第2話 フィランスブルー就任!!

「ついたぞ、空」

 どこかの目的地に到着した彼女は俺をお姫様抱っこしたまま店に入店しようとする。

「あ、あの、ちょっと待って!もう降ろしてください!」

 さすがにこの姿を誰かに見られるのは恥ずかしい。

「ん、そうか」

 ちょっと残念そうにしながら俺を降ろしてくれる。

「じゃあ、入ろう」

―――カランコロン―――

 扉を開けるとドアに掛けられた古びたベルが鳴る。店の外観を見ていなかったけど、内装を見る限りどうやら、

「古本屋ですか」

 店に入ると古本屋特有の湿気たような香りが漂う。この空気が好きな文学少女もいるらしいが俺にはあまり理解が出来ない。

「いらっしゃい・・・って、茜か」

 カウンターでノートパソコンを叩いている女性が立ち上がる。

「ん?隣にいるのは?」

 年齢は三十手前くらいだろうか、ウェーブがかった長い髪は濃い紫のハイライトが混じった妖艶な黒、片目が隠れるほどの重たい前髪から主張する青紫の瞳が印象的だ。黒いタートルネックの上には古本屋には似つかわしくない、白衣を羽織っている。女性は俺の事を見ると何かを察したのか、嬉しそうに口角を釣り上げた。

「もしかして、ついに見つけたか?」

 茜さんは嬉しそうに頷く。

「ああ、浅葱空というらしい。これであたしは・・・もっと頑張れる」

 どういう意味だろう、俺の存在とフィランスレッドである茜さんが頑張る事と何の関係があるのだろうか。状況についていけない俺をよそに、白衣の女性は茜さんの頭をくしゃりと撫でる。国民の憧れの的でありその正体はひた隠しにされているフィランスレッドの素顔を知った上で妹分のような気軽な扱いをするこの女性は一体何者だろう。

「それは良い事だ、でも茜。ヒーロースーツで無暗に移動したら駄目だって何度も言ってるじゃないか?はやく着替えてきなさい」

 茜さんは渋々といった様子で店の奥のスタッフルームと書かれた部屋に向かっていった。もしかしてヒーロースーツって変身しているわけじゃなくてセルフで着替えているのか。

「さて、と」

 白衣の女性はというと残された俺の顔をじろじろと見ている。

「空君と言ったね?私は竜胆菫(りんどう すみれ)。よろしく頼むよ」

 なんというか、大人っぽくて飄々としていて、茜さんとは違った魅力があるセクシーな人だ。

「竜胆さんも、ヒーローなんですか?」

「くっくっく、残念だけど私はヒーローじゃないよ。彼女達の司令官でサポート役、そうだなぁ博士ポジションと言えば伝わるかな?」

 なるほど、確かに戦隊ヒーロー作品には戦闘員とは別にヒーロー達が使う武器やロボットを開発する博士や戦いの指示を出す司令官がいる。大まかそういう担当の人なのだろう。

「君も私の事は竜胆博士と呼んでくれ」

「わかりました・・・竜胆博士」

「素直でいい子だ。それで、茜のことだから大した説明せずにここに連れてきたんだろう?」

「まぁ、そうですね」

「どこまで聞いた?」

「えっと、彼女がフィランスレッドで、本名は茜さんということ。と、何故か俺に興味があるっていう事だけです。というかさっき駅で不思議なことがあったんですけど、それも一体なんなのか・・・」

「なるほど、君自身が奴らの巣穴に迷い込んでしまっていたのか」

「巣穴?」

「よし、一つ一つ説明しよう。だけどその前に約束と質問がある」

 竜胆博士はさっきまでの飄々とした様子から一変、真剣な面持ちで俺の事を見つめる。

「えっと、なんでしょうか」

「君も知っての通り我々ヒーローはその素顔も、能力の秘密も、何と戦っているのかも全て謎に包まれている。これはネット上でも噂されているから薄々勘付いているかもしれないが、テレビ局や政府とのコネクションを用いて情報規制を行う程だ。まぁ実際は個人の情報発信により昔ほど正体を隠し続けることは困難になってしまったが、それでも彼女達が何者なのか、どのようにして戦っているのかは世間には知られていない。今から話すことはその真相にもかかわる、絶対に誰にも話さないでいて欲しいんだ」

 情報規制、確かにそういった噂はよく耳にした。あれだけの活躍をし続けているのに長年どこのテレビ局も確証的な映像が撮れなかったのは確かに違和感だ。それに近年YouTubeなどであげられた個人が撮った映像もモノによっては掲載後すぐに運営によって取り消されている。きっと裏で大きな権力が働いているのだろう、という推測はあった。

