第8話 石竹桃という少女


 *

 十八時四十四分、空先輩は古本屋『紫雲堂』を出る。

 同刻、落ち込んだイエローと手をつなぎ空先輩は駅前の方へ歩き始める。


「やっぱり桃の思った通り・・・」 


 十八時五十分、身体の小さいイエローに合わせて歩幅を緩めはじめる。

 十八時五十八分、好きなスイーツの話題を振る。チーズケーキと答えるイエローに話を合わせつつも自分自身の好みの話題ついてはあっさり終わらせる。

「なんであの雌ガキは空先輩の話をもっと聞かないの。黙りこくって最低限の返事しかしないなんて先輩退屈してるじゃない・・・まぁ、桃は聞かなくっても先輩のことならなーんでも知っているけどね」


 空先輩の好きなスイーツは和菓子。一番好きなのはイチゴ大福だけど餡子系のお菓子は全般好き。粒あんよりこしあん派ではあるもののどちらも美味しくいただけるのでこしあん過激派の話題に同調できないで気まずい思いをしたことがある。たい焼きは尻尾から食べる派、理由は最後の後味に餡子の甘味がより強く残っている方が幸せだからとの事。最近気になっているのはブドウ大福だがダイフクの甘味を引き立てるのに最も最適なのは甘酸っぱいイチゴだと考えている為いまいちブドウ大福を認められずにいる。


 十九時二分、駅前のファミレスに到着。見つからないように桃もあとから入店する。空先輩達はトイレに近い奥まったボックス席に案内される。

 十九時十一分、チョコバナナパフェとイチゴパフェを交互に見て悩むイエローに気づき、二つ頼んでシェアすることを提案する。直前の様子から先輩は本当はあんみつセットを注文する気だった模様。謝罪するイエローに対して『俺も食べたかったから気にしないで』と気を遣う。

「あぁぁ・・・先輩ってば神対応。やっぱり先輩は桃の理想の彼氏だよ」

 私、石竹桃は昨日初めて空先輩と出会った。そして一目見た瞬間に気付いた、桃の彼氏にふさわしいのは先輩だって。

 実は元から探してはいた、桃にとっての最高の恋人にふさわしい男性。この最高の恋人というのはイケメンで頭が良くて将来有望、みたいなことじゃない。そんな下らない理由で相手を選別するのは低レベルな女のすること。かといって話があうとか一緒に居て落ち着くなんて理由を探すのも馬鹿、あれはただ自分に見合ったスペックの男に満足するための理由付けに過ぎないし。そもそもそれって、相手ありきの理由じゃない、相手がどんな人かで恋人を選ぶなんて桃には全く理解できないや。

「好きな人は、自分主体で決めないと意味ないのになぁ」

 その点桃は正しい。『誰を好な自分が一番かわいいか』で恋する相手を決めているのだから。

「一番桃が輝ける恋人は先輩だよ」

 桃は『自己愛』によって戦うフィランスピンク。自分が可愛ければ可愛いほど愛の力は強くなる、可愛いものが大好きな桃が一番可愛い桃自身への愛でどんどん強くなれる。そして気付いた、恋をする女の子は可愛い。桃がこれ以上可愛くなるために素敵な恋愛は絶対に必要なの。

 美人女優が不細工な芸人と熱愛発覚するとちょっと好感度が上がるアレがあるけど、あれってやり過ぎだと思うの。だって露骨過ぎて売名行為だって騒ぐ人も結構いるじゃん?大体最低レベルは超えていないと隣にいる女優さんまで不細工に見えちゃう。やるなら顔はまあまあだけどとにかく好感度が高くて、この人が惚れた相手ならきっといい子なんだろうなって思わせるような男性を選ばないと。その塩梅がとっても難しいんだけど、桃は可愛くなるための彼氏についてたくさん考えてきたから先輩を見てすぐにこの人だって気付けたよ。

「なにより、あの茜さんが好きな人だもん」


 あの日、フィランスブルー入隊を伝えに来た茜さんを見てピンときた。

「ピンク、伝達がある」

「あれ?茜さん、珍しいですね」

「新しくフィランスブルーが入隊することになった、今博士にスーツを作ってもらっている。もうすぐこっちに来るから挨拶したほうがいい」

「はーい」

 最初の違和感は、普段は博士以外と殆ど話したがらない茜さんがやけに饒舌だったこと。入隊してまだ三か月だけど、茜さんのイメージはヤンキーみたいっていうか、一匹狼?って感じ。

