第9話 石竹桃という少女2



 前方にみえるのは30階建てのビル、中央階はほぼ全てオフィスで、地上近くと最上階近くの一部フロアのみ一般向けとして商業施設を備えているタイプのビルだ。火災は26階あたりで発生、消防車等は到着したものの鎮火までは時間がかかりそう。

「えっと、桃が助けるべきは・・・」

 茜さんみたいな単身でシャドウの巣穴に乗り込めるチート能力のない桃達の活躍の場は意外と限られている。例えば火を消すのもがれきを取り除くのも人間だってできる。人数が多ければ人間の方が向いている場合もあるし、大体そんな地味な仕事をヒーローにやらせるなんて勿体ない。

 では、何をするのかと言えば一般人が手の届かない急を要する現場のフォロー、道具に頼るしかない一般人はどうしても行動に制限があるからそんな人達が手の出せない場所に颯爽と現れて解決、残りのこまごました後始末は一般の人にお任せして去っていくというわけ。

 つまり、絶望的に目立つ美味しいところを探してしまえばいいわけ。

「高層ビルの火災といえば・・・」


「おい、上の方に子供がいるぞ!」

「なんだって!?親はどうした!」


 ビンゴ。ビルの最上階付近、既に火が回っているフロアに取り残された子供がいる。

「やっぱりヒーローの仕事と言ったらこれだよねぇ」

 大きな施設の火事ではパニックになった一般人が幼い子供とはぐれてしまう事がよくある。そもそも落ち着いて避難すれば火が回る前に脱出何てそこまで難しいことじゃないし、今回も多くの人が既に外に避難できている。

 だからこそ、取り残された幼い子供を助けるのは最高に目立つ。火災の真っただ中という危険な場所に、親に取り残されてしまった可哀そうな子供を助けるために乗り込む。ヒーローらしい美談になる。

「まぁ別に・・・子供の命なんてどうだっていいけど」

 もし間に合わなくても叩かれるのは火災を起こしたビルか子供を置いて自分だけ逃げた親で、誰もヒーローが悪いとは言わない。寧ろ焼け焦げた子供の遺体を持ってきて涙を流し謝罪するシチュエーションなんて馬鹿な一般人は好きそうじゃない?そこで親が桃が遅いから悪いとか喚きたててくれれば最高、みんな絶対桃の味方をしてくれる、悲劇のヒーローになるもの。

 桃は健気に助ける姿をみんなに見せることが出来ればそれでいい。正義感でヒーローなんてやってない、桃はただフィランスピンクが一番人気になることにしか興味が無い。

「見て!あそこにいるのは・・・」

「フィランスピンクだ!」

 わざとらしく近くのビルに建つと桃に気付いた一般人が騒ぎ立てる。いい、もっともっと声を上げて。可愛い桃を見て!

「助けてください!上の階に小さな男の子が取り残されているんです!」

「お願いしますフィランスピンクさん!」

「どうかあの子のところに行ってあげて!」

 無責任な民衆の声に心を動かされたふりをして、大きく両手を広げる。桃の心に反応したかのように現れた二丁の拳銃、これは私の武器。

 手のひらにぴったりと収まる玩具みたいなデザインの二丁拳銃、べったりと塗られた安っぽいピンク色に黄色のハートが描かれている。武器に詳しくない桃でもわかるほどにふざけたデザインは漫画に出てくる近未来的な銃に近い。ビームは出ないけど。やたら大きく作られた銃口は桃の気持ちに反応して、桃の手足のように動いてくれる。

 両手に持った銃をビルに向けて発射させ、銃口から飛び出たのは弾丸ではなくフックショット。細長い線に身を委ねてビルとの距離を縮めることが出来る。

「どうせなら豪華な天使の羽でも生えてくれればいいのに」

 フィランスピンクの機動力の高さはこの拳銃型フックショットに由来している。ただでさえビルの上を飛び移れるのほどの力を持っているヒーローなのだからフックショットによるサポートさえあれば空を飛んでいるようにすら見えるってわけ。普段は細い線でありながら桃の意思に反応して自由にしなる鋼の鞭にもなる、この二丁拳銃は桃の手足のようなもの。