「もし君から何か重要な情報が漏れるようなら、我々は君を放置しておくことはできない。わかったね?」

「・・・わかりました」

 最初から俺はフィランスレッドに憧れている、所謂ファンなのだから彼女にとって不利益になることをするつもりはなかった。こうして脅されるならなおさら。

「それで、質問というのは?」

「あぁ、それは・・・」

 竜胆博士はニタリ、とほほ笑む。

「空君は現在、交際している人はいるかね?」

「・・・へ?」

 予想斜め上のどうでもいい質問に拍子抜けた声が漏れてしまう。

「えっと、それは俺に恋人がいるかどうかという意味でしょうか?」

 さっきまでの緊張感から修学旅行の夜のようなコミカルな話という高低差が激しすぎてついていけない。

「そうだな。または片思いしている女子はいるか?あ、男子でも構わないが」

「え、いや、いませんけど・・・」

 念のため言っておくと俺の恋愛対象は当然女性だ。

「ほう。配偶者も交際相手もいないんだね?」

「残念ながら・・・生まれてこのかた」

 年齢イコールという不名誉な肩書を十九年間持ち続けている。こんな美人でセクシーな女性にこんな風に恋愛経験のないことを暴露するのはなんというかとても恥ずかしい。

 しかし待てよ?何故急に俺に彼女がいるかどうか尋ねてきたんだ。普通出会ったばかりの男の恋愛関係など興味が無いはず、もし興味があるとしたらそれは相手の事が気になっているから?

「その、何でこんなことを聞くんですか?」

 改めて見ると竜胆博士は大人っぽくて知的で、ミステリアスな美しさがある。古本屋で働いているし戦隊ヒーローの博士なんていう立派な仕事もしているんだから俺よりも十は年上だとは思うが見た目的には全然アリ。そういう風に意識するとなんだか緊張してしまう。

「俺に彼女がいるかどうかなんて知って、どうするんですか?」

 期待をしながら訪ねる。

「君をフィランスブルーに任命したいと思ってな」

「・・・?」

 またまた予想外の言葉。

「わかっているさ、戦うのは怖い。そもそも自分に特殊な力が無いと思っている。確かに残念ながら空君には茜や他の隊員のようなヒーロー適正は今のところない」

「えっと・・・なら何故俺を?」

 そもそもヒーローってこんなバイトリーダー就任みたいなノリで決められるものなのか。

「君は戦わなくていい。茜の傍にいてやってくれ」

「???」

「茜には心の支えになれる人間が必要なんだ。そしてその役目は日本中探しても君しかいない!」

 全然意味が分からない。俺みたいな平凡な大学生が国民的ヒーローのフィランスレッドの支えになるなんて、素っ頓狂もいいところだ。

「知っての通りレッドは他のヒーローに比べて出動率が高い。実際に彼女は他の隊員の数倍働いてくれている。しかし見ての通りその素顔はただの女子、戦い続けるのには無理があると思わないかね?」

「いや、その、それはそうですけど。何故俺が・・・?」

「茜が君を気に入っているからだ」

「そうなんですか!?」

 確かに特別扱いというか、興味を持たれているのはわかっていたけど。

「茜は残念ながら隊の中でも孤立している。君がフィランスブルーとなって茜の良き理解者となり、可能なら他の隊員と茜の仲を取り持つ。それができるのは茜のお気に入りである君くらいだ」

 いつの間にか手汗塗れの俺の手をがっしりと握られていた。竜胆博士の薬品荒れした白い手が強く俺の手を包んでいる。

「本来は司令官であり彼女らの保護者である私の仕事かもしれない、しかしヒーローと私は上司部下のような関係。どうしても私には手に負えない部分があるのだよ」

「は、はあ」

「さっきも言った通り君が危険を冒す必要は全くない。対して適性のない君が全力で頑張るより、君のおかげでちょっとやる気になった茜の働きのほうが百倍は役立つハズだからな」

 何の基準かわからないけどヒーローとしての適性が無いとこうも連呼されると、ヒーローに憧れている身としてはちょっぴり辛い。

「それに君なら・・・他の隊員も変える事ができるかもしれない」

「え?」

 今なにか、不気味な声色だった気がする。

「いやぁ、その辺はまだ気にしなくていい。とにかく日本を救うためだと思って協力してくれないか」

 怪しげな博士から日本を救うヒーローにならないかとスカウトされる、戦隊ヒーローに憧れを持つ男子なら夢見る光景かもしれない。実際もし素直にこの申し出を出されていたら二つ返事でOKしていたと思う。ただ、俺の仕事が戦闘員としてではなくヒーローの心のケアというのがちょっと引っかかる。そもそも茜さんが俺を気に入ってくれた理由もわからないし、ちょっと好意を持たれたくらいで日夜危険に身を置くヒーローの心の支えになれるほど俺という人間は立派ではない。

「・・・すぐに返事はしてくれないか。じゃあ、先に君が駅で見た者と我々の敵についての話をしようか」

 ぱっ、と手を放し冷静な表情で腕組みをする。

「君は今日駅で謎の影を見たはずだ。もしかしたら普段の駅構内と様子が変わっていたことにも気づいたかもしれない」

「はい、まるで駅のホームがループしているかのように、進んでも進んでも出口にたどり着けなかったです」

「それはシャドウの巣穴に迷い込んでしまったからだ」

「シャドウですか」

「見た目が影みたいだからな、私がそう呼んでいるだけで実際のところあいつらに名前があるのかは知らん。奴らはいつも黒い影となって地球上のどこかへ現れる。しかし一般人に彼らの姿は見えない」

