第3話 フィランスピンクは可愛い後輩
ぴったりと肌に張り付きそうな青い素材、胸にはハート型の模様が描かれている。レッドのようなマントはつかないベーシックな男性用ヒーロースーツ。それが丁寧にたたまれているモノを受け取った。
「これが君のヒーロースーツだよ、フィランスブルー。使いどころはあまり無いかもしれないが、高い耐久性に筋力アシスト、凡人の君でも人並み以上の身体能力を得ることは出来る。ただそれは鍛えた人間や我慢強い人間と同程度で、残念ながら人々を救うヒーローとしての活躍は不可能だ」
驚くべきことに、俺が入隊の返事をしてから経った三十分そこらで俺にぴったりのヒーロースーツが完成した。さすが正義のヒーローをサポートする博士、きっと現代の科学の何歩も先を行く技術を密かに有しているのだろう。
「さぁ、スーツも出来たし他の隊員への挨拶に行こうか。先に行った茜も待ちくたびれているだろう」
古本屋のスタッフルームの向こう側はいたってシンプルな空き部屋だった、しかしその床を開けると隠し通路が現れ、さらにその向こうには近未来的地下基地が広がっていた。竜胆博士の説明では古本屋はダミーに立っているだけでその下に隠れる今俺達がいる場所がヒーロー達の本拠地になっているそうだ。白を基調とする長い通路が続くこの場所はなかなかの広さで、茜さんをはじめ隊員の中にはここに住んでいる者もいるらしい。もちろん博士の研究所もこの基地内のどこかにあるそうだ。予想外でありつつもヒーロー物のテンプレートで予想内というか、SF映画のあるあるを実際に見たらこんな感じの微妙な反応になるんだろうな。
俺は博士に連れられて広い基地内を歩いている。茜さんが他の隊員を呼んでおいてくれるそうだ。グリーン、イエロー、ピンク、全員女性らしいが一体どんな人物だろう。
「スーツ着心地はあとで試しておいてくれ、何か問題があれば私に言ってくれれば修正しよう。ここで生活してもいいが君は実家暮らしだろう。ヒーロー活動がバレないように寝泊りは今まで通り家でしたほうがいいな」
「ありがとうございます、そうします。ところで質問なんですけど、スーツだけではあくまで身体能力向上しかできないんですよね?俺の知るヒーローの動きはどう見てもそれだけじゃないと思うんです。茜さんにいたってはシャドウの巣穴で巨大な武器を生成してましたし」
「あぁ、君のような普通の人間が着るとヒーロースーツはただのパワードスーツ程度の効力しか発生しないが、ある適正を持つ者が身に着けると胸のハートの部分に仕込んだ機能により常人離れした能力が開花するんだ」
「適正ですか・・・それはどういった人物が?」
「うちのヒーローはみんな、愛の力で戦っている」
愛の力。なんともぼんやりした回答が返ってきた。
「そんな顔をしないでくれ、実際これはマジなんだ。細かい説明は省くが、人間の持つ愛情という感情が持つエネルギーは他のどんなエネルギーにも勝る強さとコストパフォーマンスを有している。茜たちは愛情エネルギーを変換してヒーローをやっているんだ」
「つまり、愛の力が大きい・・・?」
「そういうことだ。世間的に言えば愛が重いとも言うがな」
愛の力という曖昧なものでも自分に少ないと言われるとなんだかショックだけど、愛が重いか・・・、恋人がいたことのないから自分自身愛が重いのかそうでないのかよくわからない。
「この愛情というものは全ての人間が持っているがそれをエネルギーとして放出することは出来るのは一部の特殊な人間だけだ。大抵の人間は些細な努力をする為にしか使えないよ、些細なというのは仕事とかお洒落とかそういう日常的なものの事」
俺が特別少ないわけじゃなく、ヒーローになれる子達の愛情が大きいという事か。
「若い女性が多いと言われているのは感受性が豊かな人が多いから、ということですか?」
「大体あっているよ。世間で言われる通りヒーローは女性の方が多い。母になる生き物だからなのか知らんが愛の深い人間は女性の方が多い。もちろん男性でも年老いていても適正さえあればヒーローになれるが、人間の心は成長すると安定して思春期のような爆発的な感情の起伏を起こせなくなる」
「純粋な子供の方がしがらみなく感情的になれるということですね」
その中でも愛情を与えることが出来る者となると高校生くらいがヒーローとしてのピーク期になるんだろうか。
「ちなみにこれは何も恋愛に限った事ではない。家族愛でも種族愛でも、実在でも妄想でもとにかく何かを愛し想い慕う気持ちがあればそれだけでヒーローになれる。とはいえ、エネルギーに変換できるほど無尽蔵に湧き上がる愛情なんて少ないがね。基本的には恋愛が最も多いし効率的だよ・・・ただ、不安定なものだから彼氏と別れてヒーロー引退、なんていう例も少なくないがね」