「あと一発でつけそうだね」

 危なげなくビルに張り付き、そのままスルスルと壁伝いに上昇していくと少年が目に入る。五歳くらいの小さな男の子が窓から顔を出して大泣きしているところだ。

「君!離れてて!」

「・・・!」

 泣きわめく少年の近くの窓へ矢先を打ち込み、反対の手に持った拳銃を窓ガラスにぴったりとつける。

 ―――パリィン!!―――

 ゼロ距離で発射される衝撃音はガラスが割れる音に吸収され、高層ビルに備え付けられた強化ガラスはいとも簡単に崩れた。よし、このまま中に侵入できる。

「フィランスピンク・・・!」

 部屋に入ると酷く怯えた様子の少年が桃の方に駆け寄って来る。小学校低学年、純粋な子供、見た目も良し。このまま少年を抱えて非難することは簡単だけど、そのまえに一工夫しておく必要がある。

「怖かったよね、お姉さんが来たからもう大丈夫だよ」

 目線を合わせ、優しく声をかけ、そして、そっとマスクを捲る。

「・・・えっ」

 表向きの理由はこちらが笑顔になれば子供は笑顔になるから、無機質な姿よりも優しいお姉さんの顔のほうが安心感を与えることができそうだから。

 ごくり、と少年が生唾を飲み込んだ。表情から見て取れる、身の回りでは見ることのないレベルの美人なお姉さんの笑顔に心を奪われた瞬間。桃はこの表情が大好き、熱く、特別な、純粋な心が桃色に染まっていく瞬間の表情。桃が特別に魅力的な存在だから引き出せる少年の中に秘められた特別な感情。

「さぁ、お姉さんに捕まっててね」

 戸惑う少年にこちらから触れる。戦隊ヒーローのお姉さんに性癖をゆがめられた君は桃のスーツをちらちらと見たり見なかったりしながら真っ赤な顔で抱えられる。それに気づかないフィランスピンクは再びマスクで顔を隠して、颯爽とビルから飛び出していく。そんな記憶が君のこれからの人生を縛っていく筈、そう思うとわくわくする。

