第20話 未来予知4
俺の絶望に満ちて青ざめた表情を最後に映像は途切れた。この後どうなったのか、前後に何があったのか想像できないし、したくもない。だが、あれが幸せな未来だと言える外道はいない事だけは確かだ。
「・・・空君?」
博士も気まずそう俺の顔色を窺っている。そうだ、映像の会話を聞く限り向日葵は博士達のことを殺害している。きっと俺の不用意な一言や勘違いをきっかけに。自分が殺される未来を知った博士は、俺よりショックを受けているかもしれない。
「博士、大丈夫ですか?・・・その」
殺されてましたけど、なんて軽々しく発言出来るわけない。さっきは竜胆博士に気遣ってもらったのに、俺は俺自身のショックが大きいせいでまともにフォローする脳みそも働かない。
「くっくっく、私を心配する余裕があるようなら、良かったよ」
思いのほか、穏やかな様子の博士は、言葉を選んでもごもごと口ごもる俺を見てにやりと笑った。
「私の事は気にしないでくれ。向日葵の性質上大体の予想は出来ていた」
気丈な振る舞いに無理は感じられない。博士は俺が思うよりも向日葵達を理解していて、ヒーロー達との関係に覚悟を持って取り組んでいるみたいだ。
「寧ろ辛いのは君の方だろう。やはり見るべきではなかったな・・・」
あくまで現在に目を向ける博士。でも、俺は段々と不安になってきていた。
「・・・茜さん達を殺してくれって、俺が頼んだんですかね」
自分がそんな悪人ではないと信じたい気持ちと、向日葵がそんなことする筈が無いという気持ちがごちゃ混ぜになってしまい、俺は竜胆博士には答えようのない無意味な質問を口にした。
「さぁ、予知のことはわからないさ。でも私は、空君が本気で誰かの死を望むほどに弱い人間だと私は思わない」
俺も想像が出来ない、誰かを死んでほしいほどに憎むなんて。
「でも、ふられた腹いせに死んでほしいと願ったのかもしれません。その、経験が無いので自分でもわからないですけど」
「うっかりそう発言したとしても、それは罪じゃない。若者が恋愛に拗れて死ねだの殺すだの言う事は珍しいことじゃないだろ。なにも本気でどうにかしてやろうと思う人間なんてまずいないはずだ」
「そうかもしれないですけど、向日葵は俺の言葉を信じて・・・」
「だとしても、それは君の発言が悪い事にはならない。まぁ、あえて君を責めるなら君が向日葵を受け入れたことで彼女が最も強いヒーローになった事で事件は起きたのだろう。あの子はまだ幼く精神的に不安定だ。子供の内から君の影響を受けて自分でもそれを制御できなくなってしまうのも無理はない」
俺が責任を感じないように、言葉を選んで説得してくれているのがわかる。博士は少し困った顔で既に空になったマグカップに口をつけたあと、いつもの飄々とした笑顔をつくってくれた。
「要するに君が自分の才能を気に病む必要はない」
きっと嘘ではない、博士は本気でそう思ってくれている。
「もし何かあった時、責任は私にある。ヒーロー達の力を強化するために君を利用し、危険だと知っておきながらわざと君達を近づけた」
博士の表情は、上手く言えないけど色々な『仕方ない』を背負っているように見えた。社会を知らない俺にはわからない、大人の表情なのだろうか。
「・・・わかりました、向日葵の件でうじうじするのは辞めます。現実で起こったことでも無いですしね」
ここで俺がいくら悩んでも何の解決にもならない、今はただこの先彼女達と接していくための情報を手に入れることに専念するべきだ。
「そう言ってくれてよかった。じゃあご褒美に私との新婚生活でも見てみるかい?」
「えっ!?」
突然の提案に、間の抜けた声が出てしまった。
「いいじゃないか、たぶん血なまぐさい事にはならんよ」
確かにそうだろうけど、博士的にそれはいいのか?血生臭いこととは別の意味で全年齢対象にできない可能性だってあるし、女性がプライベート姿を他人の男に見られるなんて例え未来予知だとしても嫌なんじゃないか。
「空君が見たくないのならやめようか」
「・・・・・・じゃあ、ちょっとだけ」
色々と拒否したい理由はあったが、散々な結婚生活を見てしまいちょっと精神的に参っているので一度くらい幸せな未来も見たい。もちろん下心だけではなく、このままでは俺は生涯女性と付き合ってはいけない疫病神だと思い恋愛恐怖症になりそうだからだ。
「言っておくが、もし君がエッチなことをしていたら再生をやめるからな?」
「し、しませんよ!」
とは言い切れない。
*
プロジェクターに映ったのはかなり大き目の一軒家。表札には『竜胆』と書いてある。今までの流れからすると俺と博士の家だろうけど、婿養子にでもなったのか。
「ただいま帰ったぞ、空君」
「あ、おかえりなさい博士」
現れたのはスーツ姿の竜胆博士とエプロン姿の俺。もしかしてこれは・・・専業主夫?