なんだかアイドルみたいだけど、確かに守ろうとしていた人に離れられたらその気力を失ってしまうのも納得だ。
「おっと、話しているうちに二人目の登場だよ。ブルー君」
「おーい、博士―っ」
「えっ」
向こうから現れたのはピンク色の髪の高校生。長細いローツインテールが特徴的で身長は高校生の女子の中では少し小さめだ。廊下の向こうから小走りでこちらに来て、少しだけ乱れた息を整えてから続けた。
「茜さんから聞きました、あなたが新しいブルーさん?」
大きな目から童顔に見えるが、振る舞いはどこか小悪魔的に感じられる。薄桃色のネイルをしていたり校則に抵触しなさそうな薄付きのリップをつけていることから何処にでもいる可愛らしい女子高生にしか見えないが、ここにいる以上は彼女も戦隊ヒーローの一員なのだろう。
「初めまして、浅葱空です。君は、園辺野(そのへんの)高校の子?」
何故一目で高校生だと判ったかというと、見慣れた制服を着ていたからだ。俺の通っていた高校は、高校の制服としては少し珍しい白ベースにと赤いラインのセーラー服で割と特徴的なので間違いない。
「そうですよ!あ、もしかしてブルーさんうちの高校の人?」
「去年の卒業生だよ」
「そうなんだぁ!じゃあ空先輩って呼んでもいいですか?」
ちょっぴり上目遣いでそんな風に可愛く言われると先輩どころか豚野郎呼ばわりされても許してしまいそうだ。自分もつい数か月前まで高校生だったとはいえ、女子高生の可愛さという破壊力にはかなわない。
「好きなように呼んでいいよ。えっと・・・君は」
「あぁっ!ごめんなさい、桃は石竹桃(せきちく もも)って言います。苗字は可愛くないから、名前で呼んで欲しいな?」
「わかった、桃さんね」
「呼び捨てでお願いします!先輩なんだから」
「桃」
「えへへ」
小首をかしげてテレっと笑う桃。これは可愛い。高校時代は帰宅部だったから後輩というものに縁がないけどこんなに可愛い後輩がいるなら部活か委員会にでも入っておくべきだった。
「桃はフィランスピンク?」
低めにくくったツインテールという女の子らしい髪型とピンク髪がトレードマークのフィランスピンクは数か月前に中の人が変わった新人ヒーローだと言われている。
「正解っ!もしかして桃のファンの人?」
「うーん、ヒーローには憧れてたよ」
「そうなの?んー、ちょっと残念だけど良かった。桃、ファンの人との恋愛はNGってことにしてるから」
「恋愛!?」
「うん。先輩結構かっこいいし、ヒーローになるってことは恋人の事すっごく大事にしてくれる人なんでしょ?もしかしたら好きになっちゃうかもしれないじゃん」
かっこいいなんて初めて言われた、お世辞でも慣れていない身としてはドキドキする。ただ残念なことに俺はコネ入隊みたいなもので、人並みの愛情しか与えてやれない凡人らしいから桃の期待には応えられないだろうな。もちろんいくら女性慣れしていないからとは言えここで必死に否定してせっかく彼女が作ってくれた和やかなムードをぶち壊すなんてことはしない。
「あー、もしかして既に彼女さんいたりします?」
「えっ」
焦って直ぐに返事をしなかったからか、言いづらくて濁していると取られてしまった。
「・・・もしかして、茜さん?」
あれ、なんだか声が低くならなかった?
「いや、違うよ。彼女も好きな人もいないから・・・。大体俺なんかと付き合いたい女の子なんているわけないって」
「そうかな?桃はそう思わないけど、まぁいっか。とりあえずLINE交換しませんか?まだ他の隊員にも挨拶しなきゃですもんね?」
「あ、うん」
ぐいぐい来る現役女子高生の圧に圧倒されっぱなしの俺はとりあえず連絡先だけ交換して彼女と別れた。凛々しい茜さんやミステリアスな雰囲気漂う竜胆博士と違って、桃は本当に普通のか弱い女の子のようだ。こういってしまっては偏見だが、桃のようなタイプの女子って直ぐに付き合ったり別れたり、軽い恋愛ばかりしているイメージがあるが、ああ見えて硬派な恋愛観を持っているのだろうか。
「桃が気になるのか?空君」
失礼な考察をしているのを一連の流れを見ていた竜胆博士に見透かされてしまう。
「気になるというか、普通の女子高生みたいだなって」
「『普通の女子高生』が常人とは段違いの重たい愛情を有しているのが想像できない?」
「まぁ、そうですね」
「くっくっく、君は正直でいいね。まぁそのあたりの答えは隊員への挨拶を済ませてからにしようじゃないか」
博士はもったいぶるようにニヤニヤと楽しそうにしている。
このヒーロー基地にはなんというか、何か大きな闇が隠されているような気がしてならない。俺の杞憂だといいのだけど。
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