第14話 浅葱空の才能1


 博士と話をする為に数日ぶりに基地を訪れた俺は、何故かいまだに泣きじゃくる鶯さんを宥めていた。「そろそろ・・・」と俺が立ち上がろうとすると彼女は傷の痛みを訴えるものだから動くに動けずに大体一時間半が経過した。


 俺と桃が紫雲堂に入った時に泣いている鶯さんと遭遇してしまい、心配になって後を追いかけると彼女は何故か『ブルー』専用部屋に当然の如く入っていった。どうやら鶯さんは色々と悩みがあるらしく、リストカットの跡などから深刻な問題の渦中にあることがうかがえた。出来る事ならばどうにかしてあげたいけど平和ボケした大学生の俺には慰めることしかできない。彼女の悩みも踏まえて竜胆博士と話がしたいのに、鶯さんは力強く俺のシャツを握りしめて離さんとしている。

 ヒーロー達は変わっている。正義のヒーローという特殊過ぎる仕事をしているわけだから至極当然なのかもしれないが博士の言う通りヤンデレの素質というものがあるなら、彼女のこの行動もその片鱗に見えてしまうのは俺の考え過ぎなのだろうか。


「鶯さん、痛みは治まりました?」

「・・・」

「あの、あまりに痛むようでしたら病院に行った方が・・・」

「ダメです!」

 鶯さんは薄暗い部屋でもしっかりと俺の目を見つめている。縋るような表情にも、逃がさないようにしているようにも思える。

「病院は、だめ・・・私たちはヒーローだから。フィランスグリーンがこんな傷だらけだなんて万が一バレたら・・・」

「じゃあ、せめて博士に相談しましょう?」

 リストカットの理由は大したことないストレスとしか言ってくれないが、博士はこのことを知っているのだろうか。

「俺だってずっとここに居られるわけじゃないんです。竜胆博士なら同じ女性で年上だしヒーロー活動についても詳しい。一緒に相談に行きませんか?」

 隊員同士のいじめを含むストレス、それは博士にとっても見逃せない問題だ。あの勘の鋭そうな竜胆博士が全くそれに気づいていないとは思えない、きちんと話をするべきだろう。

「・・・ごめんなさい、あの人の事信じられなくて」

「博士の事?」

「はい。博士はフィランスレッドという戦力がなによりも大事ですから、蘇芳さんは贔屓されているんです。ヒーローとして力の弱い私の言い分なんて聞いてくれないんです。蘇芳さんは私の事が嫌いだから、博士が私を守ってくれるわけがないんです」

「・・・」

 本当に?だとしたらとんでもない上司だけど、竜胆博士は茜さんに対して強く出れないようには思えない。なにより博士の飄々として自由なイメージから利益のために隊員の不仲やいじめを見て見ぬふりをする竜胆博士というがしっくりこない。

「わかりました。では、俺が竜胆博士を説得してきます」

「空さん・・・」

「それならいいですか?大丈夫、鶯さんに頼まれたなんて言わないので、俺が勝手に気付いたことにします。第三者の俺に指摘されれば露骨な贔屓も出来なくなると思います」

「・・・・・・」

 その様子は迷っているというより何か策を巡らせている表情に見えた。暫くした後に鶯さんは観念したかのように返事をする。

「わかりました。でも、一つだけお願いがあるのです」

「なんですか?」

「きっと竜胆博士はフィランスレッドを守るために、もしかしたら私に対する個人的な悪意で空さんにあることないこと吹き込んで来るかもしれません・・・でも、本当の事を言っているのは私です。絶対に騙されないでください」

 あまりに必死な鶯さんは嘘をついているようには見えない。

「わかりました。俺は鶯さんを信じます」

 でも、彼女の言い分には無理やりな部分がある。俺は出来るかどうかわからない約束をして彼女の手を離した。これだけ傷ついている女性に『約束はできない』なんて真実を言い放つだけの度胸は俺にはない。

「そ、それとすみません。最後に一つ聞いてもいいですか?」

 俺の手を名残惜しそうに見た後、鶯さんは柔らかに微笑んで続けた。

「空さんは私の事、心配してくれているのですか・・・?」

「え?」

 思わぬ問いに深読みしてしまうが、隠された意図は少なくとも俺には見つけられない。

「もちろん、さっきも言ったけど俺は鶯さんのことが心配です。もう自分で自分を傷つけるようなことはして欲しくない・・・次にリストカットみたいなことをせざるを得ない程悲しくなってしまったらその前に俺を呼んでください」

「・・・空さん」

 明らかに故意的に傷つけられた大量の傷。本人は大したことがないと言い張るがそんなものを見て心配をしないわけがない。わざわざそれを聞いてくるというのはもしかして鶯さんのまわりには今まで心配してくれる人がいなかったからなのかもしれないな。

 親の愛情不足で自傷行為や危険な行動を起こす子供がいるというのをテレビで見たことがあるし、鶯さんの心配を疑うような言動はそういった周囲からの無関心にきずついてきた過去が原因とも考えられる。

「約束してくださいね、鶯さんが傷つくと俺が心配するので」

 それなら、自分を心配してくれる人がいるという印象さえあれば自傷行為をやめてくれるかもしれない。俺は俺に出来ることをしよう。


「・・・はい、ありがとうございます。わがままをいってしまいすみません」

「大丈夫ですよ。それじゃあ」

 俺の言葉に満足したのかやっと鶯さんの方からも手を放してくれた。

「行ってらっしゃい、空さん」

 相変わらず俺の部屋から出る気はないらしい。別に隊員の権利として支給されているだけで向日葵のようにここで暮らす気は無いから構わないけど、無断で他人の部屋に上がり込むあたりこの人を信用できなくなる。


 俺一人には判断できないことが多すぎる。とにかく、博士を訪ねてみるしかない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る