俺以外美少女の戦隊ヒーローに入隊したけどヒロインもれなくヤンデレンジャー

寄紡チタン@ヤンデレンジャー投稿中

博愛主義! ヤンデレンジャー!!

第1話 フィランスレッド参上!!

「大丈夫か、少年」

 絶望する幼い俺の目の前でたなびくマントは、戦の勝利を象徴する深紅の旗のようで、無造作に広がった髪は燃え広がる炎のようだった。その立ち姿の全てが強さと凛々しさで構成されていて、存在するだけで殆どの人は尊敬し、委縮するだろう。

「地球最強のあたしが来たんだ、もう安心しな」

 ガラス越しに微かに見えた彼女の瞳は、徹夜明けの太陽のように気怠く燃えていた。そんな彼女の、頼もしさの中に隠れた不穏な危うさを感じた俺は、何を言ったのだっけ。




 *

「昨日のネットニュース見た?あれやばいよな」

「見た見た!やっぱかっこいいよな!お前はどのヒーローが好き?俺はやっぱレッドかな」

「まじ?俺はグリーン推しだわ」

 電車の中で男子高校生が戦隊ヒーローの話をしている。数年前だったらいい年して熱心にそんな話題で盛り上がるなど子供っぽい、オタクだ、といった評価を受けていたかもしれない。しかし彼らが話しているのは決して日曜朝の少年向け番組のことでもヒーロー物少年漫画の話でもない、紛れもなく現実世界に存在する戦隊ヒーローのことだ。

 存在する、と言っても公にその姿が公開されているわけではない。日本各地で発生する原因不明の事故・災害現場に人間とは思えない特殊な力を持った正体不明のヒーローが駆け付け、人々の危機を救ってくれる。そんな噂が広まり国民は戦隊ヒーローの存在を認め、応援するようになった。

 そもそもヒーロー達の活躍は十五年程前から始まっていたと言われている、しかしヒーローはその姿を簡単には見せず、素顔は絶対に明かさない。災害現場にテレビ局がやって来る頃には去っていく。仮に撮影できたとしても決定的な証拠までは放送されたことはない。そんな存在だった為、多くの人間が都市伝説か、どこかのイベント会社の自作自演と言ってヒーロー達を認めなかった。実際、当時はヒーローの活躍を鮮明にとらえた映像は無く、偶然現場に居合わせた被災者たちの証言でしか彼らの活躍を知ることは出来なかった。

 しかし時代が変わり、スマホカメラの性能上昇とSNSの発達によって現場にいた被災者が撮影した写真や動画がネットにあがるようになってからはヒーローの存在を認める人が爆発的に増えた。最近では連日ヒーローの活躍がネットニュースで取り上げられ、多くの人がその雄姿に憧れ、賞賛するようになった。

「なんでグリーン?ちょっと地味じゃね?」

「いやいや、だって巨乳じゃん。絶対美人だって、フィランスグリーン!」

 戦隊ヒーロー、と言えばその正体は男性をイメージするが実際のヒーローは基本的に女性である。誰も正体を知らないので確証は得られないが目撃者によるとヒーロースーツ越しに見えるボディはどう隠しても女性の物だったらしい。過去に目撃されたヒーローの中には男性らしき人もいたが、ここ数年の目撃情報では現在活躍中のヒーローは全員女性だと言われている。何故、腕力の低い女性ばかりがヒーローなのか、女性が多いなら戦隊ヒーローではなく魔法少女の方がいいのではないか、といった疑問もネットでは考察されているが実際のところ本人たちにしかその理由を知ることは出来ないだろう。

 ちなみに、ネットでは彼女らの事をフィランスレッド、等と呼ぶことが多い。誰が言い出したかは知らないが意味は博愛とか慈愛とかそういった意味らしい。自己犠牲の精神でどんな人間でも助ける彼女達はまさに博愛の精神を持っている、ということだろう。とにかく彼女達が多くの人を救い、国民にとっての憧れの存在であることは間違いない。小学生のなりたい職業一位はもちろん戦隊ヒーローだ。

 かくいう俺、浅葱 空(あさぎ そら)も大学生といういい大人のくせに戦隊ヒーローに強いあこがれを持っている。

「・・・フィランスレッド」

 ネットニュースを開くと空高く跳ねる赤いマントの写真が堂々と掲載されていた。このマントはフィランスレッドのトレードマークで、街ではたくさんの子供達が真似をしている。昨晩は彼女が電車の脱線事故を止めたらしい。彼女は戦隊ヒーローの中でも特に多く活躍し、最も人気が高い。そして、俺の推しだ。

 俺がまだ小学生だった頃、彼女に一度助けられたことがある。ニュースになるような大きな事故ではなく、ただ林間学校のウォークラリー中に迷子になっただけだったがレッドは来てくれた。彼女にとっては近くの大きな事故の帰りに寄り道したとかそういう理由だったかもしれないが、まだ純粋だった俺の心はヒーローという絶対的な正義にがっつりと掴まれてしまった。戦隊ヒーローになりたいなんていう妄言は吐かないから、せめて彼女の顔をもう一度見たいと十年間願い続けていた。

