第13話 フィランスイエローになるまで2



 そんな僕の毎日が終わったのは小学六年生の梅雨の時期だった。夏休みまであと一か月半くらいかな、とか思いながらお休みの日を過ごしていると突然辺りがぐにゃりと歪んだ。

 多分それは普段なら眠っている夜のことで、その日は特別お兄ちゃんがイライラしていたから僕はお腹の痛みでなかなか眠りにつくことが出来なかった。明日も学校だからはやく眠らないとって思いながら過ごしていたら、急に家の中がおかしくなった。

 何がおかしいのかわからないけど、どこかから変な声が聞こえるし、部屋の中がモノクロテレビみたいに色がなくなってしまったようだった。

「ど、どろぼう?」

 家の様子がおかしいというだけで僕は勝手に泥棒だと勘違いし、布団の中にいるのが怖くなって自分の部屋のクローゼットに身を潜めた。本当に泥棒ならこれが安全な行動なのかわからないけど、とにかく混乱している僕は隠れようとしたんだと思う。

「・・・・・・」

 僕が隠れてから三十分くらい経ったところで、再び世界がぐにゃりと歪んだ感じがした。クローゼットの中にいる間ずっと眼を瞑って両手で耳を塞いで丸まっていたから何が起きたのか全然わからないけど、なんとなくそろそろ安全そうだなって思い、僕は外に出た。

「お、お兄ちゃん・・・」

 当然まだ夜遅い時間だから、こんな時間に起こしたら怒られるのはわかっていたけど。

 もし本当に泥棒が入っていたのだったら何か盗まれているかもしれないし、とにかく僕は怖くて不安で、誰かと話がしたくてしょうがなかった。

「起きてる?ごめんね、僕だよ、向日葵」

 すぐ隣の部屋をノックして外から声をかける。けど、返事は無い。

「ごめんね、入るよ」

 無断で部屋に入るなんてどれだけ怒られるかわからないことだけど、お兄ちゃんへの恐怖と泥棒への恐怖がごちゃごちゃになって、いつもはしないような事ができた。僕は初めて自分の意思で兄の部屋に入り、ベッドで眠る兄に近づく。

「・・・っ!!!?」


 布団から顔を覗かせている筈のお兄ちゃんの頭は綺麗になくなっていた。


 首から上が綺麗にすっぱりと切り取られているみたいに、壊れたマネキンのように頭から上がなくなっている。

「ひぃっ・・・!」

 思わず声を上げて一歩後ずさると、足元にゴツ、と動物の毛のような触感の重たい何かがぶつかる。

「・・・」

 足元を見ると、大きな目を白黒に濁らせてだらんと舌を出した兄が無様に此方を仰いでいた。

「うわあああああああああ!!」

 僕はショックのあまりその場で気を失ったらしい。





 次に僕の目が覚めた時、家から少し離れた大きな病院にいた。

 僕以外の家族が死んだと聞いたのは、あの夜から既に三日が経った頃だった。お父さんもお母さんも、お兄ちゃんと同じように何者かに殺されたらしい。

 僕はある日突然、家族という牢獄から追い出されて、一人ぼっちになった。あんなに泣き虫でどうしようもない僕なのに、その話を聞いても涙が出てこなかった。

 だって、気付いてしまったんだもの。


「そっか、本当のお兄ちゃんは別のところに居るんだ!」


 僕の大好きだったお兄ちゃん。素敵な家族。きっとあいつらは偽物だったんだ、だからお兄ちゃんは愛してると嘘をついて僕をいじめ、お父さんは都合の悪いその事実を見ようともせず、お母さんは知っていながら見て見ぬふりをしていた。あんなのが本当の家族なわけがない、きっと僕を騙す悪い奴らだったんだ。だからきっとバチが当たって死んでしまったんだ。


 その後、入院中に現れた紫色っぽい髪の怪しげな女の人に誘われて僕は正義のヒーローフィランスイエローになった。別に正義の味方になりたいと思っていたわけではないけど、あの夜僕の偽物の家族を殺したのはシャドウという化け物だっていう事や、そのシャドウを倒したのはフィランスレッドだということを聞いて興味を持ったから入隊を決めた。