「おいおい、博士はやめてくれよ。もう夫婦なんだから」
「そ、そうでしたね。まだ慣れなくて。・・・えっと、菫さん」
「くっくっく、いいものだな。愛する者が待ってくれる家というのも。仕事の疲れも吹っ飛んでしまうよ」
そう言うと博士はシャツのボタンを緩めながら高そうな大きめのソファーに座る、俺は甲斐甲斐しく博士のジャケットを脱がしてハンガーにかけたり、床に投げられた鞄を片付けたりしていた。若干尻に敷かれている気はするが、博士の世話をする俺は幸せそうに見えた。
「いつも悪いねぇ、空君」
「菫さんのお世話するの、結構楽しいんで大丈夫です。でも夕食の前に手洗いうがいくらいはちゃんとしてくださいね」
ちょっとお世話し過ぎて母親みたいになっている俺。
「そんな可愛い事言われると私も困るんだが・・・」
何が琴線に触れたのかはわからないが、博士はほんのりと顔を赤くした。ワイシャツにパンツスーツ姿の博士は白衣を着ていない分、身体のラインがより強調されている。息苦しいからと3つほど開けた胸元のボタンは夫婦じゃないと見てはいけないような無防備さで、無意識に隣に座っている現実の博士の顔をチラ見してしまう。
博士が俺の視線に気付く前に慌てて映像に意識を戻す。
「菫さん。俺と結婚してよかったですか?」
まだ手も洗っていない博士の隣に座り、へらへらと笑う俺。自分では想像できないくらいに腑抜けた笑顔だ。
「当たり前だろ。これからもずっと一緒に居て欲しいと思っているよ」
そんな俺のふにゃふにゃな顔にそっと右手を添えて囁く博士。映像越しでも低音の美声に少しだけぞくっとしてしまう。
「菫さん・・・」
「空君・・・」
そのまま俺たちは熱いキスをし始めた。
「ちょ、ちょっと待ちましょう博士!」
ぴた。とキスシーン最中のまま映像が止まる。
「なんだ空君。映像を止めてまで私とのキスシーンを見たかったのか?仕方ない、気のすむまで嘗め回すように見ればいいさ」
「ちちちちちがいますっ!」
危なかった、反射的に停止させて良かった。俺にはわかる、なんとなく新婚さん特有の妖艶なムードが漂っていた。あれはそのまま見続けたらそれ以上の事をやりかねない空気だ。というか恋人でもない知り合いとこんな密室で自分達がキスするところ見るのは気まずすぎる。
「もう大丈夫ですから。この続きは再生しなくていいです!」
「そうか?」
博士は残念そうに再生画面を消した。どうして残念そうなんだ、他のヒーローが知らない逃げ場のない個室で俺が変な気でも起こしたらどうするつもりだ。
「くっくっく、まぁ意外と私たちの相性はいいみたいじゃないか」
「そ、そうですね・・・」
確かに専業主夫の俺はなんだか幸せそうだったし、スーツ姿の竜胆博士はだいぶエロくて魅力的だった。年上美人のキャリアウーマンにリードされながらの新婚生活、男子高校生の妄想みたいで控えめに言って天国だ。
「いっそのこと付き合ってみるかい?」
「からかわないで下さい」
「別にそんなつもりはないんだがなぁ?」
今日はずっと博士の手のひらで転がされているような気がする。
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