第4話 イエローは妹、グリーンは家族?


「残りはグリーンとイエローですよね。どんな方なんでしょう」

「ふむ。どちらもその・・・いい子ではあるよ」

 含みのある言い方が気になる。といったところで目的地に着いた。

 廊下の途中にあるその部屋は『イエロー』と書かれている。

「フィランスイエローは身寄りが無くてね、この基地内に住んでいる」

「・・・へぇ」

 何故だろう、博士の様子が緊張しているような期待しているような、ソワソワしている気がする。受験の結果発表か告白の返事を待つ時みたいな不安と期待が入り雑じりつつもポジティブな想像を強く持っているような、変な表情。

「イエローは既に部屋の中にいる。ノックしたまえ」

「わ、わかりました」

 博士の表情の真意は読めないまま、俺は言われた通りに扉をノックした。

 ―――コンコン―――

「はーい」

 中から聞こえる軽快で幼い声。ガチャリ、と扉が開くとそこには黄味がかったこげ茶色のミディアムヘアを外側に元気よく跳ねさせた小さな女の子。

「あっ!ブルーの人だ!」

 見たところ中学生・・・下手したら小学生だろうか。基地に住んでいるというからもう少し大人を想像していたが何か訳ありの子供なのかもしれない。

「えっと、今日からフィランスブルーになりました。浅葱空です」

 まんまるいブラウンの目で俺の顔をじっと見つめる。見定めているのか知らないが、彼女が左右にゆらゆら揺れるたびに犬耳のように跳ねたサイドヘアがぴょこぴょこと動く。

「あさぎ、そら・・・」

「うん」

「ねぇ、兄弟はいる?」

「い、いないよ」

「・・・僕、もうすぐ誕生日なんだけど何か頂戴?」

「えっ」

 突然の催促に驚く。どうしよう、何も持っていないな。相手は子供とは言え女子、下手なことをしたら簡単に嫌われてしまうかもしれない。俺がイケメンだったら壁ドンか頭ポンポンでもしてやれたのに・・・いや、それはたとえイケメンでも初対面の男にされたら不愉快か。

「えーっと」

 自分の鞄に入っているものを改めて思い出すが、残念ながら彼女が喜びそうなものは無い。

「じゃあ、パフェでも食べに行くとか・・・どう?」

 無い頭でなんとか思い浮かんだ提案を出してみる。これなら気持ち悪くないよな、一応同僚になるわけだし一緒に食事くらい普通だろう。

「・・・」

 誕生日ならケーキのほうが良かったか?

「ねぇ、それ本当?」

 彼女は純粋な瞳で俺をとらえる。それが期待に満ちたものだということは俺にでもわかった。良かった、気に入ってくれたみたいだ。

「もちろん、君さえよければ」

「やった!ありがとうお兄ちゃん!」

「お兄ちゃん!?」

 がばっ、と唐突に抱き着かれてよろめく。俺の貧弱な両腕でなんとか小さい身体を支えてやると、少女はにこにこと嬉しそうにしている。

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ?僕は朽葉向日葵(くちば ひまわり)、よろしくね!空お兄ちゃん!」

 なんだ、よくわからんが可愛いじゃないか。これが妹キャラというやつか。元気いっぱいで天真爛漫というか、パフェ一つでこんなに大喜びするだなんて、何て健気でいい子なんだ。

「よ、よろしく向日葵」

 お兄ちゃん呼びはごっこ遊びのようなものだろう、別に断る理由もないし親しい年上のことをお兄ちゃんと呼ぶことだってある。何よりうれしそうな向日葵の笑顔を見ていると野暮なことは言いたくないので特に気にしないで受け入れることにした。

「向日葵はフィランスイエローかな」

 戦隊ヒーローの元気担当と言えばイエロー。髪にも山吹色のインナーカラーが入っているし、そんな感じがする。

「そうだよ!よくわかったね!さすがお兄ちゃん」

 当たった。些細な事を褒められてしまった。

「今年から中学生で、大体一年くらいヒーローをやってるよ」

 小学生の頃からヒーロー活動していたということか。

「でも、僕あんまり強くないんだ・・・」

 ヒーローの強さは愛情の大きさだという。身寄りが無い子供が一人でこんな場所に暮らしている時点で、向日葵はいったい何に対する愛情をそんなに強く持っているんだろう。

「あんまり強くないけど、これからはどんどん強くなれる気がするよ!」

 これから?どいうことだろう。向上心があるというだけの話か。

「・・・だって、お兄ちゃんを見つけられたから」

「ん?」

 話が見えてこない。

「お兄ちゃんが僕のお兄ちゃんになってくれるなら、僕はたくさん頑張れるから・・・これからずっとずっと、僕のお兄ちゃんでいてね」

「えーっと、向日葵?」

「あっ!ごめんね、まだ挨拶の途中だよね?引き止めちゃってごめん」

「ああ、パフェは今度誘うから待っててくれ」

「うん!僕楽しみに待ってる!」

 なんだか一瞬だけ不穏な感じがしたが、気のせいか?