「ブルーさんってどんな人なんですか?桃より年上?」

「・・・あぁ、十九歳だ」

 隊員を名前ではなく色の名前で呼び、本名を覚えようとしない茜さんが新人の年齢をすんなり答えられた。これは何かあるって思うよね。

「じゃあ桃より先輩ですね。あ、でもヒーロー的には桃より後輩か!初めての後輩でちょっと楽しみです」

 桃が可愛くほほ笑んであげると、茜さんはなんだか青ざめた不安そうな表情をしてた。可愛い桃を見て女が不安に思う事なんて一つしか思い浮かばなかったから、ほぼ確信してたけど確認してみたの。

「もしかしてブルーさんって男の人?」

「・・・!」

 顔がこわばる茜さんなんて、初めて見た。いつもむすっとした顔ですましてて、何考えてるかよくわからない人なのに。この話題になってからはまるで普通の女の子みたいに表情豊か。

「茜さん?」

「そ、そうだ」

「そうなんですね!男の人かぁ、かっこいいですか?」

「・・・さぁな」

 『タイプだったら彼氏になってもらおうかな』くらいのからかいをしてみようかと思ったけど本気で殺されかねないのでやめておいた。どちらにせよ茜さんが特別扱いする男性というだけで興味がわく、桃達ヒーローにとって、その付加価値はなによりも大きいのだから。

 愛の力というのはヒーローにとって信念のようなもの。心の中にずどんと立つ大きな大黒柱。普通なら誰にも見えないそれが、他の人よりも小さいとか弱いと比べられる事の屈辱を知るのは、桃達ヒーローだけだと思う。桃の自己愛というエネルギーは茜さんにより弱い、世界一可愛い桃への愛情が他のものに劣るなんて、そんなこと認めたくない。世界一可愛い桃は世界一大きな愛に恵まれるべきだし、それによって世界が平和になればいつか世界中が桃の可愛いで満たされる筈。

 だから桃は、誰よりも可愛くないといけない。

「初めまして、浅葱空です。君は、園辺野高校の子?」

 浅葱空、さわやかな名前。見た目は平均的だけどちゃんと磨けば中の上、付き合ってからオシャレでカッコよくなった彼氏っていうのはなかなかポイント高い。元高校の先輩で3つ上、やっぱり恋するなら年上がいいよね。話し言葉の節々に紳士的な優しさを感じる、でも女の子にはあんまり慣れていないみたい。純朴で一途そう、浮気出来ないタイプっぽいなぁ。

「彼女も好きな人もいないから・・・。大体俺なんかと付き合いたい女の子なんているわけないって」

 予想通り茜さんの気持ちにはピンと来ていないみたい。素直になれず嫉妬に狂った粗暴で最強なフィランスレッドという凶悪な障害、それを少女漫画の悪役みたいに乗り越えて先輩と結ばれたら桃はまさにヒロイン。ハッピーエンドが目に見える、茜さんという悪を乗り越えて桃は誰よりも魅力的な存在になれる。それに正義のヒーロー同士が恋人っていうのも素敵、二人だけの秘密を共有して協力し合える理想の二人になる筈。

 この人を桃の彼氏にしよう。空先輩は桃の理想の恋人だ。


 十九時五十分、パフェを食べ終えた先輩は「夕飯食べられなくなっちゃうな」と笑っている。

 大体こんな時間からパフェを食べに行く計画自体が少し無理やりな気がする、もしかしてイエローと何かあったのかな。無理やり泣きついて先輩を連れて行こうとしたとか?あのガキはちょっとわがままな所があるからあり得ない話じゃない。だとしたらいい子ぶって譲らないほうが良かったかな。でも結果的にあの雌ガキの好感度を下げることが出来ただろうから大丈夫かな。

 先輩の事をなんにも知らないで気遣いもできない雌ガキより、先輩の食べ物の子のみから好きな女性のタイプまで全部知り尽くしてその通りに合わせてくれる子の方が好きになるに決まってるもんね。昨日帰ってからすぐに桃は先輩のSNSを、先輩が覚えていないくらい昔のものまで全部遡って先輩の事調べてあげたんだよ。これだけ先輩に尽くしてくれる女の子何て他にいないよ。桃が可愛いのは間違いないけど、先輩のことを知れば知るほど先輩は桃の事が好きになる、そうしたら確実に桃に告白してくれる。