「え?じゃあ俺が見たのは?」

「シャドウが発生するとその近辺に小さな空間、シャドウの巣穴を生成する。それは君が見た通り元の世界に似ている事もある。ただその巣穴は生成のタイミングに丁度居合わせない限りは人間が中に入ることはできないんだ。つまり君は不幸にも宝くじに当たるくらいの確率で巣穴生成のタイミングに居合わせてしまったというわけだ」

 そうだったのか、凄い確率の不幸を引き当ててしまった。

「そして巣穴で成長したシャドウは我々の世界に影響を与える。君も知っているだろう、昨晩起きた列車脱線事故も線路で発生したシャドウが成長したものだ。巣穴が道路に発生すれば交通事故が、山に発生すれば雪崩れが、ビルに発生すれば火災や地崩れが起きる。日本における原因が不明瞭な災害や事故の多くはシャドウの巣穴が原因だ」

「なるほど、だからヒーローの方々は事前にその巣穴に入ってシャドウを倒すんですね」

「いや、それは無理だ」

「あれ?」

 自分で言ってから思ったが、昨夜のニュースも今までのヒーローの活躍も災害現場に現れたヒーローが物理的に現場を解決に導くものだった。謎の影と戦っているという目撃情報は聞いたことが無い。

「さっきも言った通り既に生成されたシャドウの巣穴に人間が入ることは出来ない。それはヒーローも同じ。だから我々は発生した災害を止めることしかできないんだ」

「なるほど・・・あれ?でもさっき茜さんは俺の前に現れてあの黒い影を倒してくれましたよ」

「そう。これが私達が茜に頼り切らざるを得ない部分。今現在うちにはレッド、グリーン、イエロー、ピンクの四人が在籍している。歴代のヒーローもそうだが、茜だけが唯一巣穴に侵入することができるんだ」

「それは何故ですか?」

「・・・簡単に言うと、パワーが凄い」

「パワーが凄い!?」

 説明が雑過ぎる。

「君は茜しか見ていないからピンとこないかもしれないが、彼女は規格外だ。巣穴を見つけさえすれば普通は侵入できない巣穴とこちらの世界の次元の狭間の壁のようなものを力ずくでこじ開けて中に入ることが出来る」

 なんだかよくわからないけど凄いな茜さん。

「まぁ、今回のように人間が紛れ込みでもしない限りこちらも巣穴を事前に見つけることは難しいんだがな。この辺は索敵システムの都合だと思ってくれ」

「わかりました」

「ところで、君は巣穴でシャドウの声を聴いたか?」

「あー、『証言して』とか『見殺しにした』とか『自殺じゃない』みたいなこと言っていました」

「ふむ。これはあくまで私の推理だが、シャドウの正体は人間の怨恨。恨みつらみや後悔が積み重なったものなんだ。今回の場合だと多分、駅のホームで殺された人間が飛び降り自殺として処理されたことに対する憤り、誰かに押された筈なのに周囲にいた人間の誰も証言してくれなかったことにたいする恨みといったところか」

「なんというか、こう言ってはなんですが意外と小さな事件なんですね。とてもその後脱線事故を起こさせるほどの大きなものには思えません」

「一つ一つは殺人現場を見ていた筈なのに面倒を回避するために証言しなかった傍観者への恨みという些細なものだが、似たような思いが多くの場所から集まった時シャドウは生まれるんだろう」

「そういうものなんですか」

 いまいち理解しきれていないが、そもそも日常生活にこんなファンタジーな現実が紛れているということについていき切れていないので仕方ない。そんな風に説明を聞いているとスタッフルームの扉が開く。

「着替えてきた」

 パーカーにジーンズというラフな私服に着替えた茜さんが姿を現した。茜さんは俺に距離を詰める竜胆博士を見ると急に手負いの獣のような鋭い表情に豹変する。

「おい、空に近づきすぎだ」

 ドスの利いた声に俺も竜胆博士も思わず竦み上がる。しかし竜胆博士は流石に茜さんの扱いに慣れているのだろう、降参するように両手を挙げて笑顔で俺から離れる。

「悪かったって、でも空君をスカウトしていたんだ、仕方ないだろ?」

「スカウト?」

「そう、フィランスブルーにならないか、ってね」

 博士はこちらを見て、ウィンクする。これは・・・。

「そ、空があたしの仲間になってくれるのか!?」

 茜さんは目を輝かせ、表情を明るくさせる。最初に出会った凛々しい表情、さっきの敵意剥き出しの鋭い表情、それと別人にしか見えない少女のように純粋な笑顔。

「えーっと、俺はまだ返事してなくて・・・」

「怖いのか?大丈夫、あたしが守ってやる。悪い奴はあたしが全部倒す、空はただ見ているだけでいい。誰も空に傷つけさせない」

 高揚してまくしたてる茜さんの圧に、俺は頷かざるを得なかった。

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