第23話 未来予知7
人の、俺自身の死ぬ姿を目の当たりにしてしまい、休憩室の椅子に座ったまま動けずにいた。あんなに何度も「愛している」と繰り返し、部屋が幸せな写真で埋め尽くされるほどに愛し合っていた筈の二人だった。それなのに茜さんの事をきっかけに桃は豹変し、俺に手をかけた。今まで通り、愛していると言いながら。
「おかしいじゃないか・・・」
やっと口から出てきた言葉は、そんな無力な感情論。最初から分かっていた、なんの意味もない言葉。彼女達がおかしいことなんで充分理解していたのに、それでも湧き出てくるのはやるせなさ。自分が生き残るために必死に嘘をつく俺が虚しく見えつつ、そこまでしても悪い結末を迎えたという事実が余計に俺を絶望させた。きっと俺なりに桃を想っていて、幸せで、狂った桃を制御するために嘘をつくようになった。あの未来の俺はきっと、ちゃんと桃を愛していた、そんな気がする。
「・・・好きな人なら、幸せにしたいって思うんじゃないのかよ」
映像に映った無数の写真、俺と桃がいろんな場所でデートして、自分のことなのに嫉妬してしまうようなラブラブな自撮りの数々。途中までは上手く言っていたのだろうと推理してしまい、余計に辛くなる。
「幸せの形は人それぞれだ、それが大きく歪んでいるから桃はヒーローなんだろう」
博士の冷静で冷たい言葉が、ぐちゃぐちゃになった俺の頭にぶつかる。
「何が慈愛と博愛のフィランスだ、何が正義のヒーローですか、俺たちはいままでこんな化け物に憧れていたのか。こんな身勝手な愛情を持つ奴らを子供の頃からヒーローだと信じていたんですか?好きな人の興味を引くために自傷するのも、二人の邪魔になる人間を殺すのも、監禁して無理やり心中するのも・・・そんなのまともな人間のすることじゃない」
言いたいことを言い切った俺の身体は、じんわりと熱を帯びて怒りによく似た後悔や罪悪感ややるせなさみたいなものが渦巻いていた。
「まともか、それが普通だよ空君。だけど、その普通を保つことが出来ないのが彼女達ヒーローの素質を持つ者なんだよ。それと、彼女達は正義のヒーローとして自分達の身を危険にさらして戦っている。その素顔が市民の理想からかけ離れたものだからって、彼女達を悪く言わないで欲しい。君の気持ちはわかるし、実際に彼女達を批判する人間も少なからず存在するが、私達にとって君に否定されるのは一番辛い事なんだ」
「・・・すみません」
でも、と言い訳をしようとして言葉を飲み込むと同時にもやもやしていた感情も一緒に少しだけ飲み干される。確かに今のは軽率だった。
どれだけヒーローが普通じゃなくても、彼女達が救った大勢の命があることに変わりはない。俺一人の身勝手な価値観で失望するのは考えが子供過ぎた。
「いや、当人である君が彼女達に恐怖する気持ちは仕方がない事だ。それに君はもともとフィランスレッドに憧れていたんだろう?ギャップに困惑する気持ちも理解できるよ」
それでも、俺は彼女達を否定してはいけない。それがフィランスブルーの仕事だ。
「今回の未来予知は君へのショック療法の意味もあった。私の言葉だけでは彼女達の危険性を理解してもらえなかっただろうし、向き合う覚悟を決めるにも時間がかかっただろう」
博士はPCを操作してプロジェクターの画面を切り、一息ついて俺に向き直った。
「今見た未来を踏まえて、君には私に協力して欲しいんだ」
真剣な面持ちは少し怯えているように見えた。
「恐怖する気持ちはわかる、君の身に危険が無いと言えば嘘になるだろう。しかし、私達には、この世界にはやはり君の力が必要なんだ」
「俺は、俺のせいで彼女達が犯罪者になるのは嫌です」
曖昧な俺の返事に博士は緊張した様子で言葉の続きを待つ。
「俺のせいで狂ってしまうのも、自分が死ぬのも彼女達が死ぬのも嫌だ。俺がヒーローと接するという事はきっと彼女達の心が壊れるリスクがある」
博士は苦い顔のまま何も言えずに俯いた。
「けど、そのリスクを背負ってでもヒーローを強くしないといけない理由があるんですよね、博士」
