第22話 未来予知6


「あはははははははは!大好き!大好きだよダーリン♡もっともっと桃のこと愛して!」

 突如として現れた肌色に思わず、一度眼を反らす。

「ほらほらほらほらぁ、桃の愛をたぁくさん受け取ってよ!ね?ね?」

 躍動的に跳ねるピンク色の長い髪。上半身には下着のみ、短い紺色のスカートをたくし上げて淫らに身体を摺り寄せる桃が跨っているのは、おそらく俺なのだろう。

「ダーリン愛してる、愛してる愛してる愛してる愛してる!」

 地下室のような薄暗い部屋で、椅子に縛り付けられて全裸で座らされている俺は笑っているのか泣いているのかわからないなんとも言えない表情をしていて、とてもじゃないけど幸せな恋仲同士が触れ合っているときの顔ではない。死体と見分けがつかないほどに放心した様子の俺の膝の上に向かい合うように座る桃は、時々じっくりと俺の表情を見ては幸せをかみしめているかのような顔をする。

 画面の端々に映るのは壁に貼り付けられ、床にもばらまかれた写真。注目してみるとそれは俺と桃が親し気に映っているものだった。遊園地、水族館、プール、何かの記念日の写真、時々露骨過ぎないほどよく洒落たペアルックでのデート姿もある。それだけ見ればただの恋人か夫婦にしか見えないような、いたって普通の写真を部屋中にばらまいて映像の中の俺と桃は密着し続ける。

 酷く不気味で理解しがたい状況だが、今よりも大人びた顔つきの桃が見せる恍惚とした表情と誘惑するような仕草からは、これが彼女にとっての愛の形に見えて仕方が無かった。

「ほら、ダーリン?こういうときはどうするんだっけ?」

 桃の言葉に俺は頷くとだらんと力の抜けた両腕を動かしてやる気なく桃を抱きしめる。まるで肘の部分にしか神経が通っていないような、ぐにゃりとした安物の人形みたいな動きだ。

 桃の背中にかかる俺の両手には、全ての指が無かった。雑に切断されて接合されたのかぼこぼことした短い指の残りみたいなものだけが残り、アンバランスな形の十本の指がそれぞれ桃の背中を力なく支えている。

 画面の向こうの悲惨な自身の姿に、俺に何があったのか、桃はどうしてしまったのか、考えることを思わず放棄したくなる。映像を見ているだけの、無事な筈の自分の指先の感覚が痺れて、思わず反対の手で指先があることを確認した。

「あはっ♡ダーリンも桃の事大好きなんだね?うれしー♡」

 桃は満足そうな笑みを浮かべて俺の頭を何度も撫でさすっている。そのままぎゅっと俺を抱きしめ、今と変わらない愛らしく柔らかそうな頬を俺の胸にあてがう。

「好き。大好き。愛してる。桃を選んでくれて嬉しい・・・ねぇ、いつもの言って?」

 さっきまで口を開かなかった俺は、焦点の会わない目で桃の方をぼんやりと見詰めて、もごもごと口の中で無理やり形にしたような歪な言葉を吐き出した。

「桃、可愛いよ」

「嬉しい!嬉しいなぁ、だよね。そうだよね。桃もそう思うよ。ダーリンと一緒にいる桃は一番可愛いもんね?大好き大好き大好き!あぁよかった、桃は今日も可愛い、最高、一番だよ、素敵、ダーリンは桃だけのモノだからね、どこにもいかないでね、ダーリンのことを一番知ってるのは桃だよ、桃が一番理解してる、桃だけがダーリンの気持ちを知っているの。だから可愛い桃と一緒にいるのが一番の幸せなんだよ?」

「・・・・・・あぁ、桃は可愛いよ」

 俺は出来の悪いロボットのように繰り返した。

「もう、何度も言われたら照れちゃうなぁ。ダーリンが桃の事大好きなのはわかってるんだけど、あんまり甘々過ぎると赤くなっちゃうよ・・・あはっ、桃だって、ダーリンのこと世界一かっこいいって思ってるよ?」

「ありがとう」

「でもなんだか元気ないね、ダーリン。あぁ、もしかしてまた誰かに邪魔されそうで不安?大丈夫、もう誰にも桃達の邪魔をさせないよ!ここは絶対に見つからないから。万が一見つかったとしても桃以外の人間がこの部屋に入ろうとしたら外にある装置で、一瞬で黒焦げにできちゃうの。それはたとえ・・・正義のヒーローでもね」

 にたり、と不敵な笑みを浮かべた桃。さっきまで放心状態で返事をしていた俺の表情が一変して強張った。

「・・・」

「あれぇ?どうしたの、なんだか怖い顔してるけど。もしかして誰かが桃とダーリンの愛の巣を壊しに来ていないか心配しちゃった?あははっ、心配しないでいいんだよ?」

 愛おしそうに、大切なものを愛でるように息をつくたびに俺の頬や額にキスをしながら淡々と話を続ける。

「ねぇ、ダーリン。昨夜、真っ赤なドブネズミが桃達の愛の巣に侵入しようとしたの・・・」

 そして見え始めた殺意や悪意、せき止められないほどに溢れた愛情の中でぐつぐつどろどろと煮えたぎる敵意。

「どうなったか気になる?どうでもいいか、ダーリンには関係ないよね?あれぇ?なんでまだそんなに怖い顔しているの?ダーリンには桃がいればいいのに、他の女の事なんて気にならない筈なのに・・・おかしいなぁ。なんでそんな顔しているの?」