「じゃあ、また今度」

 少し違和感を残しつつ俺はフィランスイエローの部屋をあとにした。

「順調に好かれているみたいだね、空君」

 部屋から出ると外で待っていた竜胆博士がニヤニヤしていた。

「はぁ、嫌われてはいないかと」

「向日葵は何か言っていたか?」

「もうすぐ誕生日だっていうことと、俺の事お兄ちゃんって呼びたいって言っていました」

 俺の返事を聞くと博士はますます嬉しそうにする。

「やはり私の考えた通りだ、素晴らしい才能だ空君」

「え?ありがとうございます?」

 何もしていない気がするけど。


「では最後にグリーンに会いに行こう。まぁ問題ない、彼女は間違いなく君の事を気に入り、受け入れてくれるよ」

 受け入れる?どういう意味だろう。

「グリーンは君より一つ年上でな、穏やかで素敵な女性だよ」

 なるほど、癒し系というやつか。まさにグリーンにふさわしいな。桃も向日葵も元気がいいというか、良くも悪くも自我が強そうだったからきっとグリーンさんは隊員のお姉さんポジション的なやつなんだろう。

 そんな風に考えながら廊下を進んでいくと、

 ―――ガシャン―――

「す、すみません!」

 扉の向こうから大きな物音と謝罪の声が聞こえてきた。

「い、今のは!?」

 俺は慌てて扉を開ける。

「大丈夫ですか?」

 中にはスポーツジムで見るような機材が並ぶ、トレーニングルームのようだ。その端で地べたに座り込む深緑色の髪の女性と、その目の前で仁王立ちする茜さん。

「空!」

 茜さんはこちらに気付き振り返る。

「えっと、なんかすごい音が聞こえてきたので勝手に入ってしまいました。何かあったんですか?」

「空は気にしないでいい」

「気にしないでいいと言われても・・・その、奥の人泣いてるじゃないですか」

「えっ」

 茜さんも驚いて振り返る。気付いていなかったのか、まさかとは思うが正義のヒーローがいじめなんてしていないだろうな。

「・・・」

 奥で泣いている女性はジャージの袖で涙をぬぐい、眼鏡をかけて立ち上がる。

「す、すみません。私が悪いんです。蘇芳さんを怒らせてしまったから」

 眼鏡の女性が深く頭を下げると、丁寧に括られた深緑色の長い髪が垂れ下がる。その声色はまだ涙を隠しているのが明白だ。

「何があったのかは知らないですけど、こうして謝っているわけですし。茜さんも許してあげたらどうですか」

「・・・空が言うならそうする」

 茜さんは眼鏡の女性の方を見ず、床に落ちたダンベルを棚に戻す。

「グリーン。今度、あたしの過去を侮辱するようなことを言ったら許さない」

「私そんなつもりじゃ・・・」

 そのまま茜さんは部屋を出てしまった。

「・・・」

「・・・」

 残された俺と眼鏡の人の間に気まずい空気が流れる。というか竜胆博士はついてきてくれるんじゃなかったのか。隊員同士が喧嘩しているなら間に入るべきは俺じゃなくて司令官じゃないのか?

「グリーンさんですよね。俺、今日からブルーに任命された浅葱空です」

 黙っていても仕方が無いので俺から自己紹介を切り出す。

「あっ、はい。私は常盤鶯(ときわ うぐいす)です。フィランスグリーンをやらせていただいています」

 気弱そうな人だ。俺より年上らしいけどちょっと頼りない。

「えと・・・助けてくれて、ありがとうございます」

「いえいえ、何もしてないですよ」

「レッドさん・・・蘇芳さんと親しいんですね」

「そういうわけじゃないですけど」

 俺だって何故茜さんに気に入られているのか見当がついていない。

「私、いつも蘇芳さんを怒らせてしまうので。あんな風に普通にお話ができるなんてすごいです」

 普通に会話しただけですごいだなんて、茜さん本当に他の隊員とうまくいっていないんだな。

「その、浅葱さん」

「はい」

「もしまた私が蘇芳さんに責められてしまった時は、今日みたいに助けてくださいませんか?」

「まぁ、俺にできる事なら」

 初対面の俺にこんなお願いをするなんて、よっぽど茜さんの事が怖いんだろうな。

「・・・うふふ、ありがとうございます。私、幸せになりますね」

「え?」

 俯いて喋られたせいで最後の方がちょっと聞こえなかった。

「いえ、なんでもありませんよ。空さん」

「茜さんは隊員から見ても恐ろしく強いんですよね?まぁちょっと怯えちゃう気持ちはわかりますけど、普段大きな災害現場で活躍しているヒーローの方からしたら命のやり取りがある現場のほうがずっと怖いんじゃないですか?」

