超解釈怪異シリーズ ~牛の首~

ジェネリック半チャーハン

~超解釈怪異シリーズ 「牛の首」~


諸兄は「牛の首」という怪談をご存知だろうか。ウィキペディアに単独項目ができるくらいには有名な怪談だが、しかしその内容を実際に語ることはできない。なぜなら、牛の首は「あまりにも怖すぎるので封印された怪談」なのだ。

その怖さは、発案者が試しに語ってみてから聞いた人間はずっと怖がり続け、数日のうちにもれなく狂死したほど。悔やんだ発案者が二度と内容を語らず文字にも残さなかったため、後世にはそのタイトルのみが伝わっている。


しかし、ここで一つ疑問が。

「発案者はなぜ狂死せず、理性的に封印できたのか?」


人によって怖いものは違うのだから、伝承を信じるなら彼の怪談は真っ当な感性を持ち合わせた人間なら誰でも怖がらせるような内容だったのだろう。そして、発案者の彼もまた、自分の怪談が人を殺したことを悔やみ続けるような真っ当な人間なのだ。


ならば彼も、その話を思いついた瞬間に狂ったり、話している中で恐ろしくなって自殺したりしてもおかしくないのだが、実際はそうなっていない。となると我々は、伝承を疑うべきなのではないだろうか?


では牛の首の真実に迫るべく、仮説を立ててみよう。

「『牛の首』の内容自体は大して怖くないが、その語り口が異様に上手かった」なんて言うのはどうだろう。なるほど、これなら先程の矛盾点は解消されるように見える。だがこれにも重大な欠点がある。


「『牛の首がめちゃくちゃ怖い話だった』というのも怪談たりうる」のだ。怖さをコントロールするのは声量を変えるなんかより何倍も難しい。もし彼にそんなことができるならそもそも死人は出なかっただろうし、コントロールできないなら牛の首のせいで人が死にまくったことすら伝わらない。だって殺しちゃったことを伝えようとしてもその相手が死んじゃうんだから。


では何故「牛の首」を聞いた人は死ぬのか。数年間悩みに悩み、家中の本をひっくり返していたのだが。とうとう真実に限りなく近いであろう仮説にたどり着いた。


「牛の首で人死にが出たのは、それがめちゃくちゃ馬鹿デカい声で語られたから。」これが自分の悟った結論である。クソデカい声によって生まれた衝撃波で、聞き手がすり潰されたのが彼らの死の原因なのだ。


「待て待て、それだと狂死でもないし聞いたその場で死んでしまうじゃないか」と思ったかもしれない。しかしこの「クソデカ牛の首理論」は全ての疑問を解決する。


読者諸兄は、「運動方程式」という物をご存知だろうか。これは「質量が一定なら、その物体が受ける力が大きいほど加速度も大きくなる」、つまり「でけー力を受けると早く動く」ことを表している。音速は基本的に一定だが、しかし音が物質を伝わるモノである以上この法則に従う。つまりクソデカい声はクソデカい力で発されるため、クソ速く伝わるのだ。


では、声が速く伝わることは何を意味するのか。

ここでもう一つ、物理学のある理論を考えて欲しい。それは「ウラシマ効果」だ。物体が光に近い速さで動くと逆に時間の流れから切り離され、周囲に比べて遅く動いて見えるという話なのだが……もしこれが「声」に適用されたなら? クソデカい力で発された怪談が、光速近くまで達したのなら?


察しのいい諸兄ならもう分かっただろう。「話されたその場では聞こえない」のだ。


語り手が必死に話した内容が全く聞こえないという事象はそれ自体が恐ろしく、聞き手もそういう特殊な怪談を聞いたと思うのだろう。しかし「牛の首」は光速で、しかしゆっくりと伝わっていき、彼らが会を終えて帰った後も動き、数日掛けて彼らの元へ、衝撃波と共にたどり着く。普通に暮らしていた人が突然何も無いところで死んだら、それは狂い死んだと勘違いされてもおかしくないだろう。

語った男が死ななかったのは、大声を出した疲労で寝ていたために衝撃波に巻き込まれなかったから。

その後犠牲者が出なかったのは、音量は手加減がしやすいために、同様の事故を起こさないことが容易だったからなのだ。


かくして一つ世界の謎が解かれたが、世界に怪異の種は尽きない。しかし如何様な内容であれ、我々はその全てを説明し、再発を防ぐことができる。

我々が最も恐れるべきなのは正体不明の怪談ではなく、思考を放棄し、安易な対処法に頼ることなのだ。

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