未来改変? 抗え、フィランスブルー!!

第24話 フィランスブルーはお兄ちゃん


 コンピュータールームの自動扉の前に立ち、一つ深呼吸をする。『開』と書かれた目の前の赤いボタンが酷く重たいものに思えた。

『これでお兄ちゃんを傷つけた奴はこの世界から一人もいなくなったよ』

 先ほどの未来予知を思い出し、自然と表情が曇ってしまう。この扉の向こう側には向日葵がいる。『俺のために』他のヒーローを殺した向日葵が。

「いや、違う。あれは未来予知の話であって・・・現実世界の向日葵はまだ何もやっていないんだ。違う、じゃない、あんな未来訪れない、あれは俺が間違えなければあり得ない未来で・・・」

 水浴びをした犬みたいに大袈裟に首を振り、邪念を振り払う。未来予知の精度がどうであれ、現代の向日葵は何の罪も犯していない。それを忘れて予知と現実を混同し、冷たい態度をとるなんて本末転倒だ。彼女達を傷つけることは悪い未来に繋がるだろうし、冤罪もいいとこだ。

 俺とヒーロー達に必要なのは信頼関係、特に向日葵はまだ子供だ。俺の接し方次第ではあんな悲惨な未来を歩まずに心身共に健康な女性に育ってくれる可能性だって十分にあるだろう。その為に俺が出来る事をやらなくてはいけない。

「否定してはいけない」

 まずはこれだ。俺は絶対に向日葵を否定し、傷つけない。そして誰も傷つけさせない。

『お兄ちゃんのためじゃなかったら、一体僕は何のためにこんな風になっちゃったの?』

 あんな悲しい言葉、現実の向日葵には絶対に言わせない。その為にはまず、俺が予知に囚われて向日葵に冷たく接したり距離をおかないことだ。

 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン。

「ねぇ、博士、お兄ちゃんを出してよ、ねぇ、僕お兄ちゃんに会いたいの、お願い、ここを開けてよ博士、ねぇ、何してるの?お兄ちゃんがそこにいるんでしょう博士」

 いつまでも『開』を押せない俺を急かす用に向こうから扉を叩く音が聞こえてくる。

「向日葵、今開ける!」

 もう一度だけ、軽く深呼吸をして赤いボタンを押した。

「お兄ちゃん!」

 ウィン、という電子音がその声によってかき消される。扉の向こうには真っ白い壁、左右にはやたらと長く続く廊下。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

 俺の身長は平均的だが、それでも少し視線を下げないとうまく視界に入らないこげ茶色のまるい頭がちょっとだけ背伸びをしていた。

「ひ、向日葵。どうしたんだ?」

 純粋無垢、という言葉が良く似合う眩しい笑顔を向けられて先ほどまでのショッキングな未来予知とのギャップに頭を殴られたような気分になる。向日葵は俺が返事をすると心底嬉しそうに何度も背伸びをしたりやめたりと落ち着きのない動作を繰り返す。

「え、えっとね、あのね」

 ほんのり顔を赤くしてそわそわした様子はそれだけ見れば愛らしい。出会った時にも思ったが、外ハネしたサイドヘアが耳のようで、仕草も相まって子犬みたいだ。

「えーっと、俺は怒ってないから。ゆっくり話してくれればいいよ」

 向日葵が怒られたり責められることに敏感なのはなんとなく想像がついた。中学生になったばかりの子供だし、博士に聞いた話ではシャドウによって家族が殺されたそうだ。人一倍臆病になっても仕方がない。俺を兄に見立てているのだって、本当は家族に甘えたい気持ちを思えば可愛いものだ、なるべく広い心で接するようにしよう。

「その、僕、これ・・・」

 おずおずと差し出したのは自身の首にぐるりと一周させた男性用の皮ベルト。こげ茶色の合皮で飾り気のない、俺が普段使っているようなシンプルなデザインのごく普通のベルトだ。それをチョーカーのように首に巻いているが、もしかしてこの着こなしこそが今時の中学生のトレンドなのだろうか。

「・・・似合ってるな?」

 俺にはファッションの事はよくわからないのでとりあえず褒めてみる。

「え?そ、そお?えへへ。良かった、じゃあ・・・はい」

 そう言って向日葵はベルトの両端を俺の方に渡してきた。

「あのね、お兄ちゃんに僕のこと『愛して』ほしいなって思って・・・だめかな」

 思わず受け取ったベルトの両端。そして似つかわしくないセリフ。例えば俺がこのベルトを思いっきり引っ張ったりしたら、か細い向日葵の首は強く圧迫されて苦しむだろう。もちろん俺はそんなことをしない。

 そんなことはしないが、向日葵が求めている事が『そんなこと』な気がしてならない。

「僕はお兄ちゃんのことすっごく大好きだから、お兄ちゃんが会いに来てくれなくて淋しくなっちゃったの。だからね、お兄ちゃんが少しでも僕の事好きになってくれたら嬉しいなって思ったの。そしたらもっと僕に会いに来てくれるでしょ?」

「え、えっと・・・」

「・・・あっ!ここじゃ博士に見られるよね、ごめんねお兄ちゃん。僕の部屋に行こう?それとも今は気分じゃない?いつならいい?いつなら僕のこと『愛して』くれる?」

「ちょっと待ってくれ向日葵」

 あまりの自然な運びに一瞬流されかけたが、どうやら俺の予想は当たっていたみたいだ。

「もしかして、そのベルトで首を絞めてくれって言ってる?」

 俺が両手を離すと、再びベルトの両端は向日葵の胸のあたりにだらんと落っこちた。それを見て向日葵は少し残念そうな顔になる。

「そうだけど・・・他のがいいの?」

 こてん、と小首を傾げている所を見るに、自分の言っている事の異常さに気付いていないようだ。

「・・・・・・わかった。向日葵の部屋に行こう」

 俺が思っている以上に純粋な子供というのは恐ろしいようだ。俺がフィランスブルーじゃなかったとしても、彼女の周りにいる一人の大人として、このまま放っておくわけにはいかない。

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