 にたにたと試すような笑みで小首をかしげる。

「・・・いや、可愛い桃に怪我がなかったか心配だっただけだよ」

 そう返事する俺の声は震え、目の焦点の合わない味気ない言葉だった。俺本人でなくとも、それが誤魔化しの言葉だとわかるほどに動揺している。

「えへへ、そっかぁ。でも大丈夫。赤い泥棒ネズミは桃が仕掛けた罠にまんまとハマって、痺れて動けなくなっちゃったから。桃がちゃんと始末しておいてあげたよ?」

 ニッ、とほほ笑む桃。

「そ、そうか。ヨカッタ」

 対して俺は、一抹の望が消え去ったような絶望を隠せずにいた。

「で、でも。痺れて動けないということは、殺してはいないんだよな?」

 かろうじて出てきた質問に桃は眉をしかめる。

「もちろん、あの罠はヒーローの無効化のためのモノだからね。あのモンスターを簡単に殺すことなんてできないよ。それに、いくら桃の価値がわからない身の程知らずで人間以下のゴミくずドブネズミでも、いつのまにか死んじゃったら可哀そうだから。動けない間に桃の特性のワイヤーでしっかり縛り付けてあげて、もう二度と逆らえないようにやんちゃなおててをチョッキンしてあげたの。それでね、痛みでびっくりして起きちゃったから桃聞いたんだ。何しにここに来たの?って・・・そうしたらそのドブネズミなんて言ったと思う?」

「・・・」

 少しだけ沈黙が流れる。俺は必死に都合の良い答えを探しているようで、全身に冷や汗を垂らしていたが俺の返事を待たずに桃は続けた。

「『空を助けに来た』だってさ!あははははは、笑っちゃうでしょ?ダーリンは桃のダーリンで、桃と一緒に居られるこの場所が、一番かわいい桃を毎日みられるこの生活がダーリンにとって最も幸せなのに、助ける?頭がおかしいんだよあいつ。大体さぁ、ダーリンにフラれてヒーローの力を失ったくせに、ダーリンの愛で一番強いヒーローになった桃に立ち向かおうなんて無謀だよね。可愛げが無いだけじゃなくて頭も悪いなんて、ほんとに可哀そうだよねぇ。なんかもうあまりに哀れ過ぎて逆にむかついたから桃特性の有刺鉄線をおバカなことしか言わないお口に突っ込んじゃった。ヒーローじゃないくせに意外と根性あってさ、15センチくらい飲み込んだところまでは我慢して意識を保ってたよ。でも生身の人間は痛みにも出血にも耐えられない、少ししたら動かなくなっちゃった。愛の力を失ったヒーローなんて何の価値もないゴミくず!なんかほんとに哀れだよね、力尽くの手段すら取れない貧弱で可愛くないドブネズミさん♡」

「・・・どうして茜さんを」

「はぁ?」

 桃の口が普段の女の子らしい高い声ではなく、一気にどすの利いた音を奏でる。

「他の女の名前を呼ばないでって、桃何度も注意したよね。しかも桃が目の前にいるのに、なんでそういうことするの?ダーリンには可愛い桃がいれば十分でしょ?もしかしてあのクソ雑魚自意識過剰ドブネズミの事心配してるの?ちがうよね?ねぇ?」

「ご、ごめん・・・桃。俺が悪かった、桃が一番可愛い。他の奴になんて興味は無いよ」

 自分でも情けないくらいにすらすらと出てきた言葉。あぁ、きっと俺はこうやって無理矢理生き延びて、尊厳を保った気でいたんだろうな。

「・・・・・・どうしてここがわかったんだろうね」

 俺の必死のご機嫌取りに、桃は冷静な表情で返す。

「っ!?」

「誰にもバレないようにって思ってここに連れてきたのに。どうして桃達の居場所がバレたんだろう?もうあいつに協力者はいないし、脳筋泥棒ネズミがどうやってここを見つけたんだと思う?もしかして、桃がつけられてた?でも桃の機動力はどのヒーローよりも上だよ、あり得ないよね。どうしてかな、もしかして・・・誰かがここを教えた?」

「・・・や、その、ちが、違うんだ」

 浮気がバレた男のように取り繕った俺の言い訳は形になる前に桃の深いため息で遮られた。

「はぁ、ざんねんだな。ダーリン」

 桃は残念そうに俺の頭から手を放して中空にかざす。ブオン、という小さな音と主に彼女の両手におもちゃのようなデザインのピンク色の可愛らしい拳銃が現れる。

「桃の武器ってさ、このおもちゃみたいな二丁拳銃なんだよね」

 右手の銃をそっと俺のこめかみに突きつける。丁度良い嘘を探して焦っていた俺は桃の真剣な様子を恐れたのか急に黙りこくってしまった。

「なんでかなぁ、別に桃銃とかに憧れたことないのに・・・って、ずっと思ってたの。どうせなら魔法のステッキみたいな可愛い奴にしてくれてもいいじゃんって」

 引き金に指をかける。

「でも、今わかった」

 桃はそのまま身体を密着させ、椅子から降りることのできない俺の耳元に顔を寄せる。

 そして反対の手、左に持った拳銃を桃は自身の頭部にあてた。


「こうやって、二人一緒に死ぬためなんだ・・・・ってね。ダーリン、これからもずっと一緒。愛してるよ♡」


 ―――ズダァンッッ!―――


 同時、二重に聞こえる銃声と共に映像は途切れた。

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