「待っててね、先輩」

 今から楽しみだなぁ。先輩が桃の彼氏になった時、桃は世界一可愛くて強いヒーローになれるんだ。

「あ、先輩がお店から出る・・・ついていかなくちゃ」

 見失わない、けど向こうに見つからないような程よい距離を保ちつつ此方も後を追う。すると、ポケットに入ったスマホがなった。

「うわ、出動命令だ」

 ここから車で二十分ほどのビルで火災が発生したので現場に直行しろっていう博士からの連絡、先輩のことを見守るっていう大事な仕事があるけど仕方ないか。


 駅のトイレに入り、スクールバックからヒーロースーツを取り出す。桃専用のピンク色のスーツはミニスカートにニーハイソックスのようなシルエットで他のヒーローよりも可愛くできている。

「いくら可愛くても顔が見えないからあんまし意味ないんだけどね」

 正体がバレないように薄灰色の液晶で目元が覆われたマスク、これのせいでフィランスピンクが美少女だという事実は世間には浸透していない。ネット上ではたびたびヒーローの人気投票なんてものが行われているけど、ヒーロー歴が長くて最強なフィランスレッドはともかく、グリーンが評価されるのは不満で仕方がない。フィランスグリーン・・・鶯さんはヒーロー歴三年とそれなりにベテランのくせに能力は桃と大差ない。でも無駄にデカい胸のせいで人気がある。スーツさえ着ていなければ冴えない地味女なのに、桃の方がずっとずっと可愛いのに、素顔を知らない世の中の馬鹿共はそんなこともわからない。

「変身完了っと」

 いつものように窓から脱出して、そのままさっきまでいたファミレスの屋根の上に飛び乗る。えっと、火災現場はあっちの方だね。車で二十分といっても桃の脚なら一分もかからず到着できる。寧ろ着替え時間のロスの方が大きいくらい。これだけ何でもありの技術力を持っているんだから一瞬でヒーローに変身できる発明品とか作ってくれないのかな、今度聞いてみよ。

「あれ?空先輩だ」

 屋根から見下ろすと見失ったと思っていた空先輩が紫雲堂から出てきたところだった。そっか、イエローを基地まで送り届けていたんだ。これはチャンスかも。

「せーんぱい!」

「?」

「上ですよ、上!」

 すかさず紫雲堂の屋根に移動して声をかける。

「フィランスピンク!?」

「えー、桃って呼んでくださいよぉ」

「いやいや、その恰好の時に本名は呼べないって・・・」

「言われてみればそうかも?まぁいいや、これから出動なんですけどお仕事見学しませんか?」

 昨日会った時に先輩はヒーローに憧れを持っているようなことを言っていた、桃が活躍する姿を見せるのは好感度アップにつながるし、できれば先輩の指導係として密接な関係を気付いておきたい。

「え、いや、でも・・・」

「時間がもったいないから、連れて行っちゃいますね?」

 眼を瞑り、桃は自分の姿を強く強く思い描く。鏡をじっと見てメイクをする桃、セーラー服姿の桃、水着を試着する桃、なるべく鮮明に、可愛く。

「・・・いい感じかな」

 強くイメージした桃自身の姿で頭がいっぱいに満たされると同時に、胸に描かれたハートの模様が微かに光る。自分の指先までエネルギーが充満したのを確認して、先輩の手を取る。

「さぁ、桃についてきてください」

 戸惑う先輩の手をしっかりと握ると桃達の周囲に薄桃色の空間が発生する。そのまま高く飛び上がり目的の方角へ跳んでいく。

「えっ、な、なにこれ」

 戸惑う先輩は桃の手をしっかりと握りってる、可愛いな。

「桃は機動力が高いヒーローなんです、こうすると手をつないでいる人も一緒に飛んでいくことが出来るんですよ」

「す、すごいね・・・」

 つまり手を離すと高速移動の空中から真っ逆さま、それに気づいた先輩は恥ずかしさも忘れて桃の腕に捕まってくれる。どうせならキスしないと駄目っていう設定にすればよかったかな、なんて。

「もっとくっついててもいいんですよ?先輩」

 あっという間に目的地に到着。空先輩は途中から眼を瞑って私の腕にしがみついてた。

「・・・」

「せんぱーい?」

「あっ!ご、ごめん」

 足元に地面があることに気付いて慌てて手を放す。もうちょっとからかいたいけど、ちゃんとお仕事しなきゃね。

「じゃ、桃は善良な市民のみなさまを助けに行きますので、そこで見ててくださいね?」

 パチンっとウインクを決めて再び空に向かって勢いよく跳び上がる。

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