その問いかけに、博士は珍しくキョトンとした顔を見せる。
「あ、あぁ。もう少し情報がまとまったら君達にも詳しい事を話そうと思っているが、近いうちに訪れる強大な危機に立ち向かうのに、今のヒーローでは戦力が足りていないんだ」
「それはもっとメンバーを増やすとか、彼女達に正当で純粋な愛を教えてあげるとか、そういった平和な方法では解決しないんですか?」
俺の質問が博士を責める為や辞める言い訳の為ではないと察したのか、博士は普段通りの説明口調で答えてくれる。
「・・・いいかい、空君。ヒーローとして戦える人間は少なく、期間は短い。簡単に戦力になる人間を見つけることはできない。感情というモノは得てして移ろいやすく消えやすいのだよ、大きなエネルギーを継続し続けるというのは至難の業だ。それに、説得や教育で真っ当な愛情を育てることができる人間はそもそもヒーローとしての素質が低い。自らを狂わせてしまう程の、制御不能なまでの愛の力がないとまともに戦う事すらできないんだ。ヤンデレの持つ愛は人間の身体からしか生み出すことが出来ない最高効率で永久的なエネルギー、人の心を操る魔法がない以上は彼女達のような人間に自然に生み出してもらう他にシャドウの悪行を食い止めるだけの力は手に入らないんだよ。新たにそこそこのヒーロー適性者を百人集めるより、君の力でヒーロー一人をその気にさせた方が数倍戦力の強化になる。これだけでは君がフィランスブルーである理由にはならないかね?」
俺がヒーローとして戦えないというのは少々格好がつかない部分もあるが、ヒーロー以上に必要な人材と言われ、全て教えてくれた上で頼み込んでくれる。そんな竜胆博士の真摯な気持ちを無碍にしたくないし、当たり前だが俺はこの世界に危機が訪れて欲しくない。少しでも悲しい死者が減れば嬉しいし、自分の住む街が滅びたりしたら嫌だ、そういう最低限の正義感でも俺はヒーローになれるみたいだ。
「わかりました博士。でも、ヒーロー達に監禁されたり殺されたくは無いのでヤンデレの対処法をちゃんと教えてくださいね」
「あぁ、それなら任せたまえ。私は日本で一番のヤンデレと親しい女だからね」
くくっ、と冗談めかした笑み。前に見た茜さんと博士の親しさを思い出す限り、強ち冗談では無いのかもしれない。
「だがそれは今度だな、君にお客さんが来ている」
「お客さんですか?」
耳を澄ませてみると、隠し扉の向こうから騒がしい音が聞こえる。
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン。
「な、なんの音だ?」
「さぁて、誰だろうね」
博士がPCモニターで基地内に仕掛けられた監視カメラを確認すると、この隠し休憩室につづくコンピュータールームの入口を破壊しかねない勢いで叩く向日葵の姿がうつっていた。
「博士、お兄ちゃんが来てるんでしょ?ねぇ、開けて、開けてよ、お兄ちゃんに会いたい、ねぇ、博士、お願い、開けて、お兄ちゃん、僕だよ、開けて、開けてよお願い、お兄ちゃん」
ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン。
「ふむ、向日葵が怒ってるねぇ」
「まじですか・・・」
何故か革製のベルトを首に巻き付けて涎を垂らしながら扉に向かって抗議する向日葵。さっきの未来予知を見ていなかったとしてもこの絵面には恐怖しか感じられないだろう。
「さぁ、最初のアドバイスだ。いいかい?ヤンデレを否定してはいけない、でも全て流されてもいけない。とにかく彼女達と仲良くなれ、あと傷つけるな、心身ともにだ。心は当然暴走を生むが、身体の傷は癖になりやすい、自傷癖もちのヒーローなんて嫌だろう?」
自傷癖に関しては既にて遅れ気味の人がいる気がするが、博士の雑なアドバイスを胸に俺は隠し扉を出て向日葵を迎え撃つことにした。
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