 残念というか幸運というか、俺の人生は今のところ大災害とは無縁だった為、レッドどころか他のヒーローに出くわす機会は無かった。そもそも噂によると戦隊ヒーローは時々『中の人』が変わっていると言われている。これは目撃証言や写真の時期によって体格や髪の色が異なることからほぼ確定事項だ。つまり俺を助けてくれた十年前のフィランスレッドは恐らく今活躍中のレッドとは別人だろう。ニチアサヒーローだって入れ替わるのだから本物のヒーローが引退するのも仕方ない。

『次は~近葉野駅、近葉野駅』

 そんな風に考えてもしょうがない事をうだうだと悩んでいると目的の駅に到着する。さっきの男子高校生立はいつのまにかいなくなっていた。

 リュックを背負ってホームに降りると、見慣れた筈の場所に大きな違和感を覚える。やけに閑散としたホームなのに、まるで都会の雑踏の中心にいるかのような雑音が聞こえるのだ。

「なんだ?スピーカーの調子でも悪いのかな」

 少し不審に思いつつも気にせずお目当ての大型書店がある東口改札へと足を進める。

「・・・おかしいな」

 周囲に全く人がいない。確かに人の少ない時間帯を選びはしたが、駅周辺はそれなりに栄えているし普段ならこの時間でもまばらに利用者がいるはずだ。大体、ホームに駅員が立っていないのもおかしい。

 急に不安になった俺はスマホを取り出す。杞憂だと思いたいが何か嫌なことに巻き込まれている気がする、100当番の準備だけしておこう。

「あれ、この駅って圏外だったか?」

 地下鉄は電車に乗っている間は圏外でもおかしくないが、確かホームに降りたら電波が入った気がする。俺の気のせいだったか。繋がらないものは仕方ないので速足で改札に向かう・・・が、さっきから十分に歩いている筈なのに景色が変わらない。

「この駅のポスターさっきも見た気がする」

 いや、ポスターなんて同じ駅に何枚も同じものを掲示することだってある。俺の勘違い、大丈夫。そう自分に言い聞かせていると。

「なんで証言してくれないの」

「え?」

 振り返るとそこには、線路に立つ真っ黒な人影。人影というより、人の形をした影そのもの。

「なっ、なんだこれ!?」

「なんで証言してくれないの」

 さっきの言葉は線路に立つ影から発せられたものだった。

「証言?何の話だ」

 俺がそう返事をすると、

「あなたもそうやって知らんぷりするんだ!最低!人殺し!」

 脳に響くほどのヒステリックな叫び声を上げたかと思うと、その影はホームの向こう側、線路、いたるところに増殖しだす。

「証言してよ」

「あいつが殺した」

「お前は見ていただろう」

「私は自殺していない」

「人殺し」

「見殺しにしたあなたも犯罪者だ」

 影はぞろぞろと歩き出し、ゆっくりと此方へ向かってくる。一体一体から漏れ出る恨み言、真っ黒い人型の影は見えない顔で俺の方を睨んでいるように思える。

「ま、待って、人違いだと思う!俺は関係ない!」

「関係ないだって」

「嘘」

「嘘つきだ」

「みんなそう言ってた」

「面倒だから、証言なんてしない」

「そうだ」

「人殺しだ」

 影たちはわらわらとホームをよじ登り始める。

「・・・!」

 逃げようにもどこを見てもホームが続いている、改札はどこだ、出口はどこだ、何が起こっている。どうにかしないと、どうにか・・・。

 頭の付いていけない突然の異常に操作方法のわからないゲームのように碌に手足を動かせずにまごついているうちに、影達の上半身は既にこちらのホームに這い上がっていた。

 とにかく走ろう、そう思った瞬間。

 ―――ズバッ―――

 赤い閃光がホームを横一列に切り裂いた。同時に、身体をホームに乗せようと蠢いていた人影の身体がその閃光によって分断される。

「証、險シ言?縺励※縺無イ縺ェ縺?」

「嘘伜瑞ダ!!!」

 分断された影達の言葉はノイズに変わり、どろりと消えていく。そしてもう一撃。

 ―――ズバッ―――

 今度はこちらのホームから向こうのホームに向かって斜めに巨大な赤い光が貫く。周囲でうじゃうじゃと恨み言を言っていた影達が次々と消えていく。

「た、助かった・・・?」

 何がどうなっているのか、さっぱりわからない。とにかく目に見えない速度の何かが次々と不気味な影を倒してくれている。

「証、險シ言!証、險シ言!險シ險?縺励m!!!」

 最後の一体が消えた時、目に見えない何かは姿を現した。

「大丈夫か、青年」

 その深紅のマントは、俺が何度も夢に見た、見間違いようのないもの。

「フィランス・・・レッド・・・」

 真っ赤で胸に大きくハートが描かれたヒーロースーツに大きなマントを身にまとい、赤とオレンジの混じった無造作でボリュームのある自由にハネた長い髪をかきあげ、モデルのようなスラっとした長身にスーツごしにわかる大きめの胸。そしてガラス越しに輝く紅い瞳。その凛々しい立ち姿、まさに正義と博愛を体現したかのような頼もしさ。戦隊ヒーロー最強と言われているフィランスレッド、その人に違いない。

