第16話 浅葱空の才能3

「・・・え?」


 


「どういう意味ですか?」

 当然ながら聞いたことが無い単語。

「言葉の通り、と言ってもこれは私の造語だけどね。ほら、付き合う男全員をダメにするダメ男製造機のような女性がいるじゃないか。あれもある種の才能だと私は認識している」

 女友達の少ない俺は実物を見たことが無いけどそういった話くらいは耳にしたことがある。

「それに近い、しかしもっと強力な才能がナチュラルボーンヤンデレメーカー。空君は生まれつきヤンデレをよりヤンデレ化させる能力に秀でているんだよ」

「なんですかそれ・・・」

 生まれて19年目にして初めて知る自分の特殊能力は、しょぼいとかネタとかそういう事ではなくてとにかく謎の才能だった。

「いいかい、空君?ヤンデレというのが人間の素質、才能の一つだとするならば相手のヤンデレを悪化・増幅させるのもまた一つの才能。君は交流するだけで自然と素質のある女性をヤンデレ化させる素晴らしい才能を持って生まれた特別な男なんだ」

「すみません、言っている意味が・・・大体俺、モテたことないですし」

「それは世間にヤンデレの素質を持つ人間が非常に少ないからだよ。最初から種のない土にいくら水や肥料をまいても意味は無いだろう?だから君は今までその才能に気付かなかった。それがこのヒーロー基地というヤンデレの種が多く埋まる場所に訪れたことによって才能がやっと花開いたというわけさ」

 そんなことあるのか?博士が本気で言っているのか俺をからかっているのかわからない。

「信じていないという顔だな?まぁ無理もない、私も茜が君の事を気になっているという話を聞いてもしかしたらあり得るかも・・・と感じた程度だったからな。しかし実際に空君と出会い、そしてさっきの君の報告を聞いて確信した。ヤンデレメーカーは存在する!ヤンデレ達の求めている言動を無意識で行い、愛情をより暴走させる才能はこの世にあったんだ。私は本当に嬉しいよ、彼女達の内なる愛の力を君が目覚め始めたんだ。これは凄い事だ、誇っていい事なんだよ空君。やっぱり君をフィランスブルーに誘ってよかったよ」

 このテンションの上り用、どうやら博士は本気で言っているみたいだ。しかし、やけに褒めたたえてくれるけど俺にその意識は全くない。博士の言葉だけ聞いていると女性が喜ぶ甘い言葉をささやくやり手ホストのように思えるけど俺がやっているのは常識的で平凡な対応だけだ。

「君はそのまま無意識でいいさ、浅葱空という性格と生まれ持った性質が彼女達との関係をどんどん悪化させてくれる事は疑う必要が無さそうだからね」

「悪化しちゃダメじゃないですか」

「すまないね、でも相手が異常な愛を押し付けたがる限りは好感度の上昇は状況の悪化と言えないかい?それに、君を好きになればなるほど彼女達の暴走は止まらなくなるだろうからね」

「つまり既に桃達の様子がおかしいのは、俺のせいということですか?」

 そんなの、才能どころか疫病神だ。

「まぁ、そうだな。元から多少なりとも変わった思想を持つ人間だが、君が来てからのたった数日で彼女達の行動パターンは大きく変わり、同時にヒーローとしての能力も全員が飛躍的にアップした」

「ん?博士、全員というのはおかしいです、やっぱり俺は関係ないですよ」

 もっともらしい話し方と突拍子もない理論に押されて流されるところだった。俺にも反論の余地はある。

「・・・だって俺、初日と二日目以降ここに来ていませんよ?茜さんと鶯さんに関しては今日以外だと初日に少し会話をしただけです。いくら俺にそのヤンデレメーカーの才能があったとしても、二言三言会話した程度で女性に異常なまでに執着してもらえるなんて常識的に考えてあり得ないじゃないですか」

 向日葵だって一緒にパフェを食べに行っただけだし、桃とはヒーロー活動の見学をしたくらいで特別な会話はなかった。惚れてもらえるような特別なことはしていない。やっぱりヤンデレメーカーというのは博士の考えすぎじゃないか。