 それにヒーローになれば本当のお兄ちゃんが見つかる手がかりも手に入りやすいだろうし、もしかしたらお兄ちゃんが僕の活躍を見て会いに来てくれるかもしれない。

 お兄ちゃんに会いたい。そう強く願うと僕のヒーロースーツは輝いて、巨大な電動ドリルが付いた槍を生み出した。僕の巨大なパワーは多くの人を助け、落石した巨大岩を一瞬にして粉々にし、落盤により閉じ込められたがれきの中にもスイスイ進むことが出来た。沢山の人が僕を褒めてくれて、応援してくれた。

 落ちこぼれだったこの僕が、みんなのヒーローになったんだ。




「今日からフィランスブルーになりました。浅葱空です」

 フィランスイエローになってから大体一年が経った時、僕の前に空お兄ちゃんが現れた。

「えーっと・・・じゃあ、パフェでも食べに行くとか、どう?」

 嘘だ、信じられない。まさか本当にお兄ちゃんが会いに来てくれた!

「ねぇ、それ本当?」

 夢みたいだ、やっぱり僕の本物のお兄ちゃんはいたんだ。優しくって僕の事をちゃんと愛してくれる素敵なお兄ちゃん!

「あんまり強くないけど、これからはどんどん強くなれる気がするよ!」

 僕の体の中にある愛の力がむくむくと暴れだしているのを感じる。目の前にいる空お兄ちゃんを守りたい、大好き、愛されたい!嬉しいな、お兄ちゃんとまた一緒にいられるんだ!ヒーローになってよかった!


「これからずっとずっと、僕のお兄ちゃんでいてね」


 そして僕をたくさん愛してね、空お兄ちゃん。



 僕はお兄ちゃんの言う事ならなんでも聞く。待てと言われたから待っていた、それなのにお兄ちゃんはなんだか僕と距離を置きたそうな顔をしている。石竹桃との約束を僕が邪魔してしまった時も、気にしなくていいと言ってくれた。その後も約束通りパフェを食べに行ったし、基地のある紫雲堂まで僕を送ってくれた。

「お兄ちゃん、優しい・・・」

 空お兄ちゃんは凄く優しい、だけど何故か僕に何の命令もしてくれない。僕はお兄ちゃんの命令に逆らうつもりなんてないのに、食べるものも、着る服も、体を洗う順番だってお兄ちゃんの言う通りにできるのに、そうしたらお兄ちゃんはもう二度と僕の前からいなくならない。ずっと僕だけの優しいお兄ちゃんでいてくれる。

 でも、命令されないとどうしたらいいかわからないよ。

「おなか、すいたな・・・」

 お兄ちゃんとパフェを食べに行った日から何日か経つけど、未だに僕に会いに来てくれない。勝手に会いに行くことも自分から連絡することも出来ない、そんなことをしたら嫌われてしまう。僕の頭はだめなんだから自分で考えて行動しちゃダメだ、お兄ちゃんは絶対に正しいのだからお兄ちゃんの命令をじっと待たないと。

「向日葵?私だが、ちゃんと生きてるか?」

「うん!大丈夫だよ博士!」

 この前お兄ちゃんに竜胆博士を心配させちゃ駄目だって言われたので今度はちゃんと返事をする。僕は言いつけを守るいい子だから。

「いい子にしてるのに・・・」

 どうして僕に会いに来てくれないんだろう。

「・・・そうか」

 お兄ちゃんはまだ、僕を愛してくれていないんだ。僕はお兄ちゃんが大好きで仕方がないけどお兄ちゃんはまだ僕を愛してくれていない。そう考えれば辻褄があう。

「なんだ、簡単だ・・・」

 良かった、それなら僕はいつも通り、お兄ちゃんに愛してもらえるようにすればいいだけだね。


「気付くのが遅くてごめんなさい、言われるまで動けなくてごめんなさい、僕がやっていい唯一のことがありました」


 僕はタンスから革のベルトを取り出して、そっと首の周りを一周させ、部屋を出た。


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