「ち、違う。嫌いじゃない、言っただろ、嫌いになるわけないって」
「わかんないよ。だってこれが愛するってことでしょ?いっぱい傷つけて楽しくなって、そしたら僕の事ちょっとだけ好きになってくれるんじゃないの?僕はだめな妹だからさ、他の方法はわかんないから、これしか知らないから・・・」
その表情に俺をからかう意思は微塵も感じられず、ただ困惑しているものだった。昨日まで信じていた当たり前の定義を急に否定され不安に襲われているような、信じられない事実を聞かされた時のような動揺の仕方。
焦っていきなり本題に入り過ぎてしまった。予想した以上に向日葵が傷ついている。薄々そんな気がしてはいたが、向日葵の中で愛情や執着の形がぐちゃぐちゃに刷り込まれているのだろう、一体今までどんな『愛され』方をしてきたらこんなふうになるんだ。
「その、傷つけるっていうのは本来愛する人にすることじゃないから。・・・少なくとも俺はしたくないな」
できればかっこいい言葉で説得してやりたいのだが、俺だってまだ社会を知らない大学生。向日葵よりはずっと大人かもしれないがこの題材は荷が重い。どこまで向日葵の常識を否定して良いものなのかもわからない。こんな機会があるなら道徳の授業をもっと真面目に聞いておくべきだった。
「じゃあ、お兄ちゃんはどうやって誰かを愛するの?」
「ぐっ・・・」
難しい質問。それがベルトで首を絞めたりボールペンで身体の柔らかい部分を突き刺したり刃物で傷つけたりすることではない事は間違いない。が、愛を伝える方法なんて俺にわかるわけがない。
「こ、ことばとか・・・?」
「ことば?」
駄目だ。浅い。とにかく浅い回答しか出てこない。どうして俺は今まで真っ当な恋愛をしてこなかったんだ。正直人を愛する尊さみたいなものはわからない、恋愛映画にも興味が無い。目の前の少女が正しい愛し方を知らないで歪んだ願望を持ってしまっているというのに、俺は馬鹿に無力だ。
「他には、相手がして欲しいことをたくさんするとか・・・?」
後はスキンシップくらいしか思いつかないがこれを言うと俺が向日葵にべたべた触りたい変態みたいになってしまう。というか今のセリフ少し未来予知の向日葵に近付きそうじゃなかったか?ちくしょう、どれが地雷になるかわからなくて怖すぎる。
「お兄ちゃんがして欲しい事だと思って提案したのだけど・・・また間違えちゃったんだ」
しょんぼりする向日葵はとても慰めてあげたいが、良い答えが思いつかない。
「あのねお兄ちゃん。僕、お兄ちゃんにたくさん大好きって伝えたいし、好きになってもらいたいの。でもその方法を知らないから、どうしたらいいのかわかんないの」
なるほど、向日葵の根本にあるのは俺に嫌われていないか不安という気持ちだったようだ。だから自分なりの考え方で俺からの好意をもぎ取ろうとしたのか。向日葵にとって暴力は愛の証明であり、好意を寄せてもらえるわかりやすい手段。常識的に考えてあり得ない発想ではあるが、それが間違っていると知る為の知識や経験すらないのだろう。
「そうだな、わからなかったら俺に聞いていいから。とりあえず今日みたいな自分を傷つけることは辞めてくれよ?」
「・・・うん。わかった」
だからどうして良いかわからずに、あんなふうに暴走しかけていたんだ。そう考えると非常に単純なもので、俺がしなきゃいけない事も少しは見えてくる。
「一応聞いておくけど、向日葵は俺を痛めつけたいと思うのか?」
「えぇっ!?そ、そんなわけないよ」
「そっか、ちょっと安心した」
向日葵の中の好意の伝え方=暴力だった場合、このまま親しくなっていけばいつか俺が愛情の餌食になってしまう危険があった。
「俺も向日葵と同じで、向日葵の事大事に思っていても傷つけたいなんて思ってないし、ずっと元気でいて欲しいから。それだけはまず忘れないで欲しい」
自分で言って少し恥ずかしくなる兄貴面だ。でもそれを彼女が求めているのだから俺は向日葵のお兄ちゃんでいるべきだと思う。
「それで、お兄ちゃん」
「ん?」
向日葵は少し不満気にこちらをじっと見ている。俺の回答が気に食わなかったのか。
「僕はどうしたらお兄ちゃんに愛してもらえるの?お兄ちゃんが何をしてくれたら愛されてるって思っていいの?」
そうだった、肝心の答えをはぐらかしたままだ。とはいえ、愛のままに暴力を振るうのは良くない、という最低限伝えたい事は言えた。あとはなるべく当たり障りのない展開にしておきたい。何より「お前が○○したらお前の事好きになるかも」なんていうクズ男みたいな要求をするのは気が引けるので具体的な回答は避けたいところだ。
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