7-8 いかにもアンドロイドらしい発想じゃないか
ニサキ老人とイドが協力してくれる気になったのはありがたいが、問題はまだ残されている。
まず、ハジメと同じ型番の機種を用意してデータを移すという方法は論外だ。
後継機種もなく、製品サポートも間もなく打ち切られるとわかっているからだ。
この先の生活で故障や破損が発生したときに修理を受けられなくなるのは困るし、定期メンテナンスが受けられなくなるだけでも不安が強い。
そうなるとまったく新しい機種を用意するしか方法がないが、その場合はデータの互換性の問題がある。今までハジメが俺と過ごした日々のデータはクラウド上にあるものの、それを新しい機種に移植することは不可能だ。
製造元が違えば機体を動かしているプログラムもまったく違うのは当然だ。
あらためてその話をすると、イドはにやりと笑った。
「僕ならできるよ」
「えっ? そ、そうなのか?」
イドは右手と左手の人差し指を1本ずつ立て、俺に見せる。
「たとえば、A社とB社のアンドロイドがあるとするでしょ」
「……うん?」
よくわからないが、言われるがまま頷く。
「そのプログラムを作っているのが、両方とも僕だとしたら?」
「……仕組みを、知っている?」
「そのとおり」
にこりと笑ってイドは二本の指をぴたりとくっつけた。
「ほら、うまい具合にこう……ちちんぷいぷいっとね?」
まったくわけがわからない。
そんな魔法みたいなニュアンスでうまくいくのだろうか。
見かねて、ニサキ老人が説明をしてくれる。
「つまり、本来なら互換性のないデータをうまく調整して、まったく別の機体でも動くようにするっちゅうことじゃ」
「えっ? そんなことができるんですか?」
「もちろん!
大きく頷くイドの顔は自信に満ちている。
これは……信じてもいいのか?
「しかし移植先はどうする? 見た目はなるべく似せてやらんと」
「あ~、そうだねぇ。データはまったく同じなのに、機体が変わると『なんか前と違う』とか言って棄てる人いるんだよねぇ」
げっ。アンドロイドを棄てるだと!?
そんなもったいないことをする奴がいるとは。
「俺は……中身がこいつなら、それでいい」
ぽつりと呟くと、イドが興味深げに俺の顔を覗き込んだ。
「ふぅん?」
「な、なに?」
「決めたよ。うちから『感情豊か君』を提供しよう。あの子たちなら外見もそれなりに近付けると思うし」
それを聞いた途端、ニサキ老人が目を丸くした。
「まさか『E800モデル』か!? おいおい大丈夫かね? あの子たちはクレームが出とるんじゃろ?」
「う~ん。そうなんだよね、不思議。僕にとってはみんな可愛い子たちなんだけど」
「お前さんの子たちはクセが強すぎるんじゃい!」
「いやいや。世間の人には僕のセンスがわからんのですよ」
二人の会話を聞きながら、俺は一抹の不安を覚える。
そういえば、ハジメには『どS執事バージョン』というわけのわからない属性がある。それを作ったのも
「……あの、E800モデルって?」
そう尋ねると、ニサキ老人が解説してくれた。
「きわめて人間に近い感情を持つアンドロイドと言われている製品じゃよ。しかし、あまりにも人間に
やっぱり不安しかない。
そんなアンドロイドを、俺のようなユーザーがうまく扱えるのだろうか。
「どうやらユーザーの皆様は、人間に
同意を求めるようにイドがこちらを見る。
考えてみれば、ハジメだって素直に俺の言うことを聞くだけじゃなかった。
ときには小言を並べ、ときには呆れ、ときには嫉妬し、ときには無視をした。勝手に植物園へ着いてきたり、俺が捨てろと言った輪ゴムの指輪を大切にしていたような奴だ。
それが今さら感情が豊かになったからといって、なんの問題がある。
俺は一人のユーザーとして、ただそれを受け止めるだけだ。
腹は決まった。
あらためて深々と頭を下げる。
「お二人を信じてお任せします。よろしくお願いします」
うん、とイドは頷いた。
「6日だけ待って。そしたらまた一緒に暮らせる」
「へっ……6日? たったそれだけ?」
「144時間もあるでしょ。楽勝ですよ」
まさか、寝ないつもりなのか?
目が合うと、イドは楽しそうに口元を緩めた。
◇ ◇ ◇ ◇
夕方、ようやく家に帰りついてパソコンを覗くと、またメッセージが届いていた。
『お帰りなさいませ、ご主人様。
遠方への外出、たいへんおつかれさまでした。
私をニサキ工場へ連れて行ってくださってありがとうございます。
またご主人様にお会いできる日を楽しみにしております』
ゆっくり時間をかけて、そのメッセージを何度も読み返す。
……そうか。
あいつはここへ帰ってくるつもりでいるのか。
もう、他のアンドロイドを買えだなんて言わないんだな。
そう気付いて胸に込み上げるものがあった。
ふと、左手の指輪に触れる。
その内側にあるガーネットが見たくなり、薬指から慎重に指輪を外す。
普段ならハジメの前では絶対にできないことだ。なにしろ、奴は俺が少し指輪に手をかけるだけでも不安そうな顔をする。
リングの内側には、深紅に輝く
その色をじっと見つめていると、いくらか心が落ち着いてきた。
小さく息をついて指輪を戻そうとしたとき、俺はようやく
「……ん? なんだ、これ?」
それは、刻印だった。
小さな「1」という文字。
指輪の内側、ちょうどガーネットと対面する位置にある。
刻印を依頼した覚えはない。
もしかしたらハジメが購入手続きのときにこっそり依頼したのかもしれない。
それにしても、この「1」とはどういう意味なのだろう。
指輪のサイズではないし、宝石の個数というわけでもないだろう。
首を傾げていると、カレンダーが目に入った。
今は11月で、来月には俺の誕生日があり、さらにその次の月にはハジメが言っていた「製造年月日」とやらがある。
「……
俺は、あまりにも単純な答えに行きついた。
……そうか、あいつ1月生まれだもんな。だから「1」か。
それなら、あいつの指輪には俺の生まれ月である「12」が刻まれているってことになる。そもそも指輪の宝石に誕生石を選ぶくらいだし、それで間違いなさそうだ。
人間なら記念日や気の利いた言葉なんかを入れるもんだが、互いの誕生月を入れるとは、いかにもアンドロイドらしい発想じゃないか。
そう納得し、俺はそっと指輪を薬指に戻した。
できることならば、次の製造年月日を二人で一緒に迎えたい。
そっと指輪と包み込み、祈るように目を閉じる。
あいつのいない静かな時間が、ゆっくりと過ぎていった。
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