 あ、もちろんパパやママにフィランスピンクがすっごく可愛い女の子だったって言うのを忘れずにね。

 たった三か月で慣れ過ぎてルーティンと化したヒーロー活動を終え、フィランスピンクは市民の称賛の声を背に夕闇に消えていく。

「先輩は、どんな顔をするのかな」

 恋に落ちた瞬間の表情は、桃が圧倒的な強者だと教えてくれる。

 誰よりも可愛く許された存在だということを改めて自覚させてくれる。

 大丈夫、今日も大丈夫だった。

 ちゃんと勝った、一番だった。

 でも足りない、もっと、もっと欲しい。一番可愛い桃が一番愛される、その証拠を、目に見える証拠がもっと欲しい。




 *

「・・・桃?」

 先輩の声に振り返る。

「・・・」

「そ、それ・・・何をやっているんだ?」

 先輩は桃の手元に視線を寄せた。

「何って、握りつぶしているんですよ?茜さんを」

 ブチブチブチブチ、と糸がはち切れる音。

「茜さんって・・・フィランスレッドのぬいぐるみだよな、どうしたんだそれ」

 目の前に本物の桃がいるのに、どうして先輩は人形なんかを見ているのか。

「なんでそんなこと聞くんですかね?」

 頭と体を握り、思いっきり引っ張ったら今度は布が裂けた。

「それ、どこから持ってきたんだ」

 桃の手の中には茜さんの残骸しかなかったので、そのまま手を開いたら風に乗ってそれはどこかに飛んで行ってしまった。

「さっき助けた男の子が、持っていたんです」

「なんでそれを!助けた子供がもっていたぬいぐるみを壊しているんだ」

「・・・?」

 何故だろう、先輩は怒っている。

「どうしてフィランスレッドのぬいぐるみを壊してるんだ」

「だって、桃が助けたのにレッドが好きだっていうから」

「!?」

「おかしいじゃないですか。あの子は桃に惚れた筈なのに、確かに桃の可愛さを見た筈なのに・・・フィランスレッドのぬいぐるみを桃に渡してきたんです」

「何の話をしてるんだ?」

「さっき桃が助けた男の子・・・僕の宝物だからあげるって、よりによって茜さんのぬいぐるみを渡してきたんですよ!?おまけに『大事にしてね』だなんて、おかしくないですか?おかしいですよね、桃に助けられて、フィランスピンクを好きになったのならレッドのぬいぐるみなんてその場で滅茶苦茶にしてゴミにしてしまえばいいのに!どうして大好きな桃にそれを渡すんですか?おかしくないですか?宝物じゃないですよね?」

 桃が助けたのだからその心は桃が一方的に独占していい筈なのに。

「ど、どうしたんだよ桃・・・その子は今はピンクが一番好きになったんだろ?いいじゃないか。だいたい子供なんだから深く考えずに助けてくれた桃に感謝の気持ちとして一番お気に入りのおもちゃをくれただけだよ・・・」

「良くないですよ!桃の事が一番好きなのにレッドのぬいぐるみが宝物だなんて!大事にしてほしいと思うなんて!あり得ない!それじゃあなんですか?わざわざ助けに来た桃と画面越しにしか見ていないレッドが同レベルっていうことですか?」

「どれくらい好きとか別にいいじゃないか、ヒーローってそういうものじゃないのか?というか、知らない人からの人気とか、どうでもいいだろ」

 人気とかどうでもいい。どういう意味だろう。とんち、なぞなぞ、ひっかけクイズ?

「・・・」

 考えても桃にはさっぱりわからない。どうでもいいわけないのに。

 状況を整理する。少年は助けてくれた桃に大好きと言って宝物をあげるといった。その宝物というのはフィランスレッドのぬいぐるみだった。その子は桃が大好きなのにレッドのぬいぐるみが宝物だというのはおかしい。普通フィランスピンクである桃が好きになったのならレッドのぬいぐるみはゴミ同然になるのでその場で捨ててしまう。つまりあの少年は桃の可愛さを見ておきながら改心していない?

「・・・やっぱりおかしい」

 このことに怒るのは当たり前だと思う。それで先輩は人気とかどうでもいい、ヒーローはそういうものって言っていた。少年の行為を気にする必要はない、という意味?

「・・・!」

 もしかして、嫉妬?

「・・・桃?」

 空先輩こっちを見てる、なんだか不安そう。もう火事はひと段落ついたし不安になる要素なんてないはずなのに。あぁ、桃わかっちゃった。先輩、あの男の子に嫉妬してるんだ。桃があの男の子がフィランスレッドを好きなことに腹を立てているから、嫉妬してあんなこと言ったんだね。そっか、ヒーローはそういうものっていうのはヒーローと一般人にある大きな壁があるのは仕方がないからそんな奴らを見るなってこと。人気とかどうでもいいっていうのは、俺にとっての一番は桃だから他の有象無象からの人気なんて気にしないでっていうことだ!

 だから不安そうなんだ、彼氏でもないのに嫉妬して、むしろただの少年に嫉妬するなんてもう告白しているようなものだから。桃の返事が怖いんだ!

「ふふっ、先輩ってば可愛いです」

「え?」

「先輩の言いたいこと、全部わかりましたよ」

 そっか、先輩はもうとっくに桃のことが大好きだったんだ。仕方ないよね、桃は誰よりも可愛いんだから先輩が簡単にメロメロになっちゃうのも無理ないよ。ごめんね、茜さん。先輩の心はもう桃のものだし、桃は可愛さに油断なんてしないからこれからもっともっと先輩を愛してあげて、先輩の愛を独占するから。

「あの、お願いがあるんです」

「な、なに?」

「桃に会った時はたくさん、可愛いって言ってください」

 あぁ、可哀そうな茜さん。こんなに簡単に先輩を手に入れてしまって。可愛いって、ずるいですね。

「そしたら、もうこんなことしません」

 これからは先輩の恋人なんだから、あんまり嫉妬させないようにしないと。

「いいですか?空先輩」

 先輩は喜んで頷いてくれた。




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