 そして、その声は子供の頃俺が聞いたレッドの声にそっくりだった。

「ありがとうございます!その、俺、十年前にも多分あなたに助けてもらって、レッドさんは覚えていないかもしれませんけど・・・ずっとお礼が言いたかったんです。今回の事も、十年前の事も、本当に・・・ありがとうございます!」

 がばっ、と全力で頭を下げる。夢みたいだ、さっきも悪夢みたいな出来事だったけど今は嬉しすぎて夢みたいだ。まさかもう一度あのフィランスレッドに会えるなんて!

「・・・・・・」

 俺が一方的に喋ったからか、フィランスレッドは何の返事もしてくれない。

「えっと・・・」

 まさか怒らせてしまったのでは、と思い俺が顔を上げると。なんと、フィランスレッドは顔面を覆うマスクを取っていた。

「え?」

 直に見る赤い瞳、そしてマスクをしている間はわからなかった少し尖った歯を見せて彼女はニィッと笑った。

「やっぱり君も覚えていてくれたんだな、やっと会えて嬉しい!」

 レッドの恰好をした少女は突然、俺の事を抱きしめた。

「えぇっ!?」

 ゴム製っぽいスーツ越しに大きな胸をこれでもかと押し当てられるし、ちょっと向こうの方が背が高いからより危険な感じするし、というかマスクを外しちゃいけないんじゃないかとか、なんで急に抱きしめられているのかわからないし。とにかく頭が混乱する。

「な、な、なんですか!?レッドさん?」

 生き別れの兄弟と再会したかの如く強く両腕で包まれてしまう。さすがヒーロー、腕力がエグイ。

「あの、レッドさん。苦しいです」

 俺の言葉を聞いてハッとして離してくれる。

「ごめん!大丈夫か?怪我していない?痛いところは無い?」

「あ、はい。大丈夫ですけど・・・」

「よかった、君に傷でもついたら大変だ」

 ほっと胸をなでおろす。

「なぁ、名前はなんていうんだ?君の事をずっと知りたかった」

「俺の事をですか?名前は、浅葱空ですけど」

「空か。いい名前だ」

「ありがとうございます・・・?」

 彼女は目を輝かせて俺のことを見ている。マスクを取ったフィランスレッドはなんというか、美少女だった。年は俺と同じ二十歳手前くらいだろうか、外に広がった炎色の髪と熱したガラスのような紅色の瞳が印象的で、こんな綺麗な女の子が日本中で騒がれる戦隊ヒーローのレッドだというのはなかなか信じがたい。しかし身にまとうヒーロースーツと手に持ったマスク、そして先ほどまでの非現実的な現象の数々を考慮すると信じざるを得ない。

「その、あなたはフィランスレッドさん、ですよね」

「そんな他人行儀な呼び方はやめてくれ、あたしの事は茜って呼んでよ。本名は蘇芳茜(すおう あかね)だから」

「えっ、本名教えてもいいんですか!?」

「空にならいいに決まっているじゃないか。なぁ、このあと暇だろ?」

「え?まぁ、はい」

 大型書店にしか置いていない新刊の本を買いに行くという用事があったが、どう考えてもヒーロー様からのお誘いのほうが優先だ。

「じゃあ、あたしと来てくれよ」

「え、どこに・・・」

 俺の返事を待たずに彼女は右手を勢いよく広げる。すると、どこかから彼女、茜さんの身長程の巨大なバトルアックスが出現した。

「えぇっ!?」

「どりゃっ!!」

 中央に赤い宝石の付いたバトルアックスを軽々と振る。

 ―――ザァッ―――

 それはまるで、世界に亀裂を入れたかのような衝撃だった。その勢いに一瞬だけ眼を瞑り、再び開くと周囲にどことなく漂っていた違和感が消えていた。

「あ、改札!」

 さっきまでは無限に続いているかのように見えたホームだったが、いつの間にか俺は東口改札の目の前にいた。先ほどの黒い人影とあの空間はなんだったのだろうか、普段いる世界と切り離された空間のようだった。

「あまり姿を見られたくない、行こう」

 そう言うと彼女は俺の事を軽々と抱きかかえる。いわゆるお姫様抱っこの状態だ。

「えっ、あの。何を・・・」

「ちっ、邪魔だな」

 ―――ガシャン―――

 そのまま化け物じみた脚力で改札を突き破る。え、器物破損。

 改札を蹴り一発で破壊した彼女の膝からダラダラと血が流れているがそれは直ぐに跡形もなく消えた。戦隊ヒーロー様は自動回復能力持ちらしい。

 駅の外に出ると誰かに注目されるよりも早く高く飛び上がり、そのままビルの屋上を忍者のように跳びながら俺を抱えてどこかに向かう。その姿はまるで映画のワンシーンのようだけど、俺は怖くてひたすら茜さんに抱き着いていた。




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