第15話 浅葱空の才能2

 ただでさえ広い基地の中でも竜胆博士の研究スペースは相当に広く、アポなしで会いに行くのは少しだけ時間がかかった。電話をしながら博士の指示に従い基地内を右往左往してやっとたどり着いた場所は基地内を監視するコンピュータールームのような部屋だった。


「どうしたんだ空君、なんだか顔が青ざめているよ」

 監視と言っても基地の全てというわけではない。各隊員部屋やトレーニングルームの更衣室等のプライベートな場所は画面にないようだ。

「急に訪ねてすみません」

「いやいや、それは構わんよ。そろそろ顔を出すように連絡をするつもりだったしな」

 やっぱり五日間も出勤しないのは心証が悪かったか。

「えっと、すみません。ちょっと大学が忙しくて・・・」

「ん?・・・あぁ、私は別に君を叱るつもりはないから安心してくれ。寧ろ彼女達の妄想を膨らませるのに丁度良い期間ともいえる」

「丁度良い?」

 どういう意味だろう。

「まぁ、そのことはいいだろう。君は私になにか用事があるのではなかったのか?」

「そ、そうでした。博士、前に言っていたことについてお話が」


 俺が話始めるのを辞めて周囲を気にすると博士は直ぐに察してくれたのか、「ちょっと待っていてくれ」と言って手元のタブレットに何かを打ち込みはじめた。するとコンピュータールームのさらに奥からガゴンという鈍い音がして何もなかった壁に隠し部屋の入口が現れた。紫雲堂から基地に入るところといい、やたらと凝ったギミックは博士の趣味かな。


「さぁ、入りたまえ」

 案内してくれた隠し部屋は研究室と比べれば相当狭く、どちらかと言えば応接間に近い間取りだった。コーヒーメーカーとノートパソコン、大学の教室にあるような大き目のプロジェクターが置かれているシンプルな部屋だ。

「ここは私の休憩室、私以外の人間を入れたのは君が初めてだよ。薄紫色の壁紙がリラックスできるだろう?」

 研究室は主に白を基調としたデザインになっているから、この部屋は博士の趣味が出ているのかもしれないな。

「あ、ありがとうございます」

 暫くすると隠し扉は壁に戻り、完全な密室となった。ここなら他の隊員に聞かれる心配もなさそうだ。


「それで?前にというのはどの話のことかな?」

「その、彼女達・・・ヒーローがヤンデレだっていう話です」

 自分で口にして改めて変な語感だ。ヒーローという明るくて正義感に溢れた単語とヤンデレという暗くて恐ろしいドロドロした印象の単語。

「俺はあの時、彼女達がそういう・・・変な考えを持つ女性だって信じられませんでした。でも、もしかしたらって思えることが何度かあって」

 俺は一日中「まて」をしていた向日葵、フィランスレッドの人形に敵意を抱く桃、今朝俺の家の玄関を破壊して繰り広げられた茜さんと桃の修羅場、そして鶯さんのリストカット痕について簡潔に説明した。もちろん鶯さんの件は少しだけ濁して。

「引きこもっていたイエローがそんなことを・・・それに、桃と茜がそうわかりやすく衝突していただなんてねぇ」

 博士は驚いているというよりか、ワクワクしているように見えた。

「それに、グリーンの話は君が気付いたのではなく鶯本人から見聞きしたものだろう?」

「な、何故それをっ!・・・あっ」

「くっくっく、君は隠し事が下手で可愛いね?」

「・・・」

 カマをかけられたのか。ごめんなさい鶯さん。

「すまない、でもこれは私に事前情報があったからね。カマをかけずともわかってはいたんだよ」

 事前情報?つまりいじめの件を知っていた?

「もしかして博士、わかっていて見逃していたんですか?」

 正義の味方である茜さんが隊員をいじめているのも、博士がそれを黙認しているのも何かの間違いだと思っていたが、まさか本当の事だったのか。

「鶯さんは本気で苦しんでいるように見えました、知っていたのなら声をかけてあげたほうが良かったのではないですか?」

「そう怒らないでくれ・・・君は少し勘違いをしている」

「勘違い?」

 少し困った顔をして見えるのは誤魔化すために濁しているわけではなく、俺に信じさせる方法が難しいということか。

「と、とにかく、彼女達の様子がおかしいんです。博士は俺に茜さんを含む隊員同士の交流をサポートするようにと言いましたけど、俺が手に負えるレベルの問題じゃないと思うんです・・・俺みたいな、普通の男子大学生には無理ですよ」

「なるほど、色々と説明をしていたが要するに彼女達と付き合う自信がないと言いたいんだな」

「・・・そうですよ、俺は経験豊富でも心理学者でもない。ただヒーローに憧れていたごく普通うのモテない大学生だ。癖のあるヤンデレな女性と上手く付き合っていくなんて荷が重すぎる」

「君の言いたいことはわかった」

 博士のため息は俺の根性の無さへの呆れだろう。

「君の想像通り、彼女たちは異常だ。元々私からも説明していたわけだし、大体想像がついていただろう?」

「い、異常だなんて・・・。確かにおかしい部分はありますけど、その、異常というほどでは無いですよ。ちょっと気性が荒いとか考え方が偏っているだけで・・・」

「それだけ怯えているくせにまだ彼女達を庇うのか。わからないのか?それはまだ君が彼女達の狂気の一部しか見ていないからそう言えるんだ」

「・・・・・・」

 最初よりも自信をもって否定できない。俺が見てきたのは狂気の片鱗でしかないと言われると納得してしまう。


「で、でも、まだ人に大きな危害を与えたわけでも無いし・・・愛情という意味での執着は見せていないと思うんです」

 ヤンデレは主に愛情の深い人のことを言う筈だ。確かにヒーロー達はおかしな行動をとってはいるけど愛情表現には見えなかった。

「愛情ね・・・それはまだ君と出会って日が浅いからだよ。君がヤンデレという異質な存在に振り回されているように、彼女達もまた君に心をかき乱されている真っ最中なんだ。彼女等自身もまだ君をどういう風に見たら良いのか悩んでいる期間だろうからね」

「俺をですか?」

「そう。これから彼女達は空君に恋をして、執着して、重たい愛情をぶつけたくなる。自分を制御できない程の強い感情に振り回されることになる、今はまだ準備段階なだけだよ」

「何をそんな・・・」

 何の根拠もない、絵空事だ。

「前に言っただろう?君の才能について」

 入隊した時に言われた。俺にはヒーローとは異なる特別な才能があるらしい。


「君はね、なんだよ」

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