「私に反論ができて嬉しそうなところ大変申し訳ないが・・・いいか空君、ヤンデレというのは常識的な考えが通用しないんだ。常識的にあり得ないという考えは非常に危険だぞ」

 やれやれ、といった様子でまた説明を始めた。

「彼女達は非常に巨大で極端なポジティブとネガティブを心に秘めているんだ。たとえ会えない時間でも心の中で都合よく君の存在を改変し、捻じ曲げ、君への愛を募らせることができる。五日間のあいだ君がこの基地に来ない事を黙認したのもその狙いがあっての事、空白の期間で彼女達の中にある浅葱空は勝手に膨らみ、大切な存在に変わっていく」

「つまり、妄想?」

「ざっくりと言えばそうだ。ヒーロー達は君との何気ない会話を勝手に自分の世界に落とし込み、結果として彼女達は全員君に惚れる」

 四人の美少女が俺に惚れる。なんてすばらしい響きだろう、今まで女性に縁のない俺からしたら天にも舞い上がる気持ちになる。ただ、これがもし本当だとしても俺にとって幸せなハーレム生活が待っている気は一ミリもしない。

「博士はヤンデレを促進させる俺の才能に期待して俺をフィランスブルーに任命したんですか?」

「そうだ。元々茜に話を聞いた時にもしや、とは思って機会を狙っていたからね。君の素質は本物で良かった、とんでもない宝物を掘り当てた気分さ。これでうちのヒーロー達はますます強力になるよ。君への愛の力でね」

「俺への愛・・・」

 年齢イコールの俺が受け取ったことがある愛情なんて両親から一人息子へのありふれた尊い愛情だけ。他人の、しかも女の人が俺なんかに大きな愛を向けてくれる実感がわかない。


「実感できないか・・・そうだ、私の発明品にちょうどいいものがあった」

「発明?」

「そう、私はどうやら天才でね。現代人が空想することしかできない夢物語をたやすく叶えてしまうことができるのだよ」

 そう言って博士はノートパソコンとプロジェクターを起動させる。真っ白なプロジェクターにデスクトップ画面が映った。

「これはありうる可能性の一つを未来予知する発明だ」

「未来予知!?」

 なんだって、本当にSFの世界じゃないか。

「本当にそんなことが!?」

「しかし残念なことに君が想像しているほど万能ではなくてね、ある選択をした場合の未来の一部分を切り取って見る。その程度の発明なんだ。AIによる計算で未来を導き出すものだから登場人物等の情報もあらかじめ入力しておかないといけない」

 見たい未来がすべて見られるわけじゃないという事か、それでも十分に凄い。

「これから君がとある選択をした場合、その先にどんな生活が待っているのかを分析し、画面に映し出す」

「とある選択?」

「彼女達の一人を選び、結ばれた未来だ」

「えっ!?」

 つ、つ、つまり。俺がヒーローのみんなと恋人になったり結婚したらどんな夫婦になるかを知ることが出来るってこと?マジで?というかそんなもの見ていいのか、もし夫婦の営みの最中をうっかり切り抜いてしまったらどうするんだ。恋愛コンプライアンス違反にならないか。

「君も男の子なんだね、顔が赤いよ。その様子なら十分に興味が出たかな?」

 しまった、露骨に顔に出過ぎていた。自分と可愛い女の子のいちゃいちゃシーンが見られるとなったら大抵の男はテンションがおかしくなってしまうものだろう。俺は悪くない。

「ま、まぁ。せっかくの発明品ですし」

「くっくっく、素直でよろしい。では・・・」

 もし本当に夫婦になる未来があったとしたら、この日俺が先に見てしまった事は謝らないといけないとか、未来予知に映るということは俺にもちゃんと結婚できる未来があるのかとか。さっきまで真面目に博士の話を聞いていたはずの俺は無防備にもそんな甘い考えを持っていた。


 どうして忘れていたんだろう、今から見る未来の恋人たちは全員世界を救える程に重たい愛情を秘めたヤンデレヒーロー達なのに。

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