7-7 ……………………は?
俺はその場で洗いざらいを話した。
なぜだかわからないが、会ったばかりのこの若い男にはすべてを話さなければならないような気がした。
これまでの出来事を思い出しながら、記憶を少しずつ言葉に変えてゆく。
街で会った派手な女のこと。
一緒にいた二体のアンドロイドのこと。
ハジメ自身が「以前のユーザーは好きになれない」と語っていたこと。
それでも、奴は個人情報だからといって以前のユーザーについて話してくれることはなかったということ。
それを理由に、俺もそれ以上深くは知ろうとしなかったこと。
それから、これは俺の推測でしかないが、ハジメは以前のユーザーの元に返されるのを酷く恐れていたようだったということ。
自分がどんなユーザーだったかということもすべて話した。
ハジメを『1号』と呼んでいたこと。
暴力こそ振るわなかったものの、ことあるごとに「型落ちの中古品」と罵倒していたこと。心配をしてくれているのに小言がうるさいと邪険にしていたこと。
最初のメンテナンスが近付いてきた頃のこと。
俺が面倒くさがったばかりに、ハジメが歩けなくなってしまったこと。
ニサキ老人は俺のことを殴りたそうな目つきで見ていたが、イドが「まあまあ」と言ってそれをなだめてくれた。
俺はさらに話を続けた。
最初のメンテナンスで、あちこちの部品が壊れていると言われたこと。
工場からは「劣化によるもの」だと説明されていたこと。
今にして思えばこれは、前ユーザーと俺とのトラブルを回避する方便だったのかもしれない。
結局、部品を取り寄せるためメンテナンスには二週間もかかったということ。
そのあいだ、ハジメがアラームやメッセージを設定していてくれたこと。
だから生活は少しも不便にならなかったということ。
それからは心を入れ替えて、少しずつ変わろうと努力してきたこと。
思うようにいかない日もあったということ。
ハジメにいらぬ不安を抱かせた日もあったということ。
それでも以前よりは大切にできていると思っていたこと。
一緒にパジャマを買いに行ったこと。
オムライスを作ったこと。植物園に行ったこと。
展望台の上から夕焼けを見たこと。
そして、二度目のメンテナンスのこと。
ニュースで爆発事故を知ったこと。
工場で見た光景や、そこで聞いた説明についてもすべて話した。
同じ型番の機種にハジメのデータをコピーすることは可能だが、その方法では今後のメンテナンスや修理を受けるのが難しいということ。
かといって、まったく別のアンドロイドを迎えてしまえば、クラウド上にある
ハジメから届いたメッセージに、この工場へ相談するようにと書かれていたこと。
◇ ◇ ◇ ◇
俺の話をすべて聞き終えると、イドはへらっと笑った。
「そうそう。僕は今日、このコーヒーメーカー君に呼ばれて来たんだよ」
思わぬ言葉に、耳を疑う。
「呼ばれて、って……
イドはハジメと知り合いだったのだろうか。
そして、俺の知らないところで連絡を取り合っていたということだろうか。
こちらの戸惑いを汲み取ったのか、イドは「あぁ」と笑った。
「自己紹介がまだだったね。はじめまして。僕はこのコーヒーメーカー君の父です」
「……………………は?」
こいつは気でも狂っているのだろうか。
アンドロイドに親など存在するわけがない。
絶望する俺をもて遊び、からかっているのだろうか。
ニサキ老人に視線を投げかけると、彼はやれやれと肩をすくめた。
「そいつは技術者でな。アンドロイドの性格や感情をつかさどるプログラムを設計しとるんじゃよ。とてもそうは見えんがな」
「そういうこと。よろしくね」
イドはのんきにひらひらと手を振る。
「僕にとってはどの子も可愛いわが子だからね。もしもの場合は相談しなさいって教えてあるの」
「つまり、メールかなにかを送って連絡しろと?」
「うん。まあ、そんな感じ」
そうだったのか。
つまり、ハジメや他のアンドロイドたちはネットワークを介してイドと繋がっていて、万が一トラブルが起きた場合は彼に連絡が行くようになっているということか。
修復可能な状態かと聞かれ、俺は「No」と答えた。
それにより、ハジメが仕組んでおいたプログラムが状況を判断し、工場へ相談するようにメッセージを表示したり、イドに連絡を送ったりしたのだろう。
「……それで、ハジメはなんて?」
真面目なあいつのことだから、きっと「仕事ができなくなってしまって困っている」などと送ったに違いない。いや、それとも「ニサキ工場に連絡したが、その先はどうしたらよいか」だろうか。あるいは「主人がきちんと生活できているか不安です」かもしれない。
あれこれ想像を巡らせる俺に、イドはふっと優しく微笑んだ。
その表情が、どこかハジメと重なる。
「――帰りたい、ってさ。お兄さんのところに」
あまりにもシンプルな言葉に、胸が詰張り裂けそうだった。
そうか。ハジメは「帰りたい」と思ってくれているのか。
だったら、やっぱりどうにかしてやらないと。
俺だってまだ一緒にいたい。
次の瞬間、ニサキ老人が顔色を変えた。
「
「えー? だってお兄さんの話も聞いてみたかったし」
「はぁ……。まったくお前さんという奴は……」
盛大な溜息をつき、ニサキ老人は頭を抱えている。
「あの……、引き受けていただけますか?」
おずおずと尋ねると、彼は老人とは思えぬほどの力で俺の肩を強くつかんだ。
そして、工場の建物中に響き渡るほど大声を張り上げる。
「わかった! 全面的に協力しよう!」
「あっ、ありがとうございます!」
彼は段ボール箱の中のハジメを指した。
「この子が帰りたいと言っておるんじゃ! だからワシはこの子を家に帰してやる。それだけのことじゃ!
「……は、はい」
「そうなったらさっそく開始じゃ! イド、お前さんも手伝え!」
「はいはい。もちろん」
「あっ、ありがとうございます!」
俺は二人に何度も頭を下げた。
段ボール箱の中のハジメが安心したように笑った気がした。
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