第7話 朽葉向日葵という少女2
「・・・お兄ちゃん、パフェはこれから連れて行ってくれるの?」
モジモジとしながらこちらの様子をうかがう、わがままを許してほしいと思いつつも無理をさせられないといった顔だ。後で連絡すると言ったら丸一日も動かず待っていた女の子がこう言っているんだ、ここで濁したら今度はどれだけ無理をするかわかったものじゃない。
「あ、あぁ。今から行けるか?」
「やったぁー!嬉しいな!」
遊園地に連れて行ってもらえると知った子供のようにぴょんと飛び跳ねる向日葵。その様子は無邪気で可愛い女の子そのものだが、先ほどの奇行を考えると不安が拭えない。
「あー、でも・・・お兄ちゃん?」
「ど、どうした・・・あっ」
向日葵が身に着けているのは昨日と同じTシャツと短パン。そうか、年頃の女の子が一日着っぱなしの服のまま出掛けるなんて恥ずかしいか。
「えっと、外で待ってるから。ゆっくり準備しなよ」
「うん!わかった!」
とりあえず部屋から出て深呼吸をする。さっきのが博士の言っていた異常性という言葉を再度思い出す。確かに向日葵の言動は常識的とは言い難い。俺の気軽な『待て』に対していくらでもその場から動かないと言い、それは勘違いだと指摘すると謝罪のために自らに暴行を加えることを提案する。どう考えても自然に育った人間が思い付く発想ではない、しかも向日葵はまだ中学生だ。そうせざるを得ない、そうするのが当たり前な環境にいた・・・そう考えるのが自然だろう。
「お兄ちゃん、準備できたよ」
やけに早いが扉の向こうから向日葵に呼び掛けられる。俺を待たせまいと急いで準備してくれたのだろうか。
「それじゃあ行こうか」
俺の声を聴いてから開く扉。先ほどの一件のせいで向日葵の些細な行動に見える違和感が急に浮き彫りになったような。
「向日葵はどこの店がいいとかあるか?」
「お兄ちゃんが行きたいところがいいな」
「でも向日葵の誕生日だからっていう事だし・・・」
「いいの、お兄ちゃんが決めてくれた事が僕にとって一番の幸せだから」
「そ、そうか」
なんだろう。何かが重い。このすべてを肯定しようとする感じ。忠実というか言いなりというか、なんだ。俺の勘違いだと良いのだけど。
向日葵を連れて古本屋に戻ると、退屈そうにしていた桃と目が合った。
・・・まずい、桃と約束をしていた事をすっかり忘れていた。さっきの向日葵があまりにも強烈過ぎてダブルブッキングという男として最低だけどちょっとだけ憧れてしまう非道行為をやってしまった!これじゃ本当に博士の言っていたハーレムラブコメみたいじゃないか。
「あーっ、先輩遅いよー!桃待ちくたびれちゃった!・・・って、あれ?向日葵ちゃんも一緒なんだ、どうしたの?」
「・・・石竹桃」
先に今日約束したのは桃だが向日葵の待てを延長するのはいただけない。プレイボーイでも無い俺はこういうときの正解がさっぱり思いつかない。
そうだ、よく考えたら別にこれはデートじゃないんだ、三人で行く方向にシフトしよう。桃だって甘いものとか好きそうだし、別に2人きりで行くなんていう約束はしていない。これは名案だ。
「えーとその、向日葵とパフェ食べに行こうってことになってさ。三人で一緒に行かないか?ほら、桃は流行りの店とか詳しそうだし」
「えぇー、桃、先輩と二人っきりがよかったなぁ」
もしかして隊員同士の仲が良くないのは茜さんに限った事ではないのか!?
「なーんてね、向日葵ちゃんも一緒で嬉しいですよっ」
「そ、そっか。悪いな桃、勝手に決めて」
「大丈夫です。桃、向日葵ちゃんとも、もっと仲良くなりたいなって思っていたので!寧ろナイスアシストって感じ」
なんだ、俺の杞憂か。
「パフェだったら友達に教えてもらった気になるカフェがこの近くにあるんです。イチゴのスイーツがすっごく評判良くて、SNSでも話題なんですよ?映えるだけじゃなくて味も最高だって!決まってないならそこに行きませんか?」
「ああ、向日葵もそれでいいか?」
「・・・・・・」
「向日葵?」
いつの間にか俺の背後でシャツの裾をしっかりと掴んでいる向日葵、何故か顔を上げずに下を向いてなにか喋っている。
「お兄ちゃんの邪魔をしちゃいけない、僕はいい子、わがままは言っちゃダメだ、お兄ちゃんに嫌われる、言うこと聞かないと、捨てられたくない、逆らわない、僕はいい子でいないと・・・」
「・・・向日葵?」
口の中で小さくボソボソと呟く言葉は聞き取れない。
「えっと、気分が悪いなら今日はやめておくか?」
「ち、ちがうの。僕は・・・」
「あーっ!!」
何かを言いたそうにしている向日葵に困惑する俺を見た桃が、急に大きな声をあげる。
「ごめーん!桃このあと友達と約束してるの忘れてた!」
「え」
「・・・」
不穏な空気を察したからか、ただの天然かわからないが桃は自分の荷物をまとめだす。
「やっぱ今日ダメだわ!ごめんね先輩?可愛い桃と一緒にお出かけしたかっただろうけど・・・放課後でーとはまた今度ね、ばいばーい」
一方的に店から出て行ってしまった。今回は桃に助けられた・・・のか?
「じゃあ、向日葵。二人で行こうか」
「・・・ごめんなさい」
「え?」
「僕、邪魔した。石竹桃とデートだなんて知らなくて」
な、なんだいきなり。何を勘違いしてるんだ。
「お兄ちゃんの邪魔をする僕なんていらないよね、ごめんなさい。もうしないから、絶対しないから、いなくなるから嫌いにならないで」
「え、いや、その、デートって言うのは言葉の綾というか。別に俺も桃もそういう特別な意味で約束したわけじゃないから」
「でも僕がお兄ちゃんの予定を邪魔した・・・」
向日葵は今にも泣きそうにギュッと俺のシャツを握りしめている。
「気にしなくていいから。な?」
「・・・・・・」
どうやらこの子は些細なことで不安になってしまうようだ。
「向日葵?」
「わかった、気にしない」
「ありがとう、僕の事許してくれて・・・もっともっとお兄ちゃんの役に立てるようにがんばるからね。してほしい事があったらいつでも言ってね」
そんなに感謝するほどのことでも無いのに、向日葵は何度もしきりに頭を下げる。その様に俺は健気さだけでなく狂気を感じていた。
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