「そうですね。怪我をすることも多いですし」

 そういうと、鶯さんはジャージのズボンをまくる。露になったふくらはぎには大きな縫い跡、傷は埋まっているがこの跡からどれだけ悲惨な負傷だったのか想像するのはたやすい。

「これは地下ビルが崩壊した時に負ってしまった傷です。博士はとても優れた技術をお持ちなので歩けなくなるということはありませんでしたが、それでもこうやって傷は残るし、当時は痛みで眠れない程でした」

 実際の傷跡を見て改めて意識する、これは危険な仕事だということ。博士も茜さんも俺が危険を冒す必要はないと言ってくれているが、フィランスブルーとして入隊した以上は完全に他人事とは言えない。

「そしてこちらが、力を蓄え表に現れてしまったシャドウとの戦いの傷です」

 そういうと鶯さんはジャージと中のシャツをまくり上げて薄白い腹部が露出される。

「え、これっ」

 突然目の前に現れた女性の肌、鶯さんはそのまま胸付近までシャツを持ち上げようとする。

「や、ちょっと」

 紺色のレースがちらと見えた俺は我に返り後ろを向く。

「わ、わかりました。けど傷は見ないで大丈夫です!」

「・・・そうですか?」

 あのまま放置したら思いっきり下着や胸が見えていた。一体どこの傷を見せる気だったんだ。

「えっと、力を蓄えたシャドウが表に出る事ってあるんですね」

 とりあえず気を反らしつつ話題も反らす。

「はい。シャドウは本来災害という形で表に出ます。しかしその災害によって多くの死者や負傷者を出すことが出来た場合、巣穴ではない現実世界でも実態を表すことが出来るんです」

「そうなんですか」

「そのようなことは滅多にありませんけどね、ニュースでも報道されたことないと思います」

 確かにそんな話聞いたことはない。

「シャドウが表の世界に現れた時は、必ず人気のない場所に誘導して倒すようにしています。それだけ敵の力は巨大ですから・・・」

 なるほど、直接的に一般人に危害を加える可能性があるという事か。俺たちは知らなかったけど、ヒーローはこうして一般市民を庇いながら戦っていたんだ。

「この傷を負った時も、私一人では太刀打ち出来ず・・・」

「一人で戦ったんですか?他の隊員は?」

 滅多にない異常事態には全員で出動するのが普通なのでは。

「・・・仕方ないんです。他の隊員の皆様にも事情がありましたから」

「事情」

「はい。でも・・・もし私が蘇芳さんに嫌われていなかったら、あの時は来てくれていたのかもしれませんね」

 もしかして、茜さんは不仲な隊員と協力することを拒んでいるのか。そりゃ職場の同僚と気が合わないことはあるかもしれないけど、命がけで戦っている鶯さんを一人で出動させるなんて、それは本当に正義のヒーローの姿なのか。

「ごめんなさい。蘇芳さんは悪くないんですよ?ただ私が鈍くさいから嫌われてしまうだけです」

 さっきの茜さんと鶯さんのやり取りを見るからに、二人の仲が良くないのは確かだろう。茜さんの方が一方的に力を持っているのも。

「でも、これからは空さんがいますから。私今までよりは頑張れると思うんです」

「俺なんかが役に立てるかはわかりませんけど、一緒に頑張りましょう」

「えぇ」

「ところで鶯さんは、どんな愛の力で戦うんですか?」

 本当は他の隊員にも尋ねてみたかった。未知のエネルギーに変換出来るほど巨大な愛情というものが、どうやって生じているのか。パーソナルな質問なので初対面では遠慮したが、鶯さんは大人だし心を開いてくれているようだからこれくらい聞いても問題ないだろう。

「私の力ですか」

「言いたくなかったら大丈夫ですけど」

「いえ、ちょっと恥ずかしいので。・・・簡潔に言うと、家族愛です」

 家族愛、か。両親や兄弟想いの人なんだな。

「素敵ですね」

「そんな・・・照れます」

 俺達がそんな風に話していると、竜胆博士が入って来る。

「空君、君の入隊手続きの準備が出来た。挨拶が終わったならこっちに来なさい」

「あ、はい!それじゃあ鶯さん。これからよろしくお願いします」

「はい、空さん。いってらっしゃい」

 こうして俺は隊員全員への挨拶を終えて部屋を後にした。




「・・・・・・だって、空さんと私は